桜舞う入学式にひょんな巡り合いを経た、真直ぐで快活な剣道少年と可憐でたおやかな茶道少女。
互いに奥手ながらも学園生活を通して想いを馳せる純情派(違くね?)物語....
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『嶺堂聖櫻日誌』と迷った末に(なんか面白味がなかったので)コチラをメインタイトルにしました。
瀬莉さんの町娘気質からして、この子で書くなら主は武士系が良いという謎の感情を拗らせて始めた、嶺堂隆と川上瀬莉のどこか古き良き空気を感じる(?)交流をメインにやっていきます。
※一応日常メインのハズですが作者的な大人の事情で頻繁にレイド回が出そうです、悪しからず( ノ;_ _)ノ
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ーーあの夜、僕は連日イヤな夢を見ていたこともあって寝付けず、なんとなく夜分だが少し出歩かないと心が落ち着かなかったのだ。
元々その日は妙な二人組に言い寄られていたのも恐らく原因だろうね。
宛もなくフラフラと歩いていた時、奴に声を掛けられた。
「モシ、そこのMr.サムライ。何やらソーソー(いまいち)なゴヨースデェスネ。」
へ?不意に投げ掛けられた言葉に振り返るとやはりその人物は笑いながら佇んでいたではないか。
「タチバナシもナンですカラ、お話はそこでしまショウ。」
促された僕は自分が洋式の居酒屋ーー所謂バーの前まで歩いていたことに気付いたんだ。
「アナータ、洋酒ワ馴れてなさそうデースネ。コチラとか如何デェスカー?」
...もっと見るそう言って渡されたワインを軽く口にした僕は、店内の空気や彼のフランクな態度にやがて気が抜け、
「アナータからワ何やらビッグな悩みを感じマァス。是非、ワターシに話してみてクダサァイ。何かのチカラにはなりマースヨ?」
そう身を乗り出してくる男に僕は身の上を話した。
生き別れの姉さんを巡ったここまでの経緯、そしてそれを遠くに見かけて駆け寄るも強い何かに阻まれ大地ごと分断される不吉な夢、そのせいもあって今寝付きが悪くこうして家を抜けてきたこと……
それらをどこか憐れむように相槌混じりで聞き入っていた男は励ますように背を叩きながら笑顔を向けた。
「アナータも大変だったんデェスネー。健気ナ姿に感激しまシタ。不肖ワターシMr.ハナフダ、一肌脱ぎマース!」
サテト…しばらく頭を自らの指で小突きながら考え事をしていた男はやがて首を振ってから口を開く。
「マズ、アネウエの行方デェスガ、これはアブダクション…則チ、『誘拐』されてしまったと見て間違い無いデースネ!」
「な、誘拐!?何故そんな…!?」
目を見開く姿にしかし、男は大真面目な顔でこちらを見返しながら続けるではないか。
「アナータの夢デェスヨ。オフタリを悪意のように分断するだなんて、何者かの介在を暗示しているとしか思えマセェーン。」
そうは言っても心当たりが無いではないか。
「そんな、馬鹿な。ならば何の為に…?」
ソデスネ……再び考え込んだ男はすぐに言葉を続けた。
「それを知るにワアナータ達ご姉弟を『何が』阻んでいるのか、確かめる必要がアリマース。何か心当たりワ?」
心当たり?笹露は必死に連日の夢を思い返そうとした。
姉を見つけ、駆け寄ると一筋の強い衝撃が叩き付けるように道を塞ぎ、そして目を覚ます。
得体の知れない強烈な力だということはわかる、そんな旨を彼に伝えると、
「ナルホード。それ程に強い衝撃波、覚えはありマセンカ?」
「覚え…?イヤ、流石にわからんな……」
「例えば……『武器を強く打ち付けて』そういう技を出せる者、とかデェス。」
ナニ……!?そう言われた途端、知っている者はチラホラと顔が浮かんでくる。
しかし、そのうち数人は絶対に有り得る筈がない。
そうやって絞るとすれば今最も怪しく思えるのは先日鉱山で出会った…
「打撃で凄まじい衝撃を起こせる技量、そうですねぇ。ハンマーや棍棒のような鈍器、或いは……『木刀』はどうでショウ……?」
ガタリ!!
彼の考察から、自分の中で絶対に無いと確信していたピースを刺激され、思わず跳ね上がった。
思いがけない彼の問に、笹露は衝撃を受けると共に顔色が蒼白と抜けていく。
馬鹿な、そんな……
「な、何を言っているのだ。そんなことあるものか!?」
オヤ?その瞬間、男は不思議そうな顔をした。
当然、内心悪魔のように微笑みながら懐のマイクを起動したことはおくびにも出さない。
「どうか、シマシタカァ?それとも木刀ニ心当たりがあるとデモ…?」
「な、無い!絶対に無いだろうそんなこと!」
「それワどうデスカー?夢であれば、最も拒絶したい事象を有耶無耶にするなど簡単なことデェース。木刀で無いとナゼ言い切れるのデェス?」
顔面が水をかけたように冷たくなっていく……止め処無い、冷えきった汗だ。
少し落ち着こうとグラスに手を伸ばすがいつの間にかワインは飲み干していた。
得体のしれない吐き気と整わない呼吸、朦朧となりながらも彼はその無実を護らねばならない。
不安定な鼓動を無理矢理抑え付けながら相手の言い分に流されまいと笹露は声を上げる。
「アイツは、僕の大切な友だ!そんなことを『しない』!しないんだ!!」
ほぅ……必死に言い返す姿に一呼吸置いた男は肩に手を添え、真面目な顔を取り繕う。
「Mr.村雨。落ち着くのデェス。記憶喪失のアナータが最近会ったばかりのどなたかをソコまで評価デキマースか?」
な!?途端に笹露は手から肩を離そうと後退りを始めた。
ここまで絆を深めようと結局出会ってから日の浅い者同士、彼ーーまさに木刀で衝撃波を叩き起こせる少年・アラタに何の嫌疑も無いと言い張れるだろうか。
いや、言い張れるだろう。
しかし今の笹露は判断が鈍っていた。
酒のせいか、ほぼ無成果に過ぎる連日の疲れか、それら全てとこの空気のせいか。
または、対話者から漂う異様な気配に圧されているのか。
「ならば、何故其奴が姉さんを拐ったというのだ!?拐ったとして何故僕に協力しているのだ!?」
流石に反論のしようが無いだろう、声を荒げる彼にしかし、男は冷静に指を二本立て、1つずつ畳みながら答を提示する。
「拐った理由はともかく…アナータに寄り添い、親身に協力する理由はカンタン。なんのことは無く、そうすればアナータがその男を怪しいと思うことは無いからデェース!」
「ッ!?そ、そんな…?そこまで、して、ヤツが、あらた、が……?」
サァ!脱力する笹露を見届けるなり最後の仕上げと見定めた男はマイクを構え、耳元で諭すように、それでいて考えを押し付けるように囁やき始める。
ーーアラタと言うボーイこそ、Mr.村雨の姉上を奪い、挙げ句ソレを誤魔化す為ニアナータの協力者を騙る元凶。
何ヨリ、夢で見たお二人を引き裂く木刀が、何よりの証拠デェス。
ならば、アナータがすべきは、アラタボーイを打ちのめすことに他ならないデショウ……ーー
――――――――――――――――――――
「奴にそう言われた途端、目が覚めた。現在(イマ)までそこまでのことは忘れていたが、頭は僕にとってアラタこそが憎い敵だと言う考えに埋め尽くされ、何らのおかしさを感じることも無いままお前を騙し、襲ったのだ……」
汗ばんだ拳を力強く握る笹露、その脳裏には宮司と同じく……
「HAHAHA、ライアーのアビリティ、話術だけあってかやはりワターシに馴染みマァースネェ!」
「ちぇ、やるな〜」
「保険までかけやがるたぁな……」
どこかのビルの薄暗い一室で二人の男に悔しそうに睨まれながらも気にせず上機嫌にワインを呷る男ーーYAKATAカンパニー執行部の一角・Mr.プレジデントの顔が鮮明に思い出されていた。
※ ※ ※
「此度はすみません、私がもっとしっかりしていれば……精進しないといけませんね。」
笹露が階段を降りていく姿を前方にアラタに言う宮司だが、少年はあっけらかんと返す。
「まぁ気にすんなや。それよりまだわからんことがあってさ。」
はて?首をひねる彼にアラタは訊ねる。
「結局おっちゃん酒に何したんよ。同じの呑んでアイツだけ苦しむのはおかしくね?」
・・・暫し閉口する彼だが
「実はあの御神酒には……」
何やら耳打ちされたアラタはハッと表情を引き締める。
思い返されるのは、先の件で邪悪な気配を感じ取り拝殿に殴り込んだ時、襖周りに向いた視線が捉えた『異常』だ。
しかし待てよ?それを踏まえると……考えようとした疑念に答えるように、宮司は引き続き真面目な面持ちで問い掛ける。
「しかし和泉さん。本当にこのままで良いのですか?まだまだ未熟と言えども私も神職の端くれ。やり口は許されませんが、蔵で感じた気配も私の策で村雨様が陥った自体も紛れも無い事実なのですよ。」
彼の言葉にいよいよアラタも確信めいた感情を抱く。
その通りやな、確かにアラタとて色々と見てきた身の上だ、今更宮司のように神職の類が相応の魔力や巫力と呼ぶべきものを備えていることは解り切っている。
故に彼の判断を蔑ろにして今件の追求を止めるのは下策だろう……
だとしても、だ。
「せやけど、やっぱ笹露は直向きに頑張っとるんやし、水差す真似はしたくないんよ。ソッチのことで折り合いつけるんはそっからでも遅くないやろ。スマンなおっちゃん。」
そうですか…眉を下げるアラタの姿に温かく笑みながら宮司は返す。
「良いんですよ。貴方や姉思いな村雨様の優しさに御加護の在らんことを、報われるようお祈りしますよ。」
「へへ、ありがとな…」
おーい!小さく笑うアラタに声が届く。
「宮司殿、アラタ、どうかしたか?」
「おう、今行くわ!じゃあなおっちゃん。」
「ええ、また何か起きたら是非ご相談ください…」
階段を降りきった笹露に応えてから笑いながら続くアラタ…その手が人知れず何かを己に言い聞かせるように拳を握りしめ、笹露の隣に追い付いて歩き出す姿を、どこか複雑な表情で手を振りながら宮司は見送った……
『流離いの士.五~深謎~』E N D
※ ※ ※
「村雨様、どうもお待たせしてすみません。」
「あいや気になさるな。そなたに何かが判るのであらば越したことはない。」
対面に正座し、頭を下げる宮司に笹露も笑いながら答える。
すぐに表情を引き締めた宮司はまっすぐに彼を見据えると再び口を開いた。
「良いですか村雨様。今から行うのは神聖なる儀の作法です、間違いは許されません。」
あ、ああ。キリと鋭い眼で言う物々しい雰囲気に思わず笹露も息を呑むが、立ち上がった宮司はすぐに御神体らしき物に向き直り、数秒拝んでから供えてあった盃二枚と徳利一本を手に取り戻ってくる。
この場で宴でもするつもりだろうか…少々不思議そうに宮司を見ていると、特に何かを思ったようでもなく、とくとくと盃を満たしていくではないか。
やがて漂う香りは、見た目の通り酒で間違いなさそうだ、二杯も用意してどういうつもりだろうか。
...もっと見るそんなことを思いながらも見守っていると、それぞれに一杯ずつ手元に置くと彼は促した。
「御神酒です。これも作法ゆえ、どうぞお呑み下さい。」
突然の出来事に困惑していると、しかし相手は涼しい顔で盃に口を付け、顔ごと上に向けて流し込んでいく。
……これも問題とやらを解決するには仕方ないか、彼の様子を見ながら笹露も意を決して酒を呷った……
それで良いのです、呑み干してから互いに一息ついて幾秒も経たないうちだった。
「ん…?グッッ……!ゴハァ!?」
ドクン、強い衝撃を受けたように心臓が跳ねると、笹露は胸をおさえて咳き込んだ。
突然の息苦しさ…それはすぐに彼の身体を締め付けるように蝕んだ。
「ぐ、宮司殿、これは一体……!?」
理解が追いつかず、訴えかけた視線の先で、宮司は冷たい笑みを浮かべながら佇んでいるではないか。
馬鹿な!?まさかとは思っていたが、その状況にいよいよ笹露は驚愕した。
確かにひとつの徳利から同じだけ分けた酒を同時に口にした筈ーーその証拠に彼の盃もカラだ。
それでありながら、現状は自分だけが苦痛に襲われ、宮司の方は……
「読みが当たりましたね。では、始めましょうか……」
先までの朗らかな声色から一転、どこか刺々しい言葉と共に眼鏡を直し、脇に控えていた御幣と護符を手に取るなり蹲る笹露へ見下すような鋭い視線を向けた。
しかし、それでも笹露は目の前の男を敵と見ることができなかった。
垣間見えるのはどこか信念めいた感情と、まさに先程まで自分自身が感じていた感覚に近しい気配。
「ぐ、宮司殿!もしや、そなたは……?」
ゴルァアアッッ!!!
!?響く声に二人、思わず目を向けると勢い良くけたたましい音をたてながら襖が蹴り飛ばされ、一人の少年が宮司に殴りかかるではないか。
「ぬぁにしてんねんおっちゃんッ!!」
「和泉さん!?ここは君の持ち場ではない筈ですが?離れる行為は許しませんよ、戻りなさい!」
語弊で一撃を捌かれ、一歩退いて着地したアラタは引き続き喚び出した木刀を握ると一層語調を強める。
「るせぇ!なんや気配が怪しい思たらそういうこったかコラ。」
互いに睨み合う宮司とアラタ…しかしこのままという訳にもいくまい、笹露もどうにか身を起こし、
「ま、待て、アラタ!その方は…」
そう自身が感じたことを言おうとするが、それより前に宮司は数枚の護符を投げ放った。
「神聖な場所です、謹みなさい。」
ふわりと足先を地から浮かべながら宮司は滑空し、護符に気を取られたアラタの横を抜けて拝殿を出た。
「あ、待てやコラッ。」
「お、オイ、アラタ!?」
笹露の訴えを聞くより早く、彼は宮司を追って駆け出していく。
「そのように境内を走り回ってはいけません!況してや大事な儀を荒らそうなど言語道断!」
「やかましい、毒盛って何が儀式やねん!」
長い廊下を飛ぶ宮司の言葉を一蹴しながらアラタは木刀を片手に追い掛けているとやがて彼は社を飛び出し、数枚の札を構え、
「こんなことをしている暇はありません。君はどきなさい、邪魔になります!」
それを投げると狛犬や注連縄に貼り付く。
「(ん??このパターンまさか…?)」
シャラン、御幣を振るうと同時に狛犬や注連縄に黒い靄が纏い、ガタガタと意志を得たように揺れてから浮き上がりアラタ目掛けて襲いかかった。
マジか!?大口を開けて喰らいつく狛犬の歯を木刀で受け止め競り合っていると、すぐに注連縄が蛇のように這い寄り、鞭のように自身を振るってアラタの頭に叩き付けた。
「痛ってコラ!ってちょっ、待、どわぁ!?」
しかし、敵が手を緩めるはずもなく狛犬は石像特有の重さで一瞬の隙を押し切り、宮司が振るった御幣からは波動のような力が放たれもがくアラタを押し流した。
「こっ、コレがッ神聖を謳うヒトのやり方かい!?」
「不浄なる者には割り切る時も必要です。貴方が邪魔をするのであればやむを得ません。」
あーそうかい、やれやれと首を振ったアラタが木刀を構え直すと今一度、宮司の顔を見据えた。
案の定、その眼に宿る気配を感じ取った彼は木刀を念じながら握りしめ、口を開いた。
「ホンマ勘弁したってや。ただでさえさっき笹露と一悶着あって大変だったんやからなぁ。」
「だから私が解決すると言ったのですよ。」
「悪り、アンタのやり方やとうまくいく気がせんからさ、止めさしてくれや。」
「なりません、それは……ひいては彼の為になる行動ですか?」
ッ!!睨みつける宮司の一言に少し姿勢が揺らぐ。
アラタとて今回の件で何事かを感じていない筈も無い。
確かに闇雲に動くべきではないだろう。
しかし……
「それでもおっちゃんのやり方の方が間違っとると思うんよ。」
「・・・また指導が必要ですね、お行きなさい。」
ため息を一つ、御幣でアラタを指し示すと再び狛犬と注連縄が浮かび、少年目掛けて強襲をかけた。
顎を振り下ろすように大口を閉じながらアラタに突っ込む狛犬を飛んで避け、宮司が去った後に更衣室から回収したブレザーを左腕に覆わせて拳を握り、先のお返しと木刀を振り上げた。
すぐに飛んで避ける狛犬に代わり、木刀を空振ったアラタ目掛けて宮司の放った波動が襲いかかるも咄嗟に拳を突き付けて相殺する。
今度は再び注連縄が躍りかかるが、咄嗟にアラタは右腕を引っ込め、先程拳を握った左腕を差し出すように身を庇い、注連縄に絡み付かれて封じられてしまった。
好機とばかりに再び口を開けた狛犬がその牙を向けるが、小さく笑ったアラタは絡んだ注連縄諸共に差し出した腕を噛ませた。
「片手に集中させるとは考えましたね。しかしそんな状態で挽回できますか?」
ズシリと像の重みで腕を下ろしたアラタに笑いながら宮司は再び念を込めて波動を射つが、アラタは右腕を掲げ、淡い光に包まれた木刀の切先を素早く振るった。
ゴロン……一閃の後、狛犬と注連縄に貼られた護符だけが真っ二つに切れて剥がれ落ち、それらは力なくその場に落ちた。
何!?驚く宮司だが、アラタも即座にこちらに迫る波動を振るった木刀で打ち消し、彼目掛けて駆け寄ると、
「なりません、なりませんよ…!このままでは何も解決しないぃ…!」
苦い顔で黒い靄を纏った御幣を振り上げ、不気味な光の灯ったソレをこちらに向けられるより早く、乾いた音が響く。
なっ、ななっ…?手から跳ね除けられ地に転がった得物に目を向けていると、間髪入れず額に鈍い一撃が走った。
「ぐっ……おのれ……」
淡く光る木刀を叩き付けられた宮司が倒れると、アラタは彼を担ぎ上げ、笹露の許へと戻った。
件の酒で苦しんでいたものの幸い命の支障は無く、彼が慌てて渡した水を飲ませることで事なきを得た……
※ ※ ※
「申し訳ございません!」
文字通り憑き物の落ちたーー曰く"儀式"をやる前の穏やかな面持ちで意識を取り戻した宮司が深々と頭を下げる。
「さっきも見たなこんな光景。」
「よせアラタ。」
ボソリと呟く少年を諌めた笹露がすぐに宮司に目を向けると小さく首を振った。
「気になさるな宮司殿、僕とてそなたの目を見た時に森での一件と同じ感覚を覚えたのだ。だから言おうとしたのだぞ。」
「せやけどどっちにしてもこうせな治まらんかったで。」
早とちりのように宮司へ殴りかかったアラタに不満げに言う笹露だが、アラタは悪びれるでもなく言い返してからすぐに向き直った。
「さてと。とりあえずおっちゃんも何があったか教えてよ。コイツに声掛けたんもそれなりに事情はあるんやろ?」
そうですね……3人腰を下ろすと、宮司は茶を一啜り話を切り出した。
発端はアラタに話した通り、ちょうど蔵の整理に来てもらっていた助勤達が全員辞めてしまったことらしい。
何故だと思いながらも探ってみると、何やら確かに並ならぬ気配を感じるではないか。
一体何事かと考えているその時だった。
「一人の参拝の方が私が悩んでいることを言い当てながら相談に乗ってきたのです。」
その男は宮司に栄養ドリンクを差し出した。
ちょうど悩みで疲れていた彼はそれを口にしながら、男に状況を話した。
あれこれと聞かれるうちに男は一つの答えをだす。
「お蔵ノ奉納物、その中のヒトツが、ツヨーイ霊力を持ち、一人の男と引き合ってるのデェース!」
「な、なんですって…!?」
荒唐無稽な物言いに宮司は目を丸くした。
いくらなんでも漠然としている上に『引き合う』理由も思い当たらないではないか。
そう聞いてみるが、彼は構わずに続けた。
「No,考えてモごらんなサァイ。奉納物の多くワ、先人達の遺品。縁のある者が引き合ったとしてもおかしくワナッシングでショウ?」
っ!?言われてみればそれもそうだ。
「フフ。ワターシは勿論原因の男も知ってマァス。」
何より妙だ、口調からして胡散臭いこの男に対し何故か強い警戒心が湧いてこないのだ。
デワお教えしまショウ……手元の瓶が空になったのをちらりと確認した男は宮司の耳元に寄るとマイクを取り出し、囁くように語り掛けた。
ーー蔵の邪気の正体ワ、サムライ。その名ヲ、『ムラサメノ ササツユ』と言いマァース。もう一度、村雨笹露デェス。カレで、間違いあ〜りまッセェーン……!ーー
頭に響き渡る声、突然出された知らぬ名前は、本来反論すべきだったのだろう。
しかし宮司は……
「彼の声を聴いた途端、一切の疑いが私の中から消えてしまったのです。まるで、教えられたことが全てかのように!あの瞬間からその男をーー貴方をどうにかしなくてはという考えに支配されていたのです。」
・・・暫し言い分に黙していたアラタはやがて思案に入る。
…それやとソイツ、言葉を聞かせただけで相手の思考を縛ったみたいやないか。まるでナツ達から聞いた先月暴れとったっちゅう…
っ!ンなことできるならかなりの上位、ウォリヤと同格……!?
「宮司殿ぉ!!」
考えを遮るように声が響くと、後ろで共に顛末を聞いていた笹露が震え混じりに宮司の肩を掴んで詰め寄るではないか。
おいおい落ち着けや、慌てて彼を宥めようとするアラタだが、どうも自分を狙った宮司への怒りを顕した訳ではなさそうだ。
引き攣る宮司と鋭い目で見据える笹露…やがて口を開く姿をアラタは静観する。
「そなたを唆した男、もしや前髪に独特の整髪をした老齢な欧米人ではなかったか?」
ん?妙に詳しい特徴の提示にアラタが首を傾げる一方で、宮司は驚愕に目を見開きながら強く頷くと言葉を返す。
「そ、そそ!そうですその方です!たしか『ハナフダ』と名乗っていらしたような…!」
突如話が噛み合い始める宮司と笹露。
そう言えばとそもそも発端となる経緯を思い出したアラタはもしやと今度は笹露へ詰め寄った。
「なあ笹露、もしかしてお前…!?」
「ああ、アラタ。僕も思い出したんだ。何故お前にあのようなことをしでかしたかをな…」
「あらぁ、今日の助勤さんは男の子なのね。」
「あ、どもっす...」
「お辞儀の角度が甘ァい、やり直しですっ!」
「すみません、こんな服の子を...」
「んあ?その子やったらトイレ行っとったよ。」
「その態度は参拝者に失礼じゃないですか?」
「おっちゃん細かいなぁ。」
「おっちゃ...!?私の厳しさは参拝者の笑顔の為です。たとえ代理でもしっかり勤め上げて頂きますよ。」
...もっと見るとある神社の一角、眼鏡をキリッと上げながら装束の男ーー宮司は言い放つ。
つーか、そもそもなんでこんなことになったんやっけか...同じく装束姿のアラタはやれやれとため息をついた。
『流離いの士.五~深謎~』
「貴方には不穏なモノを感じます。少しお時間を頂きたい。」
宮司の言葉にアラタは思わず身構える。
確かに先の様子を思えば間違いないだろう。
このおっちゃんが割り出してくれるならその方が確実かもなぁ...そう考えたアラタは戸惑う笹露の背を軽く叩く。
「アラタ?」
「んまぁ、この際やし見て貰いや。もしかしたらこのお陰でボクが気になっとることも判るかもしれへんしな。」
そ、そうか...こわごわとしながらもしかし、アラタの言う通り、彼に刃を向けた自身の愚行を改める為にもこの話は乗っておくべきだと考えた笹露は宮司に歩み寄ると、彼も穏やかな笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。では、彼のことはどうか私にお任せして...」
そこまで言いかけた時、アラタは彼を手で制すると口を挟んだ。
「あ、スマン。悪りぃんやけどさ、ソイツ記憶喪失らしくて今この辺の地理感慣れとらんのよ。」
・・・然り気無く男の顔を窺う。
柔和な笑みは変わらないが、心なしか口角が強張ったように見えた。
「せやから立ち会いは難しくても待っててエエかな?」
「お待ち頂く、ですか...?見立てでは1,2時間以上はかかる想定ですが.....」
「エエよエエよそんなん。ボクも結果気になるしな。」
何かを渋るような物言いに御幣を擦る所作、どこかそわそわとする姿を敢えて気にせず応えると、彼はムムムと考え込む.....
が、やがて顔を上げ、何かを思い出したように手を叩いた。
「そうだ!ではお待ち頂く間少しお願いがあります。」
──────────
「どうもすみませんねぇ。最近助勤の方々がめっきり去ってしまわれて.....」
んで、気が付いたらそんなことを言うおっちゃんに流れるように服着せられて、箒片手に境内に立たされたんやったな。
経緯を思い返したアラタはすぐに切り替えると隣では宮司が笑顔を作り深々と頭を下げるではないか。
「参拝者の皆様。よく、お越し下さいました。.....こうですよ、笑顔は片時もお忘れなく。」
「おっちゃんさぁ。」
「ちょ、和泉さん!話聞いてますか!?」
「なんでそんな一気にバイト辞めたん?」
その問いにやや苦い顔を見せ、宮司は口角を震わせた。
「助勤です、ジョ・キ・ン!私が知りたいくらいですよ、皆さん次々に辞めてしまわれて...私がまだまだ未熟だから逃げてしまうんですかぁ~?」
何故かアラタに縋るように涙目で詰め寄る姿にたじろぎながらも、少年は更なる疑問を抱く。
「そもそもさぁ、年末年始でも無しになんで雇ったん?」
「あっ、ああ。それはちょっと...蔵の方が大きいので整理のお手伝いをお願いしたかったんですよ。」
そっかそっかー...頷きながらアラタはそれらしき影を探しながら言う。
「んまぁボクに頼むくらいやしな、手伝ったる。どこ?」
「あ、あ~イエイエイエ。君はとりあえず境内の清掃をお願いいたしますよ。」
え~、彼の言い分にアラタは却って不満そうに返す。
「事情が事情なのにそんなんでホントにエエんか?」
「どうせ村雨様の用事が終わるまでですから、簡単には終わりませんしね。」
「1,2時間くらい掛かる言うてたし、そんだけありゃ多少はマシになるんやないの。」
良いから!途端に声を荒らげながら宮司は続けた。
「言われた通りに動こうとせず、それでちゃんと働いているつもりですかぁ!?ねっ、お心付けも出しますからぁ~」
「な、な、な~に~そ~れ~???」
「・・・例えるならボーナスですよ。」
ガクガクと肩を揺すられながらアラタが聞くと途端に手を止め、気まずそうに耳打ちをする。
「イヤ要らんよ別に。てか笹露に用あるなら早よしたってや。」
「まだ作法の指導は終わっていませんよ、境内では片時も気を抜いてはなりません。良いですか、全ては参拝者の笑顔の為!」
キッパリと言い放つ姿にアラタはたじろぎながら返すが、彼は眉を釣り上げたまま詰め寄ってくるではないか。
「まーまー、どうせ掃除するだけやしそこまで細かくは…」
「まさか怠けようとしているんですか、そんな態度は許しませんよ?あと逃げるのなら日給もお預けに」
いらねーってば!いよいよ声を荒らげたアラタが宮司を社へ運ぶようにグイグイと背を押していった。
「ホラ、おっちゃんヒト待たしてる立場なの忘れんなや。」
「ああもう、わかりました行きます、行きますから!貴方も、言われたお勤めはお願いしますよ。いついかなる時も、参拝者には必ず笑顔で接してください。」
おーおー行け行け、背を向け、手を振りながら庭に降りていくアラタ。
しかし数秒後、すぐに呼び掛けられる声に振り向いた。
「和泉さん、装束の襟が曲がっています。直しましょう。」
手慣れた所作で装いを整える宮司の姿に少年はいよいよ顔をしかめた。
「エエから!はよ行けェ!!大概にせぇよ!?」
「わわっわ!?さ、参拝者には、そのような態度は取らないように!礼儀作法が甘かったらまた指導しますからね〜!」
「じゃがあしいわ!」
怒声と共に蹴りかかる姿には流石に面喰らったのであろう、神主もタジタジに言い返すがすぐに箒を投げつけられ拝殿へと足早に入り込んでいく……
まったく…しかしまぁ任されたからには筋を通すべきだろう、アラタはため息を吐きながらも思い直すとすぐ箒を動かした。
・・・暫くしてから彼は異様な気配を感じることとなる……
『あらたん!奈央と時谷先輩と明日ショッピング行くことになったけど、川上さん達も一緒に行くことになったんだ〜。大丈夫だよね?』
・・・
一瞬、なんやと思った。
こんなこと自分に言うもんかと思ったが、わざわざ連絡してきたことを踏まえると瀬莉の他は笹露や隆なのだろう……
イヤ待て待て待て、瀬莉や隆はまだしも笹露まで…?
『どゆこと???』
...もっと見る
思わず思ったままに返信してしまったではないか。
―――――――――――――――――――
「おっ、いたいた。」
ん?放課後、下校路を行く隆達3人の前を影が遮り溌剌とした声が響く。
なんだと目を向ければ、小柄ながらも2つに結いた長髪が目を引く少女がまさに不敵と表すべき佇まいでビシリとこちらを指さすではないか。
「キミが村雨君だなっ。なるほど、ちょうどピッタリのイイ男じゃないか。」
「あら、時谷先輩?」
「どうかされましたか?」
唐突に目を輝かせる手芸部部長・時谷 小瑠璃に一同思わず困惑していると、
「いやぁ〜部長さん予想通りの反応だねぇ。」
「3人ともごめんねぇ〜。」
聞き慣れた2つの声が割って入る。
奈央と雛菜だ。
あいや気にするな、困惑気味に笹露が口を開く。
「しかし隆や川上殿ならともかく、何故僕なのだ?」
たった今初めて会った少女から脈絡無く指名を受けたのだ、話が読めないと首を捻る姿に当の小瑠璃も苦笑しながら応じた。
「イヤすまない。実はキミのような人材を探していてな。」
……どうも彼女は手芸部部長として学園行事でその腕を奮うに留まらず、プロデザイナーとして商業的な活動もこなしているらしい。
その一環で今回『和』をテーマとした男性向けの衣服を依頼されたが、イメージを固めるに当たって参考になりそうな人物を探しており、雛菜達の提案で彼に白羽の矢が立ったとのことだ。
「ゴメン。先輩言い出したら聞かないから〜…」
「ま、まぁそれは良いが、僕は何をするのだ?」
手を合わせ苦笑する雛菜に困惑しながらも笹露が向き直る……と、小瑠璃はムンと息巻きながら再び指を突きつけて一歩踏み出すではないか。
「簡単さ!明日はモールに行くからな、キミは私の選んだ服を着てもらいたい。そうやって色々試せば私も何かヒントが見えてくるかもしれないしなっ!実際キミくらいの体型なら何を着ても似合いそうだ。」
目を爛々と輝かせて語る彼女は、不思議そうな顔で耳を傾ける一同の姿に思わず口籠り、一つ咳き込んでから言葉を続けた。
「ま、まぁ勿論礼はするさ。私はさっき話した通りプロデザイナーをやらせてもらっている分、色々な会社の方に多少は顔が利くんだ。村雨君の手掛かりをあたってみることはできるぞ。どうだ?」
得意げに笑いながら訊ねる姿……思わず勢いに押されてしまうが良い意味での進展が見込めない現状だ、先日の神社のように思いがけないスジから情報を得られるならそちらの方が良いだろう……
「折角だ。嶺堂、川上、キミ達も来たまえ。」
―――――――――――――――――――
「なるほどなぁ……」
芸術肌は大変やなぁ……雛菜から伝えられたあらましに思わずそんなことを考えるがまぁ良いや。
隆と瀬莉……と、雛菜がついているなら一先ず同行する心配は無いだろう。
『わかった。とりあえずなんか起こった時は連絡くれ。』
彼女に返信をしてからスマホをしまい、一人ため息を吐く。
「(どうすっかな……)」
瀬莉が抱いた違和感、自身が見てきた神社での一件、眼魔と一戦を交えた際の姿、隆と兄弟のように戯れる光景、由紀恵に諭された言葉……思い返すほど、彼の中で複雑に湧き上がってくる様々な感情に、つい拳を握りしめる……
「和泉君っ、大丈夫かい?」
?振り返ると二人の少年が歩いてくるーー大方彼らも用事を終えて帰路についているのだろう。
「シンちゃん、りっくん…!」
手を振りながら歩み寄ってくる新也に続く理駆はゆったりと口を開いた。
「…で、どうするんだ?」
へ?突然の問に思わず声を上げると、新也もどこか心配そうに繋いだ。
「このままってわけにもいかないんでしょ?」
・・・そらそうか、流石に彼らは何かしらを感じ取っているのだろう。
正直なところはまだ迷いはある、だが、ハラは決めた……息を吸い、アラタは自身に言い聞かせるように応えた。
「ま、どうするか言うたらなんとも言えんけどさ。これからもボクは信じ続ける、信じたいんよ。もし有事になったら動く、その責任を果たすだけや。ありがとな……」
「……そっか。」
「覚悟はできてるようだな……」
強がりながらも堅い意志を感じさせる返答に二人も納得したのだろう、軽く肩を叩きながら歩き去る姿に手を振って暫し見送りまた歩き出す……
そう、結局やいのやいのと考えたって動き方なんて殆ど決まっているのだ。
ならば……
「ねぇねぇ、アラタ君?」
不意に声をかけられる。
今日は色んなヒトに会うな…そんなことを内心こぼしながら振り向けば、小柄であどけない雰囲気が漂う……先輩だ。
「あれ、ゆららさん。どったんです?」
特有の緩やかな雰囲気とは対照的に神妙な面持ちで踏み込む姿に思わず身が強張る。
「急にゴメンね。アラタ君、捜しものしてるんだよね?」
「えぇ、まぁ。結構難しい問題なんすけどね……」
ジッ……と見据える瞳の力強さに思わずアラタも視線を外せず、見返したまましどろもどろに返す。
「私も探すの手伝わせてもらって良いかな…?」
真っ直ぐな瞳ーー彼女はマイペースな姿と裏腹に、時たま心理を読めなくなる時がある。
加えてモノ探しの占いも良くやってくれる上に的中が多く、実際ミカドも(なんのことかはわからんが)そのお陰でピンチを救われたと話していた。
それのみならず、転入してからちらほらとオカルト研究会の会長?(後輩からは部長と呼ばれているが)である彼女に関する逸話は何かと聞いた。
そんな彼女がこのタイミングで名乗り出てきたのは、最後のピースを填め込めれたような感触があった。
・・・
「アラタ君?」
一人俯き気味に黙する姿を不安そうに覗き込むゆらら。
結局やいのやいのと考えたって動き方なんて殆ど決まっているのだ。
ならば今更迷うことは無い。
顔を上げると少年は彼女に手を差し伸べ、
「お願いしますっ……!」
応じるように差し出された手を握り返した……
『流離いの士.六~悩慮~』ーーE N Dーー
「あれ…?」
「ん?なんですか部長〜」
「和泉アラタですね。彼がどうかしましたか…?」
「あ、イヤ。ちょっとね〜……」
・・・
はぁ……ため息をひとつ、河原で胡座をかくアラタは脱力する。
「どうすっかなぁ……」
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『流離いの士.六~悩慮~』
「瀬莉さ〜ん、来たで〜。」
和文化室の障子を軽く叩いてから開くと、準備をしていた少女はおやと向き直り正座する。
「すみません和泉さん。来て頂きありがとうございます…」
気にすんな、頭を下げる瀬莉を手で制しながらアラタは腰を下ろす。
昼休み、偶然廊下で出会った彼女は不意に声を掛けてきた。
なんでも、聞きたいことがあるから放課後に部室へ来てほしいと頼まれたわけだが、大方彼のことだろう。
特に隆を呼ばない話なのだ、いよいよ彼もぼんやりと浮かべていた仮説と向き合い、自身の感情を整理すべき時なのだろう。
覚悟はできている、深く息を吸いアラタはハラを決める。
「さてと、解るで。笹露のことやろ?」
「っ!」
促された瀬莉は少し驚き、やや言い淀みながらも口を開く。
「は、はい……なんと言えば良いのか難しいんですけどその…村雨さんは一体、何者なのでしょうか?」
「ッてぇと、アレか。なんか見たんやろ?」
えぇ……頷きながら瀬莉は話を続ける。
それは、彼女が一度笹露といた時に抱いた違和感の話だ。
聞けば随分と些細なことだが、アラタも先日の一件を思えば気にし過ぎと笑い飛ばせたものではない。
寧ろ、彼自身の疑念を確信へと裏付けるような情報だ。
彼女は恐らく何かを感じながらも見間違いだろうと話せなかったのだろう。
アラタは内心で言い分をまとめてから顔を上げる。
「なぁ、これは今のキミの話とボク自身が見た最近のことに基づく推測やからあんま驚かないで聞いて欲しいんやけどさ……」
そう切り出したアラタの話に瀬莉は少し表情を強張らせた。
しかし、だからと言って彼女が思い詰めることでもないだろう。
一頻り話すと笑いながらアラタは続けた。
「言うてもまぁあんま気にせんでエエよ。それでもアイツが真面目でエエ奴なのは変わらんしりゅーくんに悪いことはせんってキミもよく知っとるやろ?」
気さくに笑う姿に瀬莉も少し安堵したのか表情が和らぎ大きく頷いた。
「そうですね。ありがとうございます和泉さん。」
「こちらこそ、やな。キミのお陰でボクもいろいろ動きやすくなったと思うわ。ほなね。」
微笑む彼女の姿にアラタも一息つくと、部屋を後にした……
―――――――――――――――――――
「どーおっすかなぁー、ったくよ……」
本日二度めの同じ言葉が思わず出るほどには行き詰まっているのが現状だ。
「あら、どうしたのよ?」
お?首を回して振り向けば、由紀恵が土手を下りてくるではないか。
「おあ、由紀ちゃん。久し振りやな。」
・・・
「はあ???」
しばしの沈黙の後、彼女は眉を顰めて首を捻った。
「毎日のように会ってるじゃない、ナニ言ってんのよ。」
「しもた!更新以前に最近全編総じて出番無さすぎるから」
「 な ん か 言 っ た ……?」
イエナニモ、由紀恵から睨みを効かされ思わず口を噤む姿にため息をひとつ、彼女は気を取り直すように言葉を続ける。
「…で、何してんのよこんなところで。」
「せやなー、何してる言うたら難しいとこやね。まぁ色々あるんよ。」
「悩みとか?」
悩み?うむむ……アラタは再び黙した。
「悩むとかいうより前の段階で悩んでるような感じもあるんよなぁ……なんて言うんやろ。」
例えば、一つの事象に対して最悪な結果を伴う可能性があったとして、自分は何ができるだろうか、正しい選択を取れるだろうか。
彼自身がここ数日で見てきた出来事、そして瀬莉から聞いた話……それらを合わせると、延々そんなことを考えてしまう。
「アナタねぇ、十分過ぎるくらい悩んでるじゃないの。」
先と矛盾する言い分に呆れ半分に応えながらも由紀恵は小さく笑った。
「でも、そうは言っても本当は言う程悩んでるようには思えないわよ。案外結論は出てんじゃない?」
「ちょっ、心外やな〜。ボクかてアレコレ思い詰める時もあるで。」
「悩む感情があるなら少しは手を焼かせてる私にも向けて欲しいけれどね。」
「・・・ごめんて。」
冗談よ、悪戯っぽく笑う彼女は軽く屈んで顔を覗き込む。
「まぁ、ほら。"どうすべきか"よりも実際に貴方の言う最悪な結果になった時、自分がどう動くのが想像できるかって思えば良いのよ。」
え?彼女の言葉に思い直してみる。
もしも悪い予感が当たったらどう動いているか……なんだ、そんなのひとつではないか。
やりたくないから逃げていたに過ぎないのだろう……あれこれと考えてはいたが、結局自分の中で答えは決まっていたようだ。
その時が来たらそうするしかない、そんな確信と向き合うように一息つくと立ち上がり、由紀恵の肩を叩く。
「ありがとな、由紀ちゃん。お陰でハラ決めることはできそうやで。」
「そう、なら良かったわ。貴方があまり無理をすると新垣さんだって心配でしょうしね。」
2人土手に上がり、手を振り合ってから別れて暫く歩き、携帯電話を取り出した。
……と、雛菜からのトークが更新されていることに気付き開くと……
※ ※ ※ ※ ※ ※
「えーっと確か4人が向かっていたのは……っと。」
あれ?ふと振り返ると、先まで連れ立っていた青年の姿は無い。
「む、困ったな。こんな短距離なのに村雨君と逸れてしまったと言うのか……!?」
まだ先の通路から隣棟へ移り角を曲がったばかりだ、結構長いとは言えまっすぐついてくれば極端にズレる程ではないだろう。
……はっ!
...もっと見る「まっ、まさかアレか!?私の身長のせいで人混みに紛れて見失ってしまったとかそういうことか!?」
困った……一つの選択肢を即座に思い浮かべるも、彼女は思わず溜息をもらす。
「呼び出しを使うしかないよなぁ……だが、私と彼の背丈と見た目だ。絶対に勘違いされるだろ……」
背に腹は代えられないよなぁ……頭を抱えていると、ふと荒く息を切らせた呼吸が慌ただしい足音とともに駆け付けた。
不意にかぶる影に目を向ければ、まさに探していた青年が真剣な顔でこちらを見据えながら呼吸を整えるではないか。
「…や、やぁ〜村雨君っ、戻ってこれたな良かった良かった。まったく〜もう少しで総合センターを使うところだったぞ。」
ハハハと乾いた笑いを浮かべる小瑠璃だが、笹露は気にせず表情を引き締めながら屈むと両手を差し出し……
「うわ!?ム、村雨クンッ!?」
突如ガシリと、少女の肩を掴む。
「その瞳……間違い無いっ、姉さん!!」
・・・え???
唐突の連続でついていけずにいると、彼はハラハラと目から涙を浮かべながら一層顔を寄せる。
「やっっと見つけたよ!僕の、生き別れの姉さん、こんなところにいるなんて!」
「わわっ、ちょっと待て村雨君!とりあえず落ち着こう、なっ!?」
そのまま改めて抱擁しようと緩めた腕から慌ててすり抜けた小瑠璃はなんとか困惑を口にする。
しかし青年は力強く頷きながら続けて口を開く。
「解ってるよ姉さん。貴女も同じで、僕との記憶を失っているんだよね?」
「無茶を言うな、そもそも絶対に年齢からして違うだろう!」
「姉さんは記憶を失ってるから今の状態が普通だと思ってるんだ。思い出して、僕だよ。笹露だよ!」
「君が村雨君なのは知っているが間違っても私は姉さんじゃないぞ。一旦目を閉じて深呼吸をするんだ!」
「こんな時、どんなことをして本当の姉さんを取り戻せば良いのかわからない。せめて僕の温もりなら……!」
うわぁ、またしても迫る彼に反射で飛び退いた小瑠璃はそのまま駆け出してしまう。
「待ってよ、姉さん!」
埒が明かない、彼女はスマホを取り出し電話帳を開いた……
※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふっふっふ〜、川上さんこういうの似合うと思ったんだよねぇ〜」
「そ、そうでしょうか。慣れなくて少し恥ずかしいですね……」
奈央が得意げに笑う横で、鮮やかなワンピースに包まれた瀬莉ははにかみながら微笑み、
「に、新垣殿……何と言いますか、私はいつも和装で慣れておりますし、コレだけスースーとしていては落ち着かないと言いますか……」
「あはは、女子みたいなこと言ってぇ〜。夏はそれくらい軽いほうが良いよ。熱中症とかで川上さんに心配かけても大変だしねっ。」
Tシャツ姿の隆の言い分に雛菜が笑う。
和気藹藹としながらも、小瑠璃達が遅いなと思っていた矢先に奈央のスマホが鳴り響いた。
「もしも〜し、部長さんどしたのぉ?」
[みっ、見吉!村雨君が壊れた!聞く耳も持たないしどうにかしてくれ!一応そっちの店に向かっている!]
え!?電話口から聞こえた切羽詰まる声と後ろからチラチラ聞こえた訴え掛けるような声、即座に他3人に言伝てると、瀬莉は困惑気味だったものの、隆と雛菜の表情が引き締まった。
「なんと、笹露殿がっ!?」
「壊れた、と言いますと……?」
「……えっと、電話、あっでもまだ……!」
雛菜が咄嗟にスマホを取り出すも、実態を見ていなければ判断がつかないと躊躇っていると、やがて喧騒が近付いてきた。
「よせ、村雨君!言い出したら聞かないなキミは!?」
「姉さん!どうして行ってしまうの!?何をすれば思い出してくれるの!?」
鬼気迫る表情で声を上げる笹露ーーその異様な目を見た隆は即座に割って入ると小瑠璃の手を引いて自身の背に回し、
「おやめください、笹露殿!!」
立ちはだかりながら大きく呼び掛ける。
思わずピタリと立ち止まる笹露、しかしその表情は呆然としたまま友人達に駆け寄る小瑠璃を見据えていた。
「奈央と川上さんは先輩を連れて逃げて!……もしもし、あらたん!?」
改めて電話を起動し、アラタに連絡を入れる雛菜……しかし彼女の指示に反するように、瀬莉は奈央と小瑠璃に何言か申すと連れ立って避難する2人を見送って居残った。
「川上さん?」
「すみません新垣さん。けれど、今はなんだか置いていけません。隆さんのことも、村雨さんのことも……」
「あっ、姉さん!りゅ、隆!なんの真似だ、そこにいるのは僕の姉さんなんだ!通してくれないか。」
御免!大きく頭を下げながら強く見据え返した彼は口を開く。
「なりません。事情はわかりませんが笹露殿が暴走している以上、私は落ち着きを取り戻して頂きたいと思っております。」
隆……キッパリと言い放つ姿に数秒呆然とした笹露はやがて口角を力無く緩めながら笑った。
「はは、そうか……これも姉さんを取り戻す為の試練なのだな……ひどいじゃないか隆よ、やっと会えたというのに邪魔をするだなんて。」
「笹露殿、落ち着いてください!時谷殿がそなたの姉上であるはずが無い!!」
力強く返す隆にしかし笑いながら傘を抜いた笹露はふらりと歩み寄りながら言う。
「何を言っているのだ、確かにはじめこそ僕も記憶が混濁していたが今ならはっきりわかる。何より目を見れば間違い無いと確信した。阻むのであればお前とて……!」
鈍く光る瞳を向けた彼が瞬時に傘を振るうが力強く打ち返される衝撃にその威力は受け止められた。
「笹露殿……!」
竹刀を構え複雑そうにこちらを見る少年の姿に、ああと頷きながら笹露は傘を構えた。
「なんだ隆、稽古でもつけて欲しくなったのか?仕方のない奴だ。終わったらすぐ姉さんを連れてきてくれよ?」
やるしかないのか……明らかに異様な空気を纏う彼の姿に隆は苦々しく気を引き締め、再び口を開く。
「ここでは思うように動けません。場所を変えましょう。」
「フン……世話の焼ける奴だ。」
いつもと異なる、冷ややかに吐き捨てるような言葉を返す笹露にしかし隆も呑まれまいと目を向け、互いに駆け出して行った。
・・・空気に圧された雛菜はしばし黙していたが我に返って瀬莉に目を向けると、案の定そわそわと落ち着かない素振りだ。
彼女にとっては日常を共にしてきた人々から繰り出された異様な光景だ、当然だろう。
そもそも自分も彼らを追わねばアラタを誘導する事もできない。
瞬く間に走り去る2人と不安げな瀬莉、そして自分も脚力に自信は無い……
・・・
「もしもししろかちゃん!ゴメン、志藤さんにお願いがあるの!」
再び通話を起動しながら、彼女は瀬莉の手を引いて1階へ走り出した……
―――――――――――――――――――
「どうした隆よ、腰が入っておらんぞ!?」
「笹露殿、お気を取り戻してください!今の貴方は暴走していらっしゃる!」
笹露にとって始まりと言える森ーーその開けた場で鈍い音が響き渡る。
今の笹露にとっては至高とも言えた瞬間に水を差されたと不機嫌なのだろう、彼は隆めがけて容赦なく傘を叩き付けていく。
その度に隆は必死に竹刀を咬ませて受け流しながら訴え掛ける。
「隆!良い加減にしろ!姉さんも僕と同じく記憶を失っているに過ぎないのだ!これから一緒に前のことを思い出していけば良いではないか!!」
「また奴らにやられたのですね!?この間もそうしてアラタ殿に襲い掛かってしまったのをお忘れですか!?ぐぁ!」
黙れ!その言葉とともに竹刀ごと押し切るように傘を振るうと隆は勢い良く突き飛ばされる。
「事情が違う。今の僕は……!ぐっ、僕は、確かな確信が……!」
疼く頭を抑えながらも強く傘を握り締め隆に迫る笹露。
体勢を直しながら竹刀を構える隆に構わず目を青く光らせながら傘を掲げた時だった。
「やめてください!」
不意に響く声に向ける……と、息を切らせる雛菜の横を更に飛び出してきた瀬莉ではないか。
「お瀬莉、殿……!」
「お二人共、落ち着いてください。こんなことをしていて何になるんですか!?」
「川上殿、構わんでくれ。僕は真実を証明するだけのこと。何よりもこの打ち合いは隆が申し出たことだ。」
「そんなの、間違っています!一度立ち止まって思い直してください!」
「そうだよ村雨さん!どう考えたって時谷先輩がお姉さんだなんて有り得ないよ!」
「笹露殿!」
「隆、川上殿、新垣殿……」
3人に呼び掛けられ、青年は一瞬揺らぐ。
が……
ーーいけまセェン。せっかく辿り着きかけているシンジツ。また迷えばアナータは苦しみを味わいマァス。Haha……ーー
「……またしても、僕の姉さんを奪うのか?」
脳裏に響く声とともに鈍器で殴られたような頭痛を抱くと再び表情が険しくなった。
「そんな……!」
「僕は何度姉さんを奪われるんだろう?」
「お二人共、下がって!」
隆が声を上げ、瀬莉と雛菜の前へ飛び出しながら竹刀を構える。
「姉さんの為なら、僕は何度でも蘇る。今、お前を倒し……!」
「やめろ。」
目を青く光らせながら構えを取る笹露……が、今一度冷静に言い放つ声が乱入した。
一同の視線が向いた先、3人の影が歩み寄ってくる。
「っ、あらたん!」
「アラタ、宮司殿、と……!?」
「三嶋先輩?」
アラタとゆらら、そして眼鏡をかけた男ーー宮司。
「アラタ殿…?」
「悪り、遅くなったわ。」
その姿にそれぞれが声を上げる中、頭を掻きながらアラタは一歩前に出て、隆へ下がるよう促す。
「ずっと悩んどったわ。お前にこの仮説を話す時、できるだけ取り乱さんように説明するにはどうすればええかってな。」
何が始まるのだろう、引き締められるような胸を抑えながら雛菜がチラリとアラタと共に来た2人にも目を向ける。
普段の印象と打って変わって憂いを帯びた面持ちのゆらら、初対面ながら緊迫の伝わる様相で見守る神職の男……
「アラタ。結局お前も敵か。僕の姉さんをっ……!」
「スマン笹露!こんなに暴れ回っとるんならもう直接言うしか無いみたいやな……」
懐を弄ったアラタは取り出した物を彼に突きつける。
「なっ!?ソレは……!」
その手には布巾着だ。
埃とほつれにまみれたそれは色褪せてこそいるが、同じく懐を探った笹露は一層驚愕する。
間違いなく自分の持っている『御守』と瓜二つだ。
「キミの姉貴は、もうおらん。」
その様子を見守っていた一同も、続けて彼が言い放った言葉に更なる衝撃を受けた。
「笹露、お前もや……」
もうずっと……何百年も前にな……
『流離いの士.七~村雨~』E N D
「マジかよ、ここって……!?」
ゆららがしばし水晶を眺めてからアラタのマップアプリを覗き込んであれこれと指示を受けて場所を特定していく……とその行方に驚きを浮かべたアラタはすぐにジェットボードを取り出すと二人で乗って飛び立っていった……
暫くしてから降り立ち、アラタは確かと思い返しながら目的地へ走った。
この辺やったな、呟きながら駆け付けると、すでに見知った影が佇んでおり……
「ん…?和泉さんっ!なぜここに!?」
「おぅおっちゃん!なんかあったんか!?」
示された先ーー隣町の神社で心当たりのある蔵を目指すと、既に宮司も何かを感じ取っていたらしいではないか。
...もっと見る「えぇ。ちょうど私も連絡せねばと思っていたところですが、見てくださいこの気配……!」
彼が戸を開けると、少し空気が変わった。
何か胸騒ぎを感じさせる張り詰めた空気の中、奉納物が小刻みに揺れているではないか……
・・・?ふと、その光景に違和感を抱いたアラタは更に足を踏み入れて見回すと、すぐに声を上げる。
「なっ!?嘘やろ……コレってっ、なんで……!?」
そう時代を感じる古めかしい物の中で目に着いたのは小さな布製の巾着だ。
ふと、どれどれと見覚えのあるソレを隣からしげしげと眺めるゆららは数秒黙してから口を開いた。
「うん。よくわからないけど、これが関係ありそうな気がするよ……」
「やろうなぁ……だってコイツはどう見ても……」
そこまで言いかけた矢先、不意に携帯電話が鳴り響き、相手が雛菜だと確認したアラタは応じる。
[あらたん?大変だよ、村雨さんが……!]
「なっ、さ、笹露が!?わかった、行くわ!」
手短に済ませたアラタが携帯電話をしまい、心配そうに見るゆららや宮司と頷き合ってから社を出ようとする……と、
ーーササツユ?アンタ達今ササツユだって言ったかい!?ーー
「……ん?」
不意にゆららが振り返る。
視線の先は今宮司が閉めようとした蔵の中だ。
「ゆららさん、どったんです?」
『流離いの士.七~村雨~』
村雨……激しく降ってはすぐに止む雨。
「うん、良いぞ。身長も申し分なくて素晴らしいっ!」
「むむ……こうか…?」
合っているのかコレ?セイオーモールの一角でそんなことを考えながらあれこれと小瑠璃の指示を聞き、彼女からひたすらシャッター音を浴び続ける……
「な、なぁ……本当にこれで良いのか……?」
「あぁ、バッチリだ。私は現在進行形でインスピレーションが刺激されている!」
「笹露殿〜、大丈夫です!キマってますよっ!」
おおそうか、見守る隆と瀬莉に笑いかけながら笹露は応える。
「ま、まぁ隆が言うなら間違いはないか……」
「ふふっ、どうなるか心配だったけど大丈夫そうだね。」
「そうだね〜。さてと雛菜ちゃん、私達も何か見に行こっか。」
うんっ、4人の和気藹々とした様子を見届けるなり雛菜と奈央も歩き去る……
・・・
「いやはやお疲れ村雨君。」
ベンチに腰を下ろし一息吐くと、小瑠璃が緑茶のペットボトルを差し出しながら笑いかける。
「今日はありがとう。お陰で私も糸口が見えたと言うか、行き詰まりが解消されそうだよ。」
「そうか、どこの骨とも判らぬ僕でもお役に立てたなら良かったよ。」
「そう卑下するものではないぞ。私もお姉さんのことはできるだけ対応しておくからな。」
「っ……!」
ニッと笑う姿に思わず数秒黙した笹露は再び言葉を続ける。
「不思議なものだな。隆も川上殿もアラタも、それにそなたまで……何故そこまで僕に協力してくれるのだ?姉さんのことを抜きにしても、僕は記憶の大部分を失っている。自分の本性すら判らんのだぞ。」
何を言っているんだ、やれやれと首を振りながら微笑む小瑠璃もまた、言葉を返す。
「袖振り合うもなんとやら、困った時はお互い様だろぅ?特に和泉や嶺堂はお人好しだからなぁ。力になれるなら動きたい、と言うのは皆一緒さ。キミもそうだろう?」
え、僕!?思わぬ問い掛けに抜けた声で返してしまうが、彼女はなんでもないように頷く。
「嶺堂から聞いたさ。キミは自分の状況もよくわかっていないながら、ゴエモンだかザエモンだか引ったくりを撃退したそうじゃないか。」
「あ、ああ……そうだが……」
「そういうことだ。村雨君とて全く知らない人々の為にそこまでできたんだから、私達がなんで村雨君の為にそこまで動けるのかと言われれば、キミがその時思ったのと同じことなんじゃないかな。」
「っ……時谷、殿……」
悪戯っぽく笑う彼女の姿に思わずたじろぐ……と、不意に立ち上がり数歩歩いた小瑠璃が振り返る。
「まぁ、大船に乗るつもりで任せてくれたまえ。……さてと、見吉達は普段絡むことがなくて珍しいからと川上達の服選びをしてると言ってたな。面白そうだ、私も行こう。村雨君はどうする?」
「あ、ああ……ありがとう時谷殿。」
そうだな……力強い彼女の言葉に一先ず返してからどうするかと考える……
「僕も行くよ。慣れない場所で迷っても困るからな。」
「よしよしっ。ならば早速行こう。2人の格好は勿論、見吉や新垣のセンスも勉強しておきたいしな。」
上機嫌に踵を返し、意気揚々と歩き出す彼女にやや出遅れながらも立ち上がり、足を踏み出す……
「うわっと!?」
瞬間、不意に足がよろめき慌てて体勢を立て直す……
「なっ、時谷殿!?そんなバカな!?」
しかし、そこまで距離が無かった彼女の姿は視界から消えていた。
更に言えばこの周囲は一本道の通路だった筈だ。
彼女が悪ふざけで一瞬の隙に走り去ったならともかく、あの状況でそんな行動に出る人物とも思えない。
何よりも……
「誰も、いない……?」
先程まで休日を謳歌していた賑わいは一切の鳴りを潜め、彼らのような往来すらたった一瞬の内に消えているのではないか……
この感覚……覚えのある嫌な予感に笹露が傘を握りしめると、
ーーHaha、楽しそうデェースネ。ーー
ッ!!不意に耳に入った笑い声に勢い良く振り返りながら傘を振るったが手応えは無い。
耳元に感じた声と裏腹に、その主は先程まで彼が腰掛けていたベンチに悠々と寛いでいるではないか。
独特のスタイルに整えた前髪、マイクを携え恰幅の良い欧米系の初老の男……
「貴様ッ、ハナフダァ!!」
「ビィークワィエット、プリィーズ!」
瞬間激情し、傘を構えてハナフダーープレジデントに打ち掛かろうとするも奴が先に声を上げると再びよろめいてしまう。
先から何なのだと足元を見た彼は一層驚愕した。
自身の影から這い出る真っ黒な手……トルーパーがその足首を掴んでいるではないか。
「な、なんなのだお前は……!?」
得体の知れない恐怖に汗を滲ませながら傘を握る手を緩めずに笹露は口を開く。
「怒らないでクダッサァ〜イ。ワターシはアナータの為にこそ動いている……それこそ『袖振り合うもナントヤラ』『困った時はオタガイサマ』デェース。」
ふざけるなッ!!笑いながら語りかける姿に声を荒らげながら笹露は更に返す。
「僕や宮司殿を唆し、アラタと仲違いさせようなどしといてどういうつもりだ!?」
ノーノー!!突き出した手を振りながらプレジデントは歩み寄る。
「ソレは誤解デェス。ワターシはアナータのあるべき姿、力をリターンズしようとしたに過ぎマセーン!」
「あるべき力だと、また出鱈目をッ……」
「ハァイ笑止ィ。アナータ、自分如きが『眼魔』を討ち取れたこと、不思議に思いませんデェシタ?ソモソモ、アナータ自身がアンブレーラをカタナにしていたではありまセンカァ。」
な!?足が動かせないながらも傘を握るが力が籠る。
「貴様、何を知って「まぁ〜そんなことはドォ〜ウでも良いのデェス!」オイ!」
笹露の言葉をあっさりと遮りながら向き直った奴は指を突きつけながらゆっくりと歩み寄ってきた。
「あのリトルガール、随分とアナータに親切デェースネ?」
いきなりなんだ?突如大きく話題を変えてきた男に困惑するが、しかし何だというのだ。
「お前には関係ないだろう。理由とて本人が聞かせてくれたことだ。」
「ノーデェス。元々アナータにシンパシィを抱いたシナイボーイや彼と親しいアラタボーイ並びに彼らのガールフレンズならともかくッ。それまで関わったことも無いノニ、奇妙な用事でアナータに接触してこようなんてイッツストレンジ!おかしいデショウ?」
「なっ、おかしいことなどあるものか!彼女は僕が役に立つと思ったからこそ声を掛けてきたのだ、お前が言うような怪しいことなど……!」
もう騙されはしない、以前の仕打ちを思えばどれほどの言葉を並べようとも所詮虚言に過ぎない。
ならば怯まず否定し続ければ思う壺は免れる……!
そうデショウか?しかし不思議そうに首を捻るプレジデントも一向に退く気配は無い。
「元の性格を踏まえテモ、初対面であそこまでグイグイと詰めてくるのは妙デェスヨー?何ステップかコミュニケーションを重ねてからするコトだと思いますしィ……」
・・・なんだ?コイツは先程から何の話をしているのだ、ふと違和感を抱きプレジデントを見据える。
要領を得ないことばかり語り連ねながら男はズカズカと歩み寄り……
「デェスガ!ワターシは理由をちゃんと知っておりマァス!!インポゥタントデスから、教えてあげるゥ!!」
「がっ!?貴様ッ……!!」
言うより早く奴の手が足止めされた笹露に掴み掛かると、彼の胸部を貫いた。
思わぬ光景に理解が追いつかずにいるが、数秒遅れて痛みが無いことに気付く。
どういうことだと見てみればプレジデントの腕は貫通してこそいるが笹露の身体は抉れておらず、さながら立体映像のように『すり抜けている』ではないか。
「あのリトルガールもアナータと同じデェス。だからコソ、メモリィをロストしているものの、デジャヴのような無意識の部分でアナータを気に掛けるアプローチが出てしまっているのデェス、HAHA!!」
「メモリー……記憶!?何を言っている、いい加減っにっ……!?ぐぁあ!!」
顔を寄せ、淡々と語る姿に食って掛かるも虚しく、プレジデントは彼の胸にめり込んだ手を強く握りしめた。
「マァダ解りまセェンか……?」
不意に漂うのは甘酸っぱい匂いーー目を向けてみるとプレジデントがもう片手に持つ何かを貪る姿……
「お前、ソレは……!?」
見覚えのある物体に驚愕するも気に留めずプレジデントは呑み下し、マイクを取り出すなり一層笹露の耳元に近付いた。
「やめろ、来るな……!!」
「良い〜デェスか?彼女は……カノジョこそガァ……!!!」
言い分が耳に入る瞬間、笹露の中の『スイッチ』が深く押された……
―――――――――――――――――――
「……」
「笹露、殿……?」
「お身体が、悪いのですか……?」
突如胸元に光が宿った笹露は依然座り込んで項垂れたままだ。
「油断は禁物ですよ。」
「どうなってるの?」
「さぁな。ゆららさん、今のは……?」
「すぐにわかるよ。」
...もっと見るフリーズのように動かない侍の姿にそれぞれが思い思いのことを吐露している……と、
「んっ……く……」
「笹露殿、大丈夫ですか!?」
彼から光が抜け出ると共に、笹露は顔を上げて目を開く。
隆……彼の呼び掛けに躊躇うも敢えて流し、アラタに顔を向けた。
「っ……?」
数秒視線を合わせているうちに、やがてアラタは小さく頷く。
「アラタ…お前はたしか不審者と呼ばれる者共を打ち倒しているのだったな……?」
不意に笹露は先までと同じ険しく鋭い目でアラタを見据えながら口を開き、
「あぁ、やったらどうするん?」
その姿に一同が身構える中、アラタは戸惑うでもなく返す。
知れたこと……ボソリと言いながら口角を上げた笹露は再びミワタリを握り締める、と……
「笹露殿ぉ!?」「あらたん!」
「露払いだっ!!」
ーーコラ、ちょいとアンタ!?ーー
構え直しアラタ目掛けて地を蹴る様に皆が声を上げる中、アラタは歯を強く噛み、拳を固めた。
「笹露!りゅーくん、瀬莉さんっ!!」
「和泉、さん……?」「アラタ殿!」
「アラタ、覚悟ォオッ!!!」
呼び掛けられた隆と瀬莉の声を聞くが、自分の目前でミワタリを振り被る笹露を見据えたままアラタは恐る恐る腕を引き絞り……
「ゴメン、な……?」
苦い顔のまま打放った拳が侍の横面にめり込んだ。
静寂の中、鈍い音と共に再び笹露の身体は投げ出され、隆のそばに転がり込んだ。
・・・
その光景に誰もが言葉を失っていたが、やがて穏やかな笑みを浮かべ座り込む笹露に、隆は意を決して歩み寄った。
「笹露殿、落ち着かれました?」
「ああ、隆よ……すまなかったな……」
狂気と妄執に満ちた姿はすっかり鎮まり、脱力する笹露に笑いかけながら隆は手を差し伸べる。
「さて、雲行きも怪しくなってきましたし、帰りましょう。」
「お二人共お茶を飲まれて、ゆっくり休んでくださいね。」
隣に立った瀬莉も微笑むが、しかし笹露は目を閉じて首を横に振ると口を開いた。
「いぃや。隆よ、生命の理りは歪めてはならぬ。」
いのち……?一瞬不思議がる隆だが、ハッとアラタの推測を思い出し表情が強張る。
「僕の疑念は晴れ、真相を知ることもできた。"還る"べき時が来たのさ。」
「っさ、笹露殿!」
そう軽く上げた手の指先から光が漏れるように粒子と化している様を見た隆のみならず、一同が驚きを深める中、笹露は身を起こし一人に顔を向ける。
「宮司殿。そなたは真っ先に気付いてくれたというのに、無下にしてしまったな。すまなかった。」
村雨様……力強く首を振りながら宮司は返す。
「良いのです。あの時は私のやり方とて道理を違えておりました。それに、収まるところへ行き着くのであれば過程は問題ではありません。」
「三嶋殿、と申したか?姉さんを連れてきてくれて、引き合わせてくれてありがとう。」
「結果的には良かったのかもしれないけどごめんねぇ。このままじゃ良くないと思ったからさぁ……」
『姉さん』?周りが首を傾げる中、複雑そうな表情で申し訳無さそうに答えるゆららを否定すまいと首を振りながら笹露は続ける。
「川上殿、新垣殿。隆やアラタが苦難を乗り越えられているのは紛れもなくそなた達のお陰だ。これからもこの愚直な奴らをどうか支え続けてやってくれ。それと、今からでは到底間に合わん。時谷殿にも迷惑を掛けて済まなかったと、どうか伝えておいて欲しい。」
「はい、勿論です!どうか村雨さんも……」
「そうだよ、今から帰って直接言った方が……!」
「だが、揃いも揃って朴念仁だ。そなたら、言いたいことがあれば直接はっきりと言ってやらねばならぬぞ。他ならぬ、あやつら自身の為にも、な?」
「村雨さん……はい。」「……うん、そうだね。」
雛菜の言葉に掌を突き出して遮りながら一頻り言い二人が笑い返すのを見届け、アラタに向き直る。
「アラタ、お前は薄々勘付いていたようだな……」
笹露……頭を掻きながらアラタは応える。
「あぁ……信じたかったんよ。たとえ連中と同じ気配がしても、ボクと一緒にアイツらをブチのめして、心からりゅーくん達を大事に思ってくれていたキミなら大丈夫やって。」
「お前の心すら踏みにじってしまった、すまない……!」
「ええんよ。アイツらが掻き回したことや、お前は悪くね。」
深々と頭を下げる姿にアラタも思わず背を向け吐き捨てるように返した。
「ありがとう……なぁアラタ。最期に言伝を頼まれてくれないか?」
……?その言葉に振り返ると、笹露は一呼吸置いてから再び口を開いた。
・・・
「おっけ。任しとき。」
優しく笑いながら胸元を手の甲で小突くと、笹露も安心したように笑い、最後にと隆へ向き直った。
「隆。この暫くは実に楽しかった。僕と出会ってくれて、兄弟のように接してくれてありがとう。」
「笹露殿……本当に、いって、しまわれるのですか……?」
ああ、言い淀む隆に笑いながら続ける。
「然るべき道理に則れば、長居はならぬからな。お前と過ごす日々は楽しかっただけに、最期になって迷惑ばかりかけ、改めて済まなかった。」
「笹露殿が納得できる結果なら、私はそれで良いと思います。こちらこそ多くのご鞭撻、心より感謝しております!」
勢い良く腰から頭を下げる姿に相変わらずだと笑う笹露は言葉を繋いだ。
「そなたらは若い。すぐ僕に会いに行こうなどと思わず……どうか長い時間を掛けて自分の道を歩んでくれ。こちらに来る頃には僕達のことなど忘れているくらいが良いかもしれんな……」
「いえ!決して笹露殿のことは忘れはしません。」
「ありがとう。しかし強くなったな。」
「笹露殿が加減してくださったからです。ただの竹刀で塞げる筈がありません…!」
そうか……力強い隆の言葉に微笑みを向けると、突如彼の隣が強烈な光に包まれ、人影を成す。
あれは!?ゆららを除く一同が驚きを見せる中、光は段々と鮮明となり、時代劇で見る町娘然とした装いで強気な顔立ちの女性が佇むではないか。
彼女は見回してから笹露の背に手を添えながら深々と御辞儀をした。
「皆様はじめまして。このバカタレの姉のしぐれと申します。アンタ達、彷徨う笹露の相手をしてくれて本当にありがとうね。ゆららちゃんも、アタシを見つけてくれてありがとう。これでいよいよお別れだけど……」
「きっと僕達はそなたらを見守っていてみせる。達者でな。」
笹露が言葉を繋ぐと、不意に二人の身体が上へと浮かび上がった。
ーーじゃぁ行こうか、笹露。ーー
ーーうん。久し振りの芋煮汁、また味わえるなんて楽しみだな……ーー
段々と二人の姿が光に融けていく傍らで、隆の前に佇んでいた笹露はふわりと後ろに倒れ込み、その身体は霧が晴れるように薄れると、胸から何かを弾き出しながら真っ黒な影ーートルーパーへと様変わりしていった。
「笹露っ殿……!?」
膝を着いて駆け寄りトルーパーから目を移した先、アラタも驚きを浮かべて見る零れ落ちた何か、さながら擬眼のようなものを拾い上げようとするより先に塵と崩れ去った……
ポツポツと降り始めた雨がすぐに勢いが増す中、隆はトルーパーの身体が霧散した跡に視線を戻す。
そこにあるのは2つの巾着だ。
鮮やかな柄で作られどちらが綺麗か汚れているかも無い、等しく瓜二つに古びて色褪せた姉弟の御守り……
「隆さん……」
傘を差し、彼を入れるように隣に立つ瀬莉、
「……御加護のあらんことを。」
手を合わせて目を閉じる宮司、
「……ばいばい。」
物憂げな笑顔で空を見据えたまま手を振るゆらら、
「・・・」「あらたん……」
いつになくバツ悪そうな面持ちで視線が定まらないアラタに居た堪れない痛みを感じる雛菜。
そして
「…ありがとう、ございました……村雨笹露殿。」
2つの巾着を握り締め、ただ一言を締めるように呟く隆。
思い思いの寂寥とした感情を、淡々と降りしきる雨が包み込んだ……
『流離いの士.八~時雨~』 E N D
蝉の喧騒に包まれる神社。
爽やかな空気を感じる盆日の陽射しの中で、彼らは蔵の前にいた。
「んま、仲良く食ってくれや……」
適当に買い込んだであろう袋の中身を蔵の前に広げたアラタはボソリと呟く。
「言うても今は衛生が〜つって用済んだら持って帰らなあかんのやけどな。」
一人で笑いながら続けるがしかし、ふと周りに目を向ける。
隆、瀬莉、雛菜、ゆらら、宮司。
一様に神妙な面持ちで目を閉じ手を合わせて会釈をする。
やや気まずそうにそそくさと姿勢を正し、アラタも手を合わせて静かに目を閉じる。
気怠い熱を感じる中でも一抹の冷涼を届けてくれるかのような微かな風が、鼻をくすぐった……
『流離いの士』 E N D
―――――――――――――――――――
「こンのおバカっ、いい加減におしよ!!」
一瞬の出来事に我に返るより先に女性の声と鈍い痛みが額を襲った。
「痛った!な、何をするんだ!?」
思わず頭を擦りながら状況を把握できずに目を向けると、馴染みの少年少女達はいない。
加えていきなり頭を締め上げる腕の感触に困惑した。
「何をすんだはこっちの話だよ!自分が探してる人の顔も忘れっちまって!挙げ句に全く関係ないしアンタよりずっと若い娘さんを姉さんだなんて、ふざけんじゃないよ!」
「うわわっと!やめてくれ!!」
何故だか懐かしい温もりを感じながら慌てて振り払った拍子に笹露は尻餅をつく。
...もっと見ると、ふと見回してみればここは先までの鬱蒼とした森林とは違う。
田畑が広がり、簡素な家が立ち並ぶ……いわば農村といったところか……?
「……なんで?だって、ここは……!?」
「ったく、ようやくわかってくれたかい?」
整理を付けるように途切れ途切れ言葉を切り出そうとする笹露は再び掛けられた強気な声に顔を上げ、ようやくその姿を捉えると目を見開いた。
頭を手拭いで巻き、着物を襷で締めた出で立ちの女性ーーその人懐っこく勝ち気な面持ちが呆れたように眉を下げると、笹露の脳内に長らく覆われていたモヤが晴れていくではないか。
「ねぇ、さん……!?しぐれ姉さん!僕の生き別れのしぐれ姉さんっ!!」
瞬く間に跳び起きた笹露はやれやれと苦笑する彼女に飛びついた。
「姉さん!やっぱり、生き「とっくに死んでるよ!!」
え……?涙ながらに喜びを表そうとするより先にしぐれがツッコむような勢いで遮り言葉に詰まる。
「アタシもアンタもとっくの昔に死んでるんだよ。アラタってぼっちゃんも言ってたろぅ?」
「なん、で……?」
そう言いかけてからハッと脳裏に流れ込むような光景を笹露は振り返った。
たとえ武士に憧れようとも時代柄農村の産まれである笹露にはそうそう叶いようも無く、彼自身そのことは自覚していた。
やがて彼は愛する家族に、より豊かな暮らしをもたらすことを夢見て都へと出向いていった……
そんな折、さる時の嵐雨で村が壊滅状態だと瓦版で知り、急いで村へ戻った時には既に家は崩れ、田畑は沈んだ有り様だったのだ……
「父上ッ母上ッ姉さんッ!!皆、どこにいるの!?」
まさに今自身で叫んだような泣き腫らす声が頭の中で木霊した。
「……そう、だ。姉さんはあの時の災害で……僕が、弱いから……」
おバカ!!すかさずしぐれの平手が笹露の頭を打ち据えた。
「あの時は村皆で協力し合って、幸い命だけは助かったのさ。あん時は伝達なんて不便で、新しく村を立て直してる時アンタに送った手紙を持ってってもらう頃にはもういなかったなんてことばっかだったけどね。」
それを聞いて思い出す。
笹露も同じく家族が生きていると信じて各地を練り歩き、やがて進展も見出だせないまま歳と共に身体は弱り、いつしか自身でも気付かぬうちに生涯を閉じていたらしい。
「じゃ、じゃあ、姉さん達は……?」
「笹露と同じさ。アンタがいつかは帰ってくると信じながら目の前の生活を精一杯に過ごして、全うに生き抜いたよ。」
姉さん……思わず溢れた涙を拭わず笹露は再びしぐれに歩み寄った……
「それがなんだいアンタ!いつまで経っても会いにこないばかりか死んだことも気付かずに彷徨って、ヒト様に迷惑まで掛けて全っったくもぅ!」
「ごめん!ごめんよ姉さん!ずっとどうかしてた!!」
勢い良く愛弟を抱き締めながら、訴えるように荒々しくしぐれは捲し立てるが、やがて涙を拭い笹露を解くと、肩を叩いて明るく笑った。
「さて、アンタとアタシは再会して、大事なことも思い出した。最後にやること、あるだろっ?」
しぐれ姉さん……、彼女の笑顔に微笑み返しながら笹露は再び目を閉じて意識を"外"に向ける……
「姉さんも一回、出ててくれる?」
「……」
「ボクなりに考えたことをまとめるわ。」
茫然とする笹露にアラタは口を開く。
「瀬莉さん、たしか言うとったよな?」
アラタは問いながら彼女が見たという光景を思い返す。
帰路で笹露と出会い別れた際に何気なく見たカーブミラー、そこにはちょうど曲がり角を去る彼の姿……
が、無かった。
そこまでの距離でも無かった為に違和感を抱き、振り返ればたしかに彼が曲がって行く瞬間を見届けたのだ。
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それだけなら見間違いかもしれなかった、瀬莉が頷く肯定を受け止めながらアラタは続けた。
「せやけど、問題はもう一つあったんよ。結論から言うと瀬莉さんと宮司のおっちゃんの考えは正しかった。」
「え、宮司殿……!?」
申し訳無さそうに視線を向ける宮司に笹露は困惑する。
「村雨様、あの日お呑み頂いた御神酒で苦しくなったのは覚えておいででしょう?」
「あぁ、そなたが何かを仕込んだという……」
「アレは一つの徳利から注ぐのをご覧頂いたように、私と村雨様には全く同じ物を用意したのです。」
「そうだな、そして僕だけが苦しんだ……まさか罠は盃の方に!?」
いえ、語気を強める彼を制するように遮って宮司は続けた。
「私が御神酒に入れたのは……"清塩"です。」
「ッ!!セイ、エン……?」
読んで字の如く『清めの塩』。
穢を祓う為に用いられることがあり、時として人ならざる者に大きな効果を及ぼすことがあると言われている。
「だから生者……もとい普通の人間である私には同じ物でも影響が無かったのです……」
「セイジャ?あぁ、"聖者"か。そなたは神職だからなぁ、そうであろう!?」
宮司の言葉にたじろぎながら縋るような声を上げる笹露。
しかし迷うな、宮司に続くようにアラタは繋ぐ。
「ボクも部屋入る前に見たんや、襖の前に置いてあった清塩が真っ黒に濁っとったんよ。最初はおっちゃんの方かと思ったわ。」
しかし後に訊けば酒に混ぜたのは塩、加えて瀬莉の証言、そして……
「どう見ても手製で瓜二つやのに年季がここまで違いすぎるキミの御守。まさかとも思っとったけど、ここまで来て考えられるのはやっぱ……うぉっ!?」
一瞬のことだった。
言葉を続けるより先にアラタを重たい打撃が打ち据え、絶叫とともに近くの樹木に転がり込んだ彼が激突する。
「アラタ殿!」「あらたん!?」
竹刀を構え直して笹露に向き直る隆、頭を擦るアラタに駆け寄り抱き起こす雛菜。
「ふざけるなァッ!!」
傘を振るった主・笹露が顔を上げると、一同はその姿に更なる驚きを浮かべた。
「僕が、死んでいる?そんな訳があるか……!僕は現にこの足で立っているじゃないか!なにより、姉さんが死んでいるだなんて適当にも程があるぞ!」
真っ黒なーー腐敗した亡骸のような濁った肌ではなく文字通り闇を覆ったような、漆黒の面のような顔には珠のような青い目が2つ、さめざめと黒い涙を垂れ流しているではないか。
ウォリヤがここに来ていきなり眼魔を従えていたことも気掛かりではあったがやはり……咳き込みながら雛菜に支えられ立ち上がったアラタは笹露の異様な姿に確信を抱く。
「僕が故人と言うならば!今ここにこうしている僕は何者だと言うのだ、答えてみよっ!」
傘を一振るい力を込めながらアラタに歩み寄る彼を、しかし一人が遮った。
「隆さん……!?」
心配そうに瀬莉が声を掛けた人物ーー隆は息を吸いながら真直ぐに笹露を見つめ笑う。
「笹露殿は、笹露殿です。気が晴れないというのならばお付き合いします。先程の続きといきましょう!」
隆……竹刀を構える彼の姿に笹露はしばし戸惑い混じりに黙していたが、異形が消えた笹露は微笑んだ。
「隆よ、やはりお前は優しいな。僕だけが"還る"のでは寂しいからなぁ……一緒に来てくれるのだな?」
「隆さん、村雨さんっ!?」
目を開け、冷たい笑みへと変わる姿に瀬莉が思わず声を上げ、隆が手に一層の力を込める。
「おっと、そうすれば今度は隆に寂しい思いをさせる。ならば結局は皆も連れて行ってやるとするか?」
あらたん……木刀を取り出すアラタを心配そうに見つめていると、彼は木刀を握り締める手を苦い顔で暫し睨みつけ、やがて意を決したように隆に目を向ける。
「りゅーくん!」
「えっ?」
彼がこちらに目を向けると、少年から投げられた木刀を咄嗟に受け止める。
アラタ殿……?彼の判断に皆が呆気に取られる中、視線が合うと力強く頷き合った。
「ありがとうございます!アラタ殿ッ!笹露殿、参りますっ!」
「フン、斯様な醜い物の怪に最期まで情をかけたこと、あの世で後悔しろ……!」
「あらたんっ!?」
木刀から溢れた淡い光に包まれる隆とドス黒いモヤのような気配を纏う笹露との両者が獲物を交え合う脇で、雛菜はアラタに向き直る。
元々アラタと隆の交流はアラタの剣扱いの精度を上げようという政子の計らいだが、同時に隆も彼との鍛錬を経て微弱ながらその腕を剣道の範疇から逸れようとしている。
しかしながらまだまだ超常の者を相手取る域に至っていないことはアラタも知っているはずだ。
故に彼の判断を呑み込めずにいるが、当の本人も未だに苦い表情のまま口を開いた。
「"コトになったら責任を取る"ボクはそう言った。それがどうすることか思うて迷っとったけど、今は2人を見届けるんがボクのすべきことって解ったんよ……」
物哀しい表情で語る姿に、雛菜も竹刀と傘とがぶつかり合う光景を、胸を押さえて震える瀬莉と彼女の肩を支えながら何かを気に掛けるゆららを、彼女や自分達よりいくらか冷静な面持ちで見据える宮司を順に見回して唇を噛むしかなかった……
ーーコラッ、いい加減やめなさいおバカ!姉さんもアンタもとっくにっ、てあーもぅ全っ然アタシの言う事聞こえないじゃない!お嬢ちゃんなんとかしてくれないかい?ーー
うーん……暫し考え込んでいたゆららはふと、アラタを指で軽く突く。
「アラタ君、あのお侍さんの"隙"とか作ることできないかなぁ?」
隙…?突然の言い分にアラタも少し言葉に詰まる。
が、先程の神社からゆららの挙動や視線に妙なところがあり、彼女にも何らかの事情はあるのだろう。
とすれば、だ……
「ボクがここって時に声かけるんでそん時にお願いします。」
「わかった、ありがとう。」
手短に伝えるアラタに頷き、彼に続いてゆららも前の状況に向き直る。
「お前が奴の刀を使うのならば、僕も相応の力を出さねばなぁ……」
笑いながら言った笹露は右手の傘を目前で水平に掲げ、目を閉じてから唱えるように続ける。
「"妖刀・ミワタリ"……!」
途端、傘に黒いオーラが纏わり付くと一振りの刀へと変化しているではないか。
「あ、あれは……!」
以前見せた『名刀』とは打って変わってドス黒い刀となったミワタリーー鉱山での攻防で顛末を知っていたアラタは一人眉をしかめる。
「来い、隆よ!」
「承ォ知ッ!!」
竹刀を腰に差し、木刀を構えた隆はミワタリを突き付ける笹露に促されるまま彼めがけて高く振りかぶる……
が、ひとつ鈍い音が響くと、同じくミワタリを構えた笹露が迎えたようだ。
咬み合うより先に笹露が飛び退くとミワタリを構え直して突撃するが、すぐに隆が木刀を振るって牽制する。
「これも試練か。姉さん見てて……今アイツを討ち取るからッ!!」
後退して佇む笹露は刀を立てると八相の構えを取るなり勢いよく振り下ろすと隆目掛けて斬波が走る。
「くっ、このっ…ぐぁ!」
隆も負けじと木刀に光を纏い競り合うが威力に押し負け、勢い良く転がり込んでしまう。
「隆さんっ!」
瀬莉が反射的に声を上げるが、即座に起き上がった隆は木刀を地に突き立てるなり勢いをつけて振り抜く。
威力が低いながらも笹露目掛けて地を這うように衝撃波が迫ると咄嗟に奴はもう一本の傘を開いて前方に向けた。
くっ、隆が咄嗟に構え直すと防いだ傘の影から不意を突くように脇から躍り出た笹露がミワタリを突き出した。
すぐに隆は跳んで距離を離すとそのまま上空で木刀を構えた。
「笹露殿っ!春雨返し、参りますっ!!」
勢い良く突きかかる隆の姿に思わずたじろぐがしかし、笹露もにやりと笑いながら隆の動きを見据える……
と、
「はっはっは、隆よ。春雨返しはなぁ……!」
木刀が迫った瞬間、笹露は傘を地に立てた勢いで跳ぶなり隆の切先をも蹴って更に上を取ると刀を構える。
「……こう、打つのだっ!!春 雨 返 し !!!」
「そんっなぁ!?」
何度もミワタリから突きが放たれると、焦る隆を容赦なく押し流し地に叩きつけてしまう。
思わず手放した木刀が地に転がる様を笹露は見逃さなかった。
「姉さんの為に一生懸命鍛えたんだ!貰ったァ!!!」
彼は感情のままにミワタリを振りかざす。
アラタは木刀に転がり込むと拾い上げながら二人に滑り寄り、瀬莉や雛菜は思わず顔を背ける……
ひとつ、乾いた音が響いた。
「……隆……!」
「笹露殿、私もそなたと同じく刀は一つではありません……!」
驚く笹露に力強く笑いながら、隆は先まで納めていた竹刀をミワタリに咬み合わせているではないか。
安堵する一同とは別にアラタは少し驚いた顔を見せるがまぁ良い。
「りゅーくん!」
笹露目掛けて木刀を投げつけると奴はすかさず避け、そこを隆が拾い上げた。
「ありがとうございますアラタ殿!」
二刀を構え、隆が笹露に迫ると同じく迎え討つように笹露も駆け出す。
互いに振りかぶった双刀同士が音を立てて打ち合い、暫し譲らずに競り合っていたが、
「何ぃ!?隆、お前…!」
隆の手に光がやどりながら抜く勢いで刀を広げると笹露は受け流されたように崩れた。
しかし、すぐに踏み留まると広げた腕を挟み込むように傘とミワタリとを交差させる。
その瞬間だった……
交わる点を一跳びに隆は踏むと加えて竹刀を地に立て、高跳びのように更なる高みを取った。
「笹露殿っ、どうかこれで……!」
「来いっ、隆よ……!」
「隆さん、村雨さん……!!」
想いが交錯する中、光る木刀を構えた隆は振り絞って急降下と共に笹露へ迫った……
「春雨ッッ……!返ッしッ………!!」
轟音が響き、笹露は驚愕を浮かべながら崩れ落ちた。
一瞬のことだ。
隆から放たれたのはたった一度のーーそれでいて数多の刀を束ねたように大きく重たい突きだった。
「隆……お前……」
今まで笹露は春雨返しを連続的に突く技として扱ってきた。
それを隆は一度の威力に収束して打ち出そうとは……
今の隆にとって自分は兄弟のように過ごし絆を育んでいた頃の友か、はたまた力に目覚め自棄と言うべき感情で討ち滅ぼそうとした敵か?
見事だ……へたり込む笹露にはもはやどうでも良く、純然たる感心に口元が緩む。
「ゆららさん!!」
「うんっ、今だよ!!」
大声を上げるアラタと頷いて号令を掛けるゆらら、突然の出来事に他の面々が顔を向けると、脱力した笹露の胸元目掛けて一筋の光が飛び込んでいった……
「ありがとうございます、志藤さん!」
「この御恩は必ず……!」
「良いよ、頑張りたまえ。」
・・・
会釈をしながら自動車を降りる少女2人、軽く手を振って見送った彼は再びアクセルを踏み出した。
[あっれ、行かんのかい?]
「ワタシが行ったところでどうなることでもないしね。なにより少年少女が自ら向き合おうとしているんだ、水差しなんてできないさ。」
...もっと見るスピーカーから問いかける気怠げな声に小さく笑いながら領也は応えた……
『流離いの士.八~時雨~』
「こぅら笹露っ!」
「痛てぇっ!ひどいな〜姉さん。」
田園が広がる田舎の片隅……
髷頭をさすりながらやや太い木の枝を握る少年は視線を送る。
隣に奮然と佇むのは杓文字片手に頭を手拭いで巻く女性だ。
「全くいくつにもなって木の棒なんか振り回して。危ないからやめろと言ってるだろぅ!」
フッフッフッ……彼女は続けるが、お構い無しに不敵に笑う少年ーー笹露に一層眉を上げた。
「棒だなんて……今でこそこんなだけどね。コレは伝説の名刀、さ……あいて!!」
涼しげな顔で得意げに言い放つが、間髪を置かずに再び杓文字が音を鳴らす。
「ほんっと呆れた!とっくに元服してて、いつまでそんなこと言ってんだよっ!」
「だからって何度も叩かないでおくれよ。」
「ハイハイ水飲んだならさっさと畑にお戻り。あと父様も休んでほしいから連れてきてちょうだい!」
不満気に口を尖らせる少年を受け流しながらテキパキと要望を伝えると、彼もやがて柔らかな笑顔で了解を示して歩き去って行った……
・・・村雨笹露は小さな村の農家に産まれた長男だ。
彼は武士に憧れながらも、優しい両親と姉を始めとする人々に囲まれた村で過ごす幸せを愛する心優しい少年だった。
「父上ッ母上ッ姉さんッ!!皆、どこにいるの!?」
地形が崩れ倒壊した家並みの中、そんな彼は届かぬ声を轟かせた……
――――――――――――
――――
―
―――――――――――――――――――
「おーしろか。雛菜ちゃんどこおるか知らん?」
放課後、アラタは教室を出てから見かけたしろかに聞く。
「知らん。大体ずっと雛菜さんばっか見てるお前が知らんのにわかるわけなかろー」
「それもそっかすまんすまん。」
「・・・」
たまたま通りがかりで傍観していた六花の微妙な表情を気に掛けるでも無くそれぞれが再び去っていく。
「村雨笹露の一件はなるようになっただけに過ぎない。いつまでも思い悩んだって仕方ないさ。」
...もっと見る
ここ暫く学校が終わるとゴロ寝をしていたアパートの部屋の主こと領也はそう言った。
解ってはいるが、やはり納得して気を取り直そうとするとどうも気分が重い。
第一笹露の迎えた結果は探し求めていた姉との再会を果たすことができたし今では隆と瀬莉も元気を取り戻した。
文句無しのベストエンドなのだがどうも釈然としない自分がいる。
とは言え……
アラタがいつまでもその調子では新垣雛菜が一番可哀想だ。
領也としろかが口を揃えて答えたのはそんなところだ。
それもそうかとアラタは苦笑する。
自分が勝手に悩んでりゃ良いならともかく、それで他ならぬ彼女に飛び火するのは流石に悪い。
とりあえずとアラタは息を吸いながら2Aへと向かい、意を決して勢いよくドアを開けた。
「なーなー雛菜ちゃ「きゃあ!?」えっ、痛って!?」
突然襲った悲鳴と顔に直撃した衝撃に困惑しながら目を向けると一冊の本ーー楽曲におけるすべてのパートを網羅した楽譜、いわゆるスコアだ。
が、そんなことを認識する暇は無かった。
「テメーどーゆーつもりだがや!?」
「あらたん今体育の着替え中!」
「ちょ、馬鹿ぁ!スケベ、変態っ!!」
どわぁ!?突然降りかかる猛攻に狼狽えながらもアラタは身を引きずって後退りする。
「悪りぃ、しっつれ「和泉貴様ァッ!!」エェッ!?」
「不意討ちとは卑怯なるぞ!」
「お前アホかぁーッ!」
「和泉さん見損ないましたっ!」
「こんな小説みたいなクズ男だとは思わなかったわね……」
「まってゴメンて落ち着いて!?すぐ消えるからっ、てぇ!?」
「Oh,no!You are Demon-Beast!!」
「おりゃぁカウントボム、スイッチオーン!!」
「対晶殻用の特殊酸を装填…!」
「開発中のアシッドランチャー、その身体で試すんだーっ!」
「皆このセンセーショナルは逃しちゃだめだよ〜!!」
「待てって待てって待てって、ハナシわかるヤツはおらへんのかっ!?」
ヒギャァアアアア!!!!!
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「えー、とりあえず摘出は終わったな。」
呆れたようにしろかが言い、領也は並べた物を確認がてらに眺める。
バンドスコア、ドラムスティック、理髪鋏、矢、弾丸、クナイ、剪定鋏、時限爆弾の破片、強酸の付着したカプセル状砲弾の破片……
よく自力で逃走できるくらいには耐えきれたものだ。
やれやれと首を振る領也の脇で最後の仕上げにとしろかが紙ーーデカデカと『最低男、白昼の凶行!?』と書かれた記事の下書きと、それを彼の額に射止めた万年筆を取ると、何度もハネつけられたのであろうスケボーの車輪痕と墨汁に塗れたアラタの情けない白目顔が露わになった。
「クッッソ、りょーやさんに背中押されたのに結局コレやで……」
仕方ないよ、ぼやくアラタに領也が即座に返した。
「これは事故だからね、ワタシにはそんな日もあるとしか言えないさ。…サンは、要らない……」
「納得せーへんなオイ!」
這々の体で潜り込むように領也の部屋に飛び込んできたザマを思い出しフキ出す口元を必死に抑えるしろかをムッと睨みながら身を起こしたアラタは今度は彼女に喰って掛かりギャーギャーと言い合いを起こす。
まぁまぁ、この期に及んで取っ組み合う2人に割って入った領也はアラタを引き離して座り直させる。
「落ち着きたまえ。今ここで言い争ってどうにかなる話でもないだろ。ところで和泉クン。」
とにかく話を変えようと視線を泳がせ、ふと目についたカレンダーから何かを思い起こした領也が再びアラタに切り出す。
「もうすぐ麻帆良祭だね。」
「あー……そういやそっかー」
おぅ?彼の言葉につられてカレンダーを見たアラタは抜けた声で応える。
「折角だ。新垣クンでも連れて行ったらどうだね?」
えっ?予期せぬ言葉にアラタは思わず口籠る。
「な、なんでまたそんな……」
「ホラ、キミは新垣クンに昔のことを殆ど話したがらないじゃないか。少しくらい思い出の一端を曝け出しても良いんじゃないかな。」
そりゃそーかもしれんけどさ〜、蚊を見つけて追い始めたアラタに呆れ交じりで悪戯っぽく笑いながら領也は続ける。
「ウェディングドレスの撮影とかやるんだろぅ?そんなコトできるのはベストパートナーの証だ。聖櫻に来た経緯が経緯とは言えキミは多くを語らなさすぎるぞ。もっとお互いを知っておくべきだ。」
「そーそーソレよソレソレ。シドーも珍しくたまにゃあ良いこと言うじゃねーのー」
うるさいよ、イシシと笑いながら茶々入れするしろかを領也があしらうが彼女は構わず口を挟む。
「まぁ、昔を気にせず今を共にしてるアンタを〜なんて言やぁ聞こえは良いけどさ、なんでもだんまりじゃ良くないよ。」
「さっ、撮影は……撮影、やろ……?」
おや、歯切れ悪い返答に2人少し眉が動くのを気に留めずアラタは言う。
「やからって母校なんて見せられても困るやろうし、第一のこのこ麻帆良なんか帰って"連中"に目ぇ付けられたらあぶねーやろ。」
連中……ああと2人で顔を見合わせながらやれやれと笑う。
彼なりにも色々と気に掛けているようだな。
しかしまぁ……
「それなら大丈夫だ。『彼ら』のことはワタシ達も常々警戒しているからね、迂闊にヘタな手は出せないハズさ。」
「それに、今なら襲われたって護れるくらいの力は付けてんだろ?」
うーん……後押しするようなキリッと凛々しい笑顔で口々に言われる様にアラタも思わず閉口してしまった……
「たまにはいーじゃん、聖櫻を離れた遠方デートもよ」
「デッ!?!?!?」
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「な、なぁー雛菜ちゃん?」
昼休み、向かいの雛菜にアラタは切り出す。
「んっ、どうしたの?」
・・・あかんあかん、思わず躊躇いかけた。
まぁどうせ答は見えている、億劫になる必要は無いとアラタもハラを決めて一息つく。
「あの、さ……実はこの日にボクが中学行ってた麻帆良の文化祭あるんやけど、さ……流石に興味ねぇよなぁ〜?」
まぁそらそうよなぁ……しげしげとチラシを眺める雛菜をヨソに1人自己完結的に頷いていると、不意に彼女は顔を上げ、
「えっ、良いじゃん。行こうよ!」
ン゛……?たった今予想した数秒先の未来を覆すように少し身を乗り出した彼女はそう言い、あまつさえアラタの手を両手で握り込んで引き寄せて来るではないか。
「行きたい。私、キミのこともっと知りたいっ!」
「えっ、あ、え?・・・エェ〜〜ッ!?」
マ、マジカ……詰んだと言わんばかりのイヤな汗を滲ませながらアラタは放心気味に引きつった。
あ、ところでここは2A教室な訳ですけど……
―――――――――――――――――――
・・・
「えーっと、なにこれ?」
「知らん。」
「さぁ……なんかずっとあんな状態……」
トレーニングルーム前のラウンジ、通りがかった新也は困惑気味に同じく居合わせた理駆とるいに聞くもやはり要領を得ない。
しかしそんな3人を気に掛けるでもなく目の前の異様な光景は進んでいく。
「ハイ、これとかどう?」
「あぁ〜、懐かしな感じの……ブヮッカモンっ!目立つわこんなん。」
美知留から頭頂に一本だけ毛が靡く禿頭のカツラを渡されたアラタが声を上げて突き返す。
「おうおうアラタ、これ良いんじゃねえか?」
「怖いわ!てか着ぐるみ前提のヤツやないかコレ!」
斗真から渡されたのはかぶれば絶対バランス悪くなりそうなティラノヘッド、即座にアラタも応える。
かれこれ先程からこの様子らしい。
「ダメなんよ、もっと目立たん方向で固めてかないとさぁ!!」
「なんだぁ!?いつに無く必死だな!」
「じゃあコレ、新しい顔よっ!」
※
「うん……!これぞ古き良き潜入スタイルやなっ。」
パーマヘアを頭に無造作に乗せ、円いサングラスを掛けたアラタが姿見鏡の前でニッと笑い、カラフルな布を無造作に縫い合わせたようなジャケットを颯爽と羽織る。
それで良いんかい。
もうなんだって良くない……?
えぇ……様子を見ていた一同、困惑気味に閉口する。
「いやーありがとな。これぐらいがエエんよ。」
じゃな、そう手を振りながら去るも、
「ちょいとごめんよーっ、と?」
向かいから来たしろかとぶつかりかけ立ち止まる。
「おぅしろか、わり。」
アラタはそう通り過ぎようとするが、彼女は数秒してから盛大にフき出す。
「なんっだお前クズみてぇなデートコーデだな。正気か?」
ピタリ、しろかの言葉にアラタはふと立ち止まった。
・・・
ハァー?数秒の沈黙の後、アラタは呆れたような声を上げながら振り向き、しろかの頭をグリグリと雑に撫で回す。
「ただダチ同士でちょいと出掛けるだけやろが、アホの一つ覚えみてぇにデートデートってキミさぁ〜アタマのお弱いアホガキや思われるでホンマ。」
「オッオッどした?wどしたどした??wえ、大丈夫かダイジョブか?ww」
対するしろかは煽りMAXな趣きで爆笑しながら返す。
「ハッ、うるっせーガキ。ガーキ!」
「やーいやーいざぁこざぁこ〜〜www生き恥晒すくらいならクビ括れ〜」
中指を突き付けながら笑い飛ばすアラタをどこ吹く風としろかが嘲笑交じりに言い返しながら見送る。
「たくっ、あんだけ大声出せんなら心配する義理も無かったな。私もさっさとアレに着手しねぇと……」
・・・
えぇ……アラタが去り困惑気味の微妙な空気が流れるのを気にもせず、呆れながらもどこか清々しくしろかは笑みを浮かべた……
『靄と晴れ間』E N D
「ったくイッチョ前に女に入れ込みやがって。アラタも成長しとるわ。これでこそまさに
せーおー
『性 旺 学 園』ってか、ハハッ!!」
「し 〜 ろ 〜 か 〜 ちゃ 〜 ん 〜 ?」
「ヒィン」
※ ※ ※
「デェーッハッハッハァ、プロ選手になって良い生活をしてみたいんだろぅ小市民共ぉ!」
「カネなら幾らでもくれてやるゥ。さぁ、私達のチームに入るんだぁ〜!」
市街地の一角、通行人達が訝しむ中で2人の影が声高に捲し立てる。
アラブ系の男達、クミンとコリアンドだ。
アタッシュケースに詰められた札束を見せびらかすように口々に言うが、
「テメーらまた来よったんかコラァ!」
それを遮るように威勢の良い声が響き、振り返った2人はサングラスの奥に驚愕を浮かべた。
「ンッゲェエ!?和泉アラタぁ〜!?」
...もっと見る「キッ、貴様ッ!引き籠もってたんじゃないのかぁ!?」
アラタが意気消沈した今ならチャンスーーそんな協力者ワイズの言葉に従い動いた筈だが、当の本人は以前見た時と何ら変わらぬ圧をまとって佇むではないか。
「ハッ、金持ちサマの道楽ってのはそんな庶民の感傷すら気に掛けちゃくれへんらしくてなぁ!せやけどぉ……!」
こんだけは覚えとけと力強く指を2人に突きつけ、アラタは続けた。
「お前らがナニ企むならどこで暴れようがボクはどんなメンタリティでも追い着いたるわ!」
どうにか辿り着いた先の光景ーー何やらしでかしていたのであろう2人の不審者目掛けて言い放つ彼の姿に3人は思わず息を呑む……
あらたん……、そんな姿に小さく笑いながら雛菜は息を吸う。
「あらたんっ!!」
「ん?雛菜ちゃんっ!!」
こちらに手を振る姿にアラタは少し驚きを見せるがすぐに微笑と手を振り返し、腕をブレザーで覆いながらクミン達から距離を取るなり近くの街灯を蹴るように駆け上がる。
「おいおいクミン。アイツお馬鹿さんだねぇ〜。私らに1人で掛かってくるつもりだよぉ?」
「しかもこの期に及んで黄色い声援ピャーピャー浴びて気合い入れてこうとは嘗めやがってぇ!だがヤツは所詮小市民!!俺達と違って地位もカネも「デリャァアッッ!!!」
なっ!?口々に得意気に吐き捨てるが、そのさなかに2人の足元目掛けて着弾を思わせる勢いで飛び込んできたアラタがブレザーに覆われた拳を叩きつけると、小規模ながらドーム状の爆風が巻き起こり、
「結ぇ〜っ局こぉ〜なるのぉ〜!?」
「クソォッ、俺達は諦めんからなぁ〜!?」
爆発の勢いで投げ出された2つの無様な声が遥か彼方へと風に掻き消されるように遠のいていった……
ふぅ……一息つきながら、腕からブレザーを解いて肩に掛けた彼は肩の力を抜くと共に先程河原で見かけたのと同じどこか憂鬱な面持ちに戻るとフラついた足取りでもと来た道を引き返していく。
「あらたん……」
「ありがとなっ。」
歩み寄ろうとする雛菜に、その肩を軽く叩いてからアラタは歩き去っていった……
「ほら、新垣さん。」
「行かなくて良いの?」
由紀恵とりさが急かすように問う。
しかし……
「うーん、わかんないや……」
思わず胸元で手を握りしめながら雛菜は答えた。
あんなあらたん、初めて見たから……
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「どうすれば良いんだろ……」
「まぁーたため息ついてら。」
昼休み、保健室で昼食を共にしていたしろかが雛菜の姿に苦笑する。
「なんかわかんなくなってきちゃったんだよねぇ。私があらたんの為にできることってなんなんだろっ……」
「オイオイ冗談はよせよ。あんなの甲斐甲斐しく付き添ってられるだけキミは立派だー。」
讃えるように自分へ向けて扇子を扇ぐ姿に小さな笑みがこぼれるがしかし、雛菜の表情は曇ったままだ。
「やっぱり、それで良いのかなって思っちゃってさ……ほら、私鞠香ちゃんみたいな適確な手当ができる訳でもないし、陽歌ちゃんみたいに人を……ていうかあらたんかな、心から楽しませるようなスキルも無いし……あいつがお洒落好きならまた違ったのかもしれないけどねぇ。」
まったく、またため息だ。
しろかはやれやれと首を振る。
まぁ人を支える者にも明確に力に成れているという拠所が必要ということなのだろうか。
況してや村雨笹露の件は結局ああなるしかなかったのだ。
領也同様にアラタの支援者という立場上、件を把握しているしろかにとって彼や眼の前の少女の振る舞いには思わず辟易としてしまう。
「気にしすぎなんだよなぁ。あんな堕落したアホの食生活改善させたんだから大したもんだってばー。それでも不満ならどっか出掛けたりキスしたりホテl「しろかちゃんっ!!」
タチの悪い冗談につい声を荒げてしまい、当のしろかはケラケラと笑い転げるがしかし、
「うーん……悩んだって仕方ないかぁ〜」
しろかの言葉に返しながら、雛菜はふと掌を見つめ出した。
なんだ?見てみれば微かに震えているが、やがて固唾を呑み、吹っ切るように握り締めると雛菜は力強く顔を上げる。
「ねぇ、しろかちゃん!私に"闘い"を教えて欲しいの、お願いっ!」
ん?えーっと……??
「あ、あぁ〜、護身術ってヤツな?まぁ確かに超越不審者共をブチのめしてる『仮面の男』のオンナって箔が付きゃ狙われやすくも「違うのっ!」
どうにか取り繕おうと宥め半分に自己解釈するが雛菜は強気に遮るではないか。
「そ、そうじゃなくて、ほらっ、あらたんと並べるくらいの、さぁ……」
勢いで切り出した割に尻込みした口調、一応自分が何を言っているのかは理解しているようだ。
しかし良くないなぁー……ヘラついた口元は鳴りを潜め、普段より切れ味を含んだ眼差しで雛菜を睨む彼女は無言で立ち上がる。
?突然の所作に雛菜が首を傾げる……が、
ッ!!
突如けたたましい音と衝撃が響き、反射的に雛菜は身を竦ませた。
「し、しろか、ちゃん……!?」
恐る恐る目を向ければ音の正体は勢いよく倒れた椅子、そしてその元凶は冷徹な面持ちで足を振り上げたままのしろかーー彼女が蹴倒したのだ。
・・・やがて何事も無かったように椅子に座り直した彼女はあっけらかんとして口を開く。
「びびった?」
へ…!?いつも通りのやる気のなさそうな笑顔で問う姿に思わず慌てて頷くと、しろかは続けた。
「ちったぁ解ってやれよー。今のでそんな情けねぇツラしてちゃ戦力としてアイツを支えるなんざ無理に決まってるつ~の。そもそも、ホントに強くなりたいヤツは私に相談せんだろ、それこそハンター試験受けるとかさぁ。」
「・・・」
「それに、なんでアラタが最後に襲い掛かった村雨笹露をぶん殴ったか解るか?」
へ!?唐突な質問に一瞬たじろぐ。
「それは、だって自分の方に来たからじゃ……?」
違う違う、思わず荒いため息交じりに首を振ってしろかは応える。
「あの状態ならアラタは避けられた、そもそも嶺堂君に負けた時点でアイツは限界だったんだよ。」
「え……?」
「でも、だからこそ、だよ。アラタも村雨も、嶺堂君がトドメを刺したなんて彼や瀬莉さんに思って欲しくなかった。そんなことも読み取れなきゃアイツと一緒にゃ戦っていけんのさ。」
「ご、ゴメン……」
覚悟が足りねぇと言わんばかりながらもどこか寂しげに笑う姿に雛菜も気まずく短慮を詫びる。
「第一闘いってのはなぁ、今の椅子が直撃したって足らんくらいに痛てぇもんだ。そんなとこにキミが行くのはアイツが一番望んじゃいないって、雛菜さん自身が一番解ってんじゃないの〜?」
「っ!!」
それはそうだ、アラタの性格ならきっと……彼の姿を自分は軽く考えすぎていたようだ。
一層気分が沈みかけると、不意に頭を優しい感触が覆う。
「ごめんなー、私には誰かさんみたいに優しく諭すってのはできそうもない。でも、そんであんたが大変な目に遭ってみろ、ソレこそアイツ泣くぜ?」
「うん……そうだね。」
ムキになったことへの自省なのだろうか、頭を撫でるしろかに雛菜も尤もだと頷く……と、不意にドアを開ける音が響いた。
「しろかちゃん、今スゴい音聞こえたけど何!?」
「あっ、鞠香ちゃん。あのね……!」
「いっやーごめんごめん。ちょっと箸拾おうとしたら椅子倒れちゃ「し ろ か ちゃ ん ?」
雛菜を遮り頭を掻いて笑うしろかだが、次の瞬間には蒼白としながら滝のような汗を全身に滲ませていた。
「ピェ……ゴメンナチャイ……」
「ま、待って!私が失言しちゃったから…!」
「そうか、お姉さんと…。良かったじゃないか。」
すごい偶然もあるものだな。
手芸部室、小瑠璃は隆と瀬莉の話に感心とも呆れともつかない言葉を返した。
「それと、『直接謝るのが道理だと思うが無理に会えば怖がらせるだろうしこちらも合わせる顔が無い』と、代わりに謝って欲しいと……」
「あっはは。全くぅ、何を言っているのだそんなことくらい。」
あっけらかんと笑う小瑠璃に、隆と瀬莉は少し驚いた顔を見せる。
「時谷殿、それだけ、ですか……?」
ん?やや不思議そうな隆の言葉に小瑠璃も逆に首を傾げた。
「そりゃまぁあの時は流石に驚いたさ。だが、滅入ってる時はストレスだって溜まりやすいし気が動転するくらいあるだろう。」
はぁ……常人からすれば不条理な狂気を非難するでもなく怯えるでもなく、彼女は当然のように返す。
...もっと見る「申し訳ございませんでしたと、私からも言わせて頂きます!」
よせよせと制されながらも深々と頭を下げる隆の姿を瀬莉は複雑そうに眺める。
ーー結局小瑠璃に降り掛かった騒動は隆や駆け付けたアラタがその場であっさり治めた。
その際に騒ぎを眺めていた群衆の一人ーー驚きの声を上げた女性こそが偶然にも捜索の件を聞きつけ聖櫻を訪れていた笹露の姉・しぐれだったのだ。
問題は解決したが、行方不明の間に父が危篤に伏していたと聞きしぐれの家へ直行しようとまとまったらしい。
流石に挨拶だけでもと隆達も引き止めたが、既に小瑠璃に迷惑を掛け、加えて市民の前で醜態を晒してしまったこともあり長居はしていられないと気まずそうに訴える姿に彼らも折れ、住所は後に教えるという口約束と共に別れた…
小瑠璃や隆の両親のような彼と懇意にしていた人々には概ねそのような経緯で話を通した。
何かと奇想天外な事件が起こる街とは言え、流石に仲良くなった者が先人だったなどと伝えるのは酷だろう。
そういう意味でも、隆の謝罪はあながち間違ってはいないのだ。
現に心苦しい。
「全く水臭い奴だな、君達にすら居場所を教えてくれないだなんて……」
やれやれと笑う姿に二人も思わず笑う。
「では、お瀬莉殿。私達はこれで…」
「そうですね。失礼いたします……」
二人、気さくに手を振って返す小瑠璃に頭を下げて部室を後にした。
漸く一段落着いて伝えることができた……となればもう一件用事がある。
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「本当に良いのですか?」
神社の一角、梅雨を象徴する雨天は久々に収まり、晴れ空の中、宮司は二人に聞く。
彼らの姿を見た時は少し苦味を含む笑顔を見せたが、元気そうな様子を見るうちに穏やかな笑みを取り戻したようだ。
「ええ。いつまでも私が縛り付けるべきでもありません。それに……しぐれ殿としてはこちらの方が馴染み深いと思いますからね。」
笑顔と共に隆が返す。
村雨姉弟の御守たる巾着は暫く隆の部屋に置いていた。
名残惜しさは勿論だが、それ以上に太古の産物とは言えもう少し綺麗にしておきたいという思い故だ。
そして今日、やっと……少なくともしぐれにとっては家も同然だった場所へと帰すことができた。
姉と一つ処なら笹露も勿論不満は無いだろう。
納得したらしく頷いた宮司は蔵を開け、しぐれの御守を持ち出してから空いていたスペースにその2つを置いた。
あの後徹底的に掃除をしたらしく、奉納物も内装も見違えるように綺麗になっているあたり、宮司も口では言いながらも巾着が戻ってくることは予見していたようだ。
ありがとうございました、用事を一頻り済ませ頭を下げる隆と瀬莉に宮司も返し、階段を降りていく姿を見送った。
さてと、"彼"は大丈夫だろうか……隆は当時の自分と劣らぬくらいの消沈を見せた少年に思いを馳せる……
『靄と晴れ間』
「新垣さん、大丈夫?」
へ!?我に返るとともに思わず大きな声を上げながらうつむき気味の顔を上げる。
目を向けた先には、偶然委員会が終わったところを居合わせ共に下校中の由紀恵とりさだ。
「あぁ、ごめんごめんっ。ちょっと考え事を、ね……」
あははと苦笑する姿に由紀恵は思わずため息を吐く。
「アラタ君どころか、なんだか貴女も根深そうね。」
その名にふと反応する。
村雨笹露を巡る一件からアラタは随分と気落ちしてしまった。
馬鹿デカい声を張り上げながらそこかしこを駆けずり回るでもなく、この数日は誰と話す時も始終落ち着いたテンションだ。
由紀恵の談によれば、日頃手を焼いている担任の陽子ですら解脱を思わせる彼の所作には面食らっているらしく、本来火種を無くした姿を喜ぶべき由紀恵自身ですら複雑そうに状況を話してくれた。
事件翌日は由紀恵にも聞かれたものだ。
何でも彼女はアラタが悩んでいる様を見かけ事情はわからないながら相談に乗ったらしい。
まぁ解決はしたし彼なりに答は出せたという話はしておいた。
そう言えばとりさも思い出しながら切り出した。
「B組の嶺堂君と川上さんも…というより、嶺堂君も見違える程大人しくなってたわね。最近漸く調子を取り戻してきたみたいだけど。」
確かに、隣まで響くほどの声量を伴う挨拶はこの数日聞かなくなったし、瀬莉も彼の心境を測っての気遣いが顕著に見える。無論、隆も彼女には心配を掛けまいと振る舞っているようだが。
「まぁ私も、あらたんの気持ち考えるとちょっと……ね。」
この一件で最も関係している隆達が既に切り替えていっているがアラタはまだ大きく前進と見られる様子は無い。
恐らくは『解決する者』としての在り方に思うところがあるのだろう。
あら?土手まで差し掛かった時、不意にりさが声を上げ指をさす。
「噂をすれば……」
つられて向けた目線の先……アラタだ。
膝を抱えて座り込み、虚空を見据えているようだ。
・・・
否、微妙に違う。
彼は何かを眺めているようだ。
よくよく目を凝らすとその先には……
『 蝿 』 だ。
右手に持った凧糸に蝿を括り、それが右往左往と飛び回る様子をひたすら虚ろな目で追っているようだった。
「あ、あらたん……?」
「うっっわ、重症ね。」
「えっ……?いつも通りじゃない?」
微妙な表情の雛菜の横でボソリと呟く由紀恵に対し、りさは不思議そうに返す。
でも、まぁいいかとりさは取り直しながら再び続けた。
「どうするの、新垣さん?」
うーん……声を掛けるべきかとも思ったが、恐らく今は完全にシャットアウトされているだろう。
「今はそっとしておいた方が良いかも。」
彼女の判断に納得し、3人で通り過ぎる……
と、それから数秒、不意に強風のような衝撃がよぎるではないか。
目を向ければ勢いよく土手から躍り出たのはアラタだ。
「あらたんっ……!?」
思わず驚きの声を上げるが、更なる衝撃に息を呑んだ。
彼自身はこちらにはそもそも気付いていないように目もくれず彼女たちの前に飛び出し市街地へ駆け抜けて行った……
が、雛菜が一瞬見た彼の眼差しはよく見知っている『有事の時の眼』そのものだった。
行ってみようと3人急ぎ足でその後を追った……
―――――――――――――――――――
さてと帰るか……
軽く振り返り、無様にボロボロなビルへもう一度目を向ける。
笹露との約束は果たせたし、いつまでもあんなしょうもない連中に構っていては時間の無駄だ。
どうせ彼の感謝すらあの愉快犯集団には知ったこっちゃないと響きもしないのだろう。
ならばこちらとて同じことだ、奴らが今後何を考えてどう動こうがブッ潰したろうやないか。
そんな事を考えながらアラタは市街地を抜け、学園への帰路を歩み進めていく……
「オイコラ、やっと見つけたぞテメェ……」
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ん?不意に耳に入った声に顔を上げ、辺りを見回すと一人の青年がズカズカと歩み寄ってくる……
が、途端にアラタは思わず表情を引き攣らせた。
初対面にして眉間を寄せ上げた目元は既にサングラス越しながらアラタに対する侮蔑や憎悪を色濃く灯らせているではないか。
「なっ、なんやアンタ!?」
「何だじゃねぇよなぁ?ナニしたか解んねぇのかァ!?」
染めた髪や袖口から覗く腕ーー刺青と見て間違い無かろう模様が圧をより引き立てる男の下に歪めた口角から非難めいた言葉が飛び出してくる。
なんだと言うのだ、自分はロクデナシだがこんなイカニモな連中に目を付けられるような事をしでかした覚えは無い。
強いて上げるなら相手が超越不審者絡みの何かがあったかこんな見た目でも麻帆良関係者か……
そんな事を思い巡らせながらも、アラタは何やら引掛りを抱く。
見るからにヤンキーと言うかゴロツキと言うかの趣きある男だが、身につけているのは緑のキャップとライフジャケットに加えて手足に軍手とゴムブーツという徹底ぶりだ。
オマケに籠を背負い、腰にはビニールの束を提げている様に感じるのはどうにも似つかわしくないようなギャップ……
「ま、待ってくれやアンさん。ボクが何したってんよ!?ソレにアンタの格好なんやまるで……?」
ざけてんじゃねェクォラァ!!アラタが返すより早く足を鳴らすように一歩踏み出しながら籠から引き抜いた長い影を突き付けた。
「ヤマにゴミ捨てて注意した人殴りやがったのテメーだろうがクルァアッ!!」
・・・
え???思わずアラタは瞬きをする。
この顔立ちでヤマなどと言われると一瞬『シマ』の類語かと迷うが、こちらに向けているのはトングを長く引き伸ばしたようなモノーー所謂火箸だ。
加えて彼の服装やゴミ捨てという言葉からしてこの場合は何らの変哲も無い『山』の話で間違い無かろう。
いやいや、そんなことよりもだ!
「何を言うてんねん!ボクはポイ捨てなぞしとらんわっ!」
「ウソこいてんじゃねぇ!ちゃんとテメーの写真もブン殴られた痕も見せながら証言してくれた人がいんだよオルァ!!」
妙だ……そう考えていたアラタだがハッと感じ取る。
「(このにーちゃん、まさか…?)」
力強く震える拳を握りしめた男はそれを突き出しながら再び口を開く。
「聞こえねぇのかァ…?川や草木の泣く声がよォ…!」
彼の身体に黒い気配が滲み出すと、背負う籠から瓶缶の類が勢いよく飛び出し、彼の右腕周りにまとわるように集まるではないか。
「なっ、なんやぁ!?」
驚くアラタをよそに勢いよく掌を開くと同時に一瞬にして握り潰されたように形を歪め、男の肩から腕にかけて覆うように密集するではないか。
「だったら自然に代わってオレがテメェに痛みを教えてやらァ!!」
瞬く間にソレはさながら鎧のように腕に沿った形を成し、拳を握り締めた男がアラタ目掛けて地を蹴り飛び掛かった。
咄嗟に飛び退くと同時に男の拳が地を叩きつけ爆煙がひとつ巻き上がる。
「やっぱそっかぁ……!しかもアンタ、ボクがポイ捨てしたと思い込んでるってことは…!」
なぁ!?アラタが問いかけるより先に吠えるような語調で男は返す。
「自然を傷つけて、注意したオッサンまでブン殴って、何も感じねェのかァ!?」
間違いはなさそうやな、右半身を厳つい装甲に包んだ男の咆哮に確信めいた感触を得ると、しかしアラタは再び切り替える。
ともかくもここはどうするべきか…
YAKATAとの抗争でヒドく無茶をさせた木刀はもうしばらく休ませたい、ブレザーもこれを機に洗いに出したところだ、となれば……
「待ってろよォオッサン。オレが無念を晴らしてやる。だからテメェは……!」
再び拳を握り、こちらに踊り掛かる男の拳に何かが当たる硬い感触が襲う。
なんだと見れば少年が投げ放ったであろう何かが手元に還っていき、
「悪りぃな、アンタえぇ人っぽいしあんま一悶着したくないけど、落ち着いて貰わなあかんからな。」
手元に戻ったそれを受け止めながら諭すように投げ掛けるアラタ、面食らい勢いが落ちたがしかし気にせず突っ込み、先のように避けない彼に拳が打ち込まれた……
が、アラタは庇うように手を構え、ひとつ乾いた音が響く。
「なんだそりゃ!?」
ワンステップ下がりながら見ると、アラタの手元に驚きを浮かべた。
男の拳を防いだ手の甲、そこには何かーー全体は真っ黒で赤い三日月のような模様が片端にある円形の板状の物が嵌っていた。
『仮面の男』、アラタがそう素性を隠していた頃に用いていた面もまた、世界樹から採れた木で造られた代物だ。
それをさながら籠手のように嵌め、バンドに指を通した彼が改めて拳を握り締めた。
その態度にまた、男もワナワナと口元を歪めていく。
「テメェなぁ…この期に及んで逆ギレと抵抗かよ…!良い度胸ォしてんじゃねェかァ…!!上ォオ等ォだオルルァア!!!」
やはり拳に力を込め、叫ぶ男が勢いよく叩き込むとアラタも仮面を装着した拳を打ち返す。
ひとつ、砂塵とともに波紋のような衝撃が沸き起こった。
・・・
「今日もお疲れ様です。隆さんっ。」
「お瀬莉殿、わざわざ待っていてくれたのですね!ありがとうございますっ!」
昇降口で佇む少女の言葉に喜びを示し、暫し共に並び歩いていると、ふと、校門で3つの影を見つけた。
「なぁ、アレやべぇんじゃねえか?」
「一大事ですな。とは言えども何か引っかかりますよ…」
「そうだよ、和泉くんがそんなことをするわけ……」
眼鏡、糸目顔、癖毛……見覚えのある姿と彼らの口から出た名前に反応した隆は、
「あのっ!アラタ殿がどうかされたんですか?」
「あっ、嶺堂!どうしたもこうしたもねぇんだよ、今和泉のヤツがな…!」
すぐに駆け寄りながら話の輪に入っていった……
●『言伝〜何故その魂は肉体を得たのか〜』E N D
「ッ!?お前らっ……!」
「な、なんで…!?」
男達の拳が互いを叩き潰そうと駆け出す寸前、影が二人割って入り、まさに待ったをかけるように掌を突き出して佇む。
両者共に、見知った男女の介入に思わず足を止め、驚愕するしかなかった……
―――――――――――――――――――
どこからお話すべきですかね……
とりあえず、ワイズは指を立てて切り出した。
「賢い貴方ならばもうご明察のことと思いますので結論から言いますと……彼は言うなれば『疑似眼魔』と言ったところですね。」
ガンマ……当時笹露を巡った諸々や、彼が消滅する寸前に転がり落ちた義眼状の器具から留意していた事象が挙がり、やはりとアラタは頷いた。
ーー強大なる魔力『マギア』を巡った先月の抗争、コトの始まりはあの時でしたね。
確か学園にいらした方々は軒並み寝入ってしまい、貴方は弊社のお客様とカチ遭っていらしてたんでしたっけ?
貴方はそちらで手一杯だった一方で所謂『怪人』も聖櫻学園を訪れていたようなのですよ。
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「なんやと……!?」
おーっと、表情を険しく引き締めるアラタに手を翳しながらワイズは首を振る。
「慌てない慌てない。貴方の用が済んだ後そんなモノは見ていないでしょう?謎の戦士が片付けたそうですよ。」
知りませんけどっ、わざとらしくあっけらかんと締める語調と言い分に少し首を捻るがまぁ本題からは逸れた、アラタは続けるよう促した。
…で、何でしたっけ?
アそうそう、その謎の戦士が片付けた怪人の跡地からロウダーとアタッカにアレコレ残骸の回収をお願いしましてね、その中から使えそうな物を物色してたのですよ。
そして…、その中で私が目を付けたのが、ご存知『眼魔』から回収した『眼魂』です。
待てや、この男はまたしても話を遮る。
「ブッ倒した眼魔なら眼魂かて回収できても壊れとる筈やろ?」
「んー……ソレは流石に秘密です。我々にはカジツがございます。その力を使って擬似的に修復複製くらいなら、ね?」
言い含めるようにウィンクを投げ掛けるとまたしても彼は立ち上がりそうな勢いでワイズを睨みつけた。
とりあえず、そのチカラによって眼魂を疑似修復した途端、私『感じる』ようになったのですよ。
あちらこちらから漂う思念めいた感覚がね……
あっ、ダラダラ説明してると忘れそうなので先に補足しますとウォリヤに連れて行かせた『青竜刀眼魔』はこの修復した眼魂から生み出したモノで、村雨笹露の眼魂はソレを再現したモノですよ。
そうして様々な思念ーー魂というべきなのでしょうか、その類を感じ、それぞれの抱く感情を読み取る中で、ひときわ強い『想い』を感じたのです。
「……それが、笹露っちゅうことか?」
えぇ、彼の念は怨霊悪霊のような邪なモノでこそ無かった。
ですが、他の魂とは明らかに一線を画する妄執めいた感情をヒシヒシと感じたのです。
コレは面白い、その時の私は強い好奇心に駆られましたよ。
元より我らYAKATAカンパニーは人の抱く強い感情に寄り添う為カジツの力を授けているのは御存知の通りでしょう?
だからその魂をーー村雨笹露を擬似眼魂に入れさせたのです。
あとは見て頂いた通り、ソレを産まれたての自我の弱いトルーパーに埋め込んだ結果、眼魔とはならず記憶も不安定ではあったものの恐らく村雨笹露の最盛期……をベースに彼自身の理想も入り混じっているのであろう姿を取れた訳ですね。
「まぁ、元より邪念があったわけでは無いと言えまさか貴方がたと親睦を深めるなどとは思ってもいませんでしたがね……まぁ、村雨笹露はそのように生まれたという、それだけの話ですよ。」
耳を傾けるアラタを尻目に悠々とハーブティーを啜りながらワイズは締める。
そうかよ……ワイズに返してから数秒、沈黙から再びアラタは口を開く。
「でもよ、それならそれでなんで唆して暴れさせるようなことしよったんや?」
「……ッフフ!!」
間を置くでもなく投げ掛けられた問いにワイズがフき出す。
随分と不思議なことを仰る、我々がどのような者なのか知らないわけでは無いだろう。
それもそうだ、アラタも気に食わないが奴のそんな感情は読み取れた。
「そりゃまぁ我々YAKATAカンパニーと致しましてはカジツを授けた手前、心ゆくまでその力を発揮して頂かなくては何にもなりませんからね。変です?」
如何とも腹立たしい奴だ。
笹露、お前は本当にこんなヤツにその言葉を送りたいんか……?
彼の願いを頭に呼び返しながら思わずそんな感情が過る。
しかし約束は約束だ、友に託された言葉をしっかりと届けねばならない。
一息ついてからこちらのリアクションを興味深そうに待つワイズに意を決して口を開いた。
「その笹露からテメーらみてぇなゲスヤロウにありがたいお言葉があるってぇからよ、その為にも来てやったんよ。」
「はぁー、物好きもいらっしゃる。」
ダンッ!けたたましい音と共にデスクが一瞬跳ね上がる。
目を追えば反射で飛び出たのであろうアラタの膝先と一層の嫌悪に染め上がった双眸……
「黙って聴けや。」
敵陣の真っ只中で拘束状態だと言うのに……呆れ交じりに笑いを抑える反面、しかしワイズは油断する気も無かった。
この男は言伝とやらの為だけにここへ来たことを表明し、努めて成すがままに振る舞うことであくまでも衝突をするつもりは無い。
かと言って有事には何らかの手を打てるだけのタマだとも先日や今までの動向を探る中で学んでいることだ。
加えて和泉アラタには駆け付けてくれる者が数多いる。
況してやその中には例のマギア云々やハンターもいるし怪人を鎮めた戦士とて無関係ではなかろう、こちらも迂闊に手を出せば何を仕出かすか判ったものではない。
「失礼いたしました。」
ニッコリ、わざとらしく微笑んでからワンクッション置くなりどうぞと手を差し向けて促す。
こんな事をすれば和らぐどころか逆撫でるだろうがまぁ良いだろう。
チッ……わかりやすく舌打ちを漏らしたアラタは首を振り、
ーーありがとう……なぁアラタ。最期に言伝を頼まれてくれないか?ーー
笹露の言葉を思い返してから意を決して息を吸う。
『そなた達が何者なのかはついぞ判らなかった。しかし、たとえハナフダやそなた達が企み有って僕を利用したのだとしても、この力があったからこそようやく姉さんと再会できた上にその過程で隆や川上殿、アラタと言った掛け替えの無い友と最期に巡り会うことが出来た。ありがとう……』
・・・
暫しの沈黙の後、バツ悪く頭を掻きながら今一度ワイズを睨みつけたアラタが言葉を続けた。
「で、いつまでこんなアホみてぇなこと続けるつもりや?」
いつまで?唐突な問い掛けに首を捻る。
どうも笹露の言い分に免じて情に流されているらしい。
「愚問ですねぇ。チカラを求める方がいれば我々はいつでもカジツを授けます。ソレが我々の役割です故。」
愉しむようにアラタの反応を窺う。
いよいよ交渉決裂だと言って暴れるだろうか。
「そうかよ、勝手にせぇ。」
存外、拍子抜けするほどあっさりと言い放ったアラタは立ち上がる。
「おやおや。私供を野放しにしてしまわれて良いのです?」
「泳がせといた方が絶対言わんようなことも掴めるかもしれんからや。ソレに今暴れてウォリヤ達も来たら流石に分が悪りぃしな。」
「その気になれば我々をいつでも潰せると言わんばかりですねぇまったく。まっ、私も今はなんだか特別に気分が良い。今すぐお帰り頂ければ咎める気もありませんよ。」
気分が良い?こんな奴なりにも笹露の言い分が響いたのだろうか、アラタはふとそんな事を考えるがとにかく用事は済んだのだ。
こんな忌わしい場所はさっさとオサラバするに越したことは無いと雑な所作で開けられたドアを潜り歩き去っていく。
後を追うトルーパーを見送ってからふとワイズはアラタの言伝を思い返す。
『ありがとう』ーーカジツをバラ撒く者としてあれ程純粋な感情で言われたのは初めてだ、どうにも妙な調子になる。
「カジツもどのような形で効力を及ぼすか判らないモノですねぇ。まぁ……」
とは言えども所詮は一時の好奇心の戯れだ、不思議なこともあったと流して思い留めておくものでもあるまい。
アラタが去ったのを見計らってからワイズは引き出しから一つのメモリ端子を取り出す。
刺々しい外装の鉱石に覆われている上に、加えて目を引くのはボディ部のロゴだ。
ねじれた角に尖った顎と歯を見せ笑う鋭い目の悪魔の横顔を象るように大きく描かれた『S』の文字ーーそれを抽象的に簡略された動物らしい紋様が数個囲う、見るからに禍々しい雰囲気を漂わせているではないか。
「それよりもコレはいつ使うことになるやら……何れにせよ成果が楽しみです。」
端子を一瞥してからほくそ笑むワイズが眺めるモニターの先ーーアタッカが目の前の光景を見守っていた。
「頑張るねぇ〜あのおっさん。」
アタッカは笑い、縦横無尽に跳び回る影とソレに翻弄されながら吼える晶魔を見届ける。
刹那、晶魔の前に現れた影は腕に真黒な靄を収束させ勢い良く拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、晶魔の姿勢が崩れると、悠然と降り立った影は言い放つ。
「"白"と"黒"は灰塵に帰す。"闇"よ、応えてくれッ…!!」
両手に包帯を巻き、コートもブーツも黒ずくめな老齢の男は左目の眼帯に手を添えながら一息吸って口を開いた。
「俺がこの"チカラ"を究め、"約束されし漆黒"を授かりし時ッ!それこそが"黒の日"!!"闇"が、"世界"をォ……!"染 め る"ッッ!!! 」
「にっしし、流石に不釣合いな力だと思ったけど、案外バケるかもしんないねぇ〜」
ーーねぇ、ミカド?ーー
「……?どうしたノア。」
ーーここしばらく不安定だった気配のことは覚えてるわよね?ーー
「ああ、たしか眼魔だろ?オレの友達が対処したのとは別にいたって言う……」
ーーええ、それなんだけどこの数日でパタリと消えたみたいなの。また出てくるかと様子見はしていたけど、どうも完全に消失したようね……ーー
「っ……そっか……」
ーーミカド?随分と清々しい表情ね……ーー
「ああ、いや。なんとなくわかるんだ。きっと友達…アラタがどうにかしてくれたんだろうなってさ。」
――――――――――――――
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ったく……
少年は1人、目の前のビルを苦々しく睨みつけ舌打ちを漏らす。
村雨笹露事件の後、当事者である隆や瀬莉、アラタと雛菜の四人はどこかやるせない感情を抱いていたが、それぞれの道を辿って一先ずの答に行き着いた。
その中で領也の計らいによりアラタは雛菜を伴って自身の出身校である麻帆良学園の文化祭へと赴き、そこで彼を疎む勢力との邂逅を果たしてしまう。
そんな折、超越不審者を唆している集団に領也が掌握されてしまい一時はアラタも追い込まれるが、陰謀を見越した領也の機転もあり、彼らは黒幕である『YAKATAカンパニー』と、超越不審者の力の源である実・通称『カジツ』の実態を引き当てることに成功した。
それと引き換えというべきか、YAKATAの中核を成すウォリヤを始めとする強敵達『執行部』との全面衝突となって無事で済む筈も無く、アラタと領也は数日の療養を余儀無くされた。
アラタはふと、この目まぐるしい変遷も相俟って暫し意識から抜けていた笹露との『約束』を思い出す。
しかしソレを果たすとなれば……アラタは苦い感情とともに今一度、因縁の場へと足を運んだ……
「ったく、性懲りも無く復旧しやがって。」
こちらも痛手を負いこそしたが相手も大概激戦の果てに拠点のビルが半壊していた。
どうにか修復してはあるが、その面影はそこかしこに見て取れる。
やれやれ……怒りとも呆れともつかない感情をため息に乗せるとしかし、これもアイツの為だと踏ん切りをつけ、エントランスに足を踏み入れた。
ーーッ!!ーー
当然、望まぬ来客に奴らが良い顔をする筈も無く……
●『言伝〜何故その魂は肉体を得たのか〜』
YAKATAカンパニーオフィスルーム、カジツ摂取者の情報を整理していたワイズはふと通信に気付く。
「おや、面会ですか。相手は……」
あっらあらあら、わざとらしくため息混じりに言葉を漏らしながら許可のサインを出しロックを解く。
「あれだけの目に遭わされてものこのこいらっしゃるだなんて、気でもフレましたか?」
うるせぇよ……トルーパーに両脇を取られ、手首を蔦に封じられた人間ーー和泉アラタは苦々しく吐き捨てながら乱暴に適当な椅子へ腰を下ろし脚を組む。
それにしても妙だ、この危険因子はその気になればトルーパー如きなぞ一息に叩き潰しすぐさま他の同胞達と先日の続きと言わんばかりに立て直したばかりの社内を滅茶苦茶にしかねない男の筈……
しかし今当のアラタを見てみればどうだ、ギラギラと嫌悪を隠す気も無く睨みつけこそすれども手に絡みつく蔦をすんなりと受け入れ、ここまでトルーパーに大人しく先導されながらやってきた。
当然、彼の来訪に関して執行部からアラート通信も入っていない。
どうにも見当はつかないが単純な敵意とは非なるものを抱えているのは確かだ。
アレ程の仕打ちを受けた相手にここまで退いた態度をとれるのだ、何はともあれ……
「ご用件をどうぞ?」
お話くらいは聞きましょうかね、わざとらしく煽るような語調で促す様にアラタは今一度苦々しく一瞥してから口を開いた。
「忘れたとは言わせんぞ、『村雨笹露』のことや。」
ムラサメ、ノ、ササツユ……?ポクポクと音が聞こえてきそうな趣きで蟀谷を叩くワイズにアラタは思わずギリギリと拳を握り締める……
どうにも一発咬まさねば収まらない感情だがこれも友の為だ、どうにか抑え込んで待っていると不意に奴は手を叩く。
「あぁ、あの若侍……になりたかった『魂』ですね。彼が何だと言うのです?」
「アイツは……結局『何者』だったんや……?」
アナタねぇ……詰め寄るアラタにやれやれと首を振りながらワイズは一息吐いて言葉を続ける。
「機密情報とか社外秘とかってご存知ですかねぇ?」
「な〜にが社外秘やねんこの詐欺師供。」
「まぁ〜良いでしょう。どうせもう終わったことですしぃ〜……わざわざその為にお越し頂いたお駄賃とでも思ってください……」
堪えろ自分、笹露の言伝をコイツにしてやるだけなら簡単であり、あくまでもこの話題は自分が勝手に知りたいだけのオマケなのだ。
そう言い聞かせながら横柄なワイズに口元を噛み殺しアラタはワイズに話を再び促した……
「はぇ~、そんな事があったんだな…」
「すまねぇ!ほんっとに悪かった!!」
「いや、わかってくれたならエエて。土下座とかもせんでもろて。」
どこか驚いたような反応の楓太をヨソに、地に這いつくばるようにして頭を下げる姿を困惑まじりでアラタが制すると男ーー剛太は立ち上がった。
それに、アラタは表情を引き締めると彼に今一度顔を向ける。
「なんとなくわかる。アンタも唆されたクチやろ?なんか覚えてたら教えてくれへん?」
あ、あぁ……剛太は気まずそうに口を開く。
ーーどうも淳や泉と別れた後に、彼は一人の人物から声をかけられたらしい。
「アナータのシゼンをラブするココロ、ベリーグレイトデェスねぃ。」
奇妙な語調で言い寄ってきた人物は初老のアメリカ人らしき男性だ。
...もっと見る「んあ?オッサンどうしたんだその顔!?」
その頬にはガーゼが貼られていた為、思わず聞いたところ、男はさも悲痛に応える。
どうやら彼も自然を愛する者として不法なゴミ捨てを取り締まっていたが、その中で一人の少年にもポイ捨てを注意をしたところ、逆ギレと共に殴られたというではないか。
その言葉を耳にした途端、剛太は湧き上がるような怒りを抱き、男に話を聞くとアラタの名前と顔写真を見せられ、彼が犯人だと吹き込まれた途端、剛太の脳内は事実関係を調べるよりも先にアラタへの怒りで埋め尽くされたと言うのだ。
そして、その後に剛太は件の力を発現させたというのだが…
「確かそん時にオッサンからなんかもらったんだよなぁ…なんだったかな、果物か?わり、よく思い出せねぇ…」
「おぅ、そっか…」
チッ、またか。アラタは苦々しく内心吐き捨てる。
やはり笹露に甘言を垂れ流したという外国人の男ーープレジデントだかと見て間違いないだろう。
何はともあれ剛太との確執も解けた。
「じゃ、色々迷惑かけたけどもう行くな。環境マナー、絶対ェ忘れんじゃねぇぞ!ゴミ拾いしたくなったら環境ボランティア、絶賛募集中だぜぇ!!」
上機嫌に笑いながら立ち去る姿に一同が手を振り見送ると、やがて楓太は言う。
「そーだ、和泉たちもこれからオレらと串間んち行かねぇ?スモアやろうと思ってさ!」
すもあ?その言葉にアラタも隆も瀬莉も首を傾げる。
「マシュマロをビスケットに挟んで焼くの、すっごい美味しいんだよ〜。淳先輩が教えてくれたんだ。」
上機嫌に応えるのは泉だ。
「ほら、あの時アラタ氏はおりませんでしたし。」
「折角だから嶺堂くんと川上さんもどうかな?」
口々に言う大一と介斗。
しかし、隆と瀬莉は残念そうに頭を下げる。
「御免、皆さん!私はこの後稽古がありまして…!」
「私も、父のお客様とのお付き合いがありますので。すみません…」
そっか、残念そうに眉を下げる一同にアラタが加わる。
「雛菜ちゃんは奈央と買い物言うとったな…まぁボクも暇やしなんや今日はクソ某社に顔出して疲れたし、ご一緒させてもらおっかな。」
「ダハハ、やっ↑たぜ」
上機嫌に笑う楓太を筆頭に六人連れ立って歩き出した。
それはそれとして、ふとアラタは先程の淳たちの話を思い起こす。
「山かぁ……おし、アリ、やな。」
「どうしたアラタ?」
「あいや、ちょいとな…」
●『環境暴乱呈阿
〜投棄には鉄拳の清掃を〜』 END
『新着メッセージがあります。』
和泉アラタ『雛菜ちゃ〜ん、今度の土曜、りゅーくんと瀬莉さんと桜岳行かへん?』
※ ※ ※ ※
「シャーッ!キャンプ、キタァーッ!」
時はゴールデンウィーク、晴れ空に照らされた桜岳の川辺で楓太が両手を振り上げて叫ぶ。
「いやはや…ジブンが言うのもなんですが、行楽日和ですな。何気に我々にアラタ氏がいないのはかなり久しぶりな気がしますなぁ。」
「渋木くん、言ってもまだ会ってから一ヶ月前後くらいだけどね…」
「ま、アラタの奴も予定があるみたいだしな。久し振りにはこのメンツでも良いんじゃないか?」
大一の雑感に介斗が応え、淳が笑いながら口を挟む。
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「オイオイ串間ぁ、オマエがそれ言うかぁ?」
「んだよ槌野。こいつは去年から付き合ってくれてんだろうよ。」
けらけらと笑う楓太が彼の隣に立つ少女に目を向けると淳も負けじと呆れたように返す。
そんな様をくすくすと笑いながら泉もまた口を開いた。
「いやー、ほんとに私まで呼んでくれてありがとっ!」
当たり前だろ、わさわさと淳に頭を撫で回されながら明るく笑顔を向ける彼女はバッグから袋を取り出す。
「お礼とも違うけどマシュマロいっぱい買ってきたよ〜!」
「うぉ、まじで!?さんきゅー島田チャン、実は串間のヤツがおもしれぇレシピを「オイ」っでぇ…!?」
嬉しそうに笑った楓太が何やら口を滑らせるより先にその脛を踵で小突き蹲らせる。
「余計なことは言わんで良い…!」
「んっだよ串間ったらン、ませやがっちゃってぇ〜」
再びあっけらかんと笑う楓太の頭を問答無用で抑え込む淳、その姿にきょとんと泉は首を傾げる。
「まぁまぁ、串間くんも落ち着いて…」
「あぁ、すまん曽良。」
「さて、しかしまだ昼には早いですし…どうします?」
宥めるよに歩み寄ってきた介斗と大一がとりなすと、そうだなと唸る楓太は暫しの沈黙の後、指を高々と挙げて言い放つ。
「ヨシ。とりあえず各自、自由行動ってコトで!」
・・・
楓太は何を血迷ったか大一を引き連れて昆虫採集(※まだ初夏です)、介斗は木陰でせせらぎを感じながら読書に没頭。
そして淳は泉を引き連れて川辺を歩いていた……
「って!この流れで本当にみんなバラバラになるの!?せっかくキャンプ来たのに!?」
「あ〜…槌野のヤツがみんなで遊ぶのは午後からで良いだろつっててな。」
そ、そういうものなの…?泉が少し不思議そうな顔を見せるがすぐに大きく息を吸う。
「それにしても良いお天気だねぇ。改めて私まで誘ってくれてありがと、淳先輩!」
「当然だろって。アイツらも気を遣わないでくれるのはありがたいつってるから遠慮するなよ。」
「えへへ、ありがと〜」
ポンと淳が泉の頭に手を置きながら笑い合うと、不意に爪先で乾いた金属音がカラカラと響く。
…?目を足元に向ければ転がるのは空き缶だ。
やれやれ、呆れながら淳が屈み手に取ろうとした時、不意に別の地点に目が向く。
やはりそこにもチラホラと転がる缶や瓶…
更に目を向けるとバイクも2,3台あるではないか。
「ちょっともぅ、ひっどーい。何これ〜!……あっ!」
「ったく、しょーがねぇな。後で隙見て回収しとくか……」
怒り交じりに呆れる泉の脇で淳もやれやれと頭を掻きながら小さくまとめるも、隣にいたはずの泉の姿が無い。
改めて見回すと、バイクにはゴテゴテと如何にもな装飾がされている。
まさか…?冷たい汗を感じながら思案していると…
「ちょっと、何してるんですか!?」
ヤベェ!聞き馴染んだ声を聞くと、案の定と考える前に駆け出し、声の方向へ向かう。
見れば泉がやはり数人の影ーーこれからバイクの元へ戻ろうとしたのであろう大学生くらいの男達に声を荒らげるではないか。
派手に染めた髪や口元に留めたピアスなど、見るからにガラの悪そうな連中だ。
彼らの足元には先ほど同様に缶や瓶、パンパンにあれこれと詰められて縛られたような買物袋が無造作に転がっているではないか。
「んあ?何よお嬢ちゃ〜ん。」
「水に溶け出して〜とかならわかるけど川には落ちてないから大目に見たってよねぇ。」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!こんなことしたらみっともないとか思わないんですか…?」
泉も語気を強めるが男たちは我関せずに笑いながら、彼女の姿を評するように見つめる。
「つか可愛いね、オレらと遊ばん?」
な!?突然の物言いに泉も思わず後退る。
「は、話を逸らさないで!それに、こんなにゴミを散らかすような人なんて「あ〜、ちょっとすんませんね。」って、先輩!?」
彼女を遮り、背に回すように淳が佇むと、努めて温和な表情を浮かべながら佇む。
オス付きかよ、対照的に顔を顰める男たちにしかし淳も臆さずに口を開く。
「いや〜、あんま説教とかしたくないんすけどね。やっぱ自分の始末は自分で付けない、と怒られ、ますよ…?」
なんだよ、やはり男達が笑い飛ばす。
汗ばむ手で泉を後ろに抑え、相手の挙動を窺うが思いの外気を荒立てる素振りは無い。
不幸中の幸いながらも嘗められているのは間違いなさそうだ。
「彼氏クンひょろひょろじゃんね。」
「そんなんで彼女チャン安心なのぉ?」
「あ、何も知らない癖して貴方達には関係ありません!」
「ムキになってるのも可愛いねぇ。」
「ま、まぁまぁ。 俺の友達には喧嘩早い上に腕節もいい奴がいましてね?ソイツがこんなの知ったらただじゃ置かないと言うか……」
いつもは無駄に絡んできて鬱陶しくさえ感じるアラタだが、こういう時は素直に羨ましい。
そんなことを考えている脇でスンと静まり返った男達だが、畏怖などはなくすぐに大声で笑い出した。
「でもそれオマエじゃないんでしょ?」
「虎の威ってヤツかな、ワハハ!」
チッ…内心舌打ちをしたい気持ちを抑えながらも、しかしまぁ自分にもやりようがある。
拳を握り、滲む汗を拭いながら強気な表情を崩さないまま淳は顔を上げる。
「そ、そうじゃなくったって、アンタら条例ナンタラで通報したらマズくないんですかね?さっきバイクの番号も写真とメモで控えといたんすよ〜…」
・・・は?
大笑いをしていた集団がまたしても静まりかえる。
しかし先までの戯けた様相とは打って変わって冷め切ったような空気が張り詰めるではないか。
「泉、今のうちに槌野達に教えに行け…!」
「えぇ!?置いてくなんて…それより一緒にもう走って逃げようよ…!」
「アイツらまで目付けられるだろ…!」
あのさぁ……ボソボソと小声で言い合っていると、即座に男の一人が歩み寄ってくるではないか。
「彼氏クンさぁ、カッコいいのは良いけど足ブルッブルだよ?」
「高校生っしょ?やっぱあんま生意気だと俺達も出方選ばなきゃいけないっつうかさぁ…」
「べ!別に俺は良いけど件の友達にナンバー流出したら次はアンタらかもしれませんよ…?」
凄む姿にしかしもうヤケクソだ。
バイクの情報を控えている限り自分が痛い目に遭おうとも勝機は見えていると、極限ながらも身構える……
と、
「こんなとこにゴミ!?誰の仕業だゴルルァ!!!」
落雷のようにけたたましい咆哮が響き、一同が一瞬にして竦み上がる。
しばしの沈黙の中、草木を掻き分ける音と共にズカズカ現した姿に一同は一層に強張った。
タトゥーの入った腕にサングラスーー目の前のチンピラなど比にもならない圧を纏った男ではないか。
それでいてその身にはキャップとライフジャケット、手足にゴムブーツと軍手を付けたどこかちぐはぐな印象を持つ人物だ。
キョロキョロ二組の男女が対峙する光景、その足元に散らばるゴミを見回すなり、サングラス越しにも突き刺さるような眼光を浮かべる強面の目元にメキメキと血管が浮かび、口角を歪めた。
「なぁオイ…?」
低くくぐもった声に一同の背筋が汗を伝う中、彼は気にせずに言葉を続ける。
「あっちにもこっちにもゴミが散らばってやがるが、誰が捨てた…?来た時よりも美しく…ガキでも知ってんぞ…」
・・・しばしの沈黙の後、すぐに声を上げたのは大学生の一人だ。
「あ、あー!今丁度俺らも頭抱えてましてね?このカップルチャン達ともや〜ねぇ〜って話してたんすよ、ねぇ〜?」
そうそうとヘラヘラ頷く仲間達、しかし淳と泉はその一同を呆れ返った視線で返す。
「ところで真新しい吸殻(シケモク)落ちてんぞ?オマエら何か知ってっか?」
「ンン?さ、さぁ〜…俺らもたまたま来ただけですし?」
その言葉に、不意に男が淳と泉のそばに数秒佇み、
「……?」「な、なんですか…?」
震える声で困惑しているとすぐに離れ、次に大学生達のそばに立ち、顔を寄せるとすぐに目元をピクリと顰めた。
「ケムリくせぇなオイ。数分前まで吸ってたみてぇににおいがすんなぁ…?」
強張った笑顔のまま、滝のような汗を流す姿に、一層眉根をつり上げ顔を近づけるではないか。
「テメェら、まさかオレに、嘘ついたんじゃねぇ〜よなぁ〜…?さんざっぱら楽しんどいて、ろくすっぽ掃除もしねぇのかぁ…!?」
あー!一人が白々しく大声を上げる。
「ぼ、ボクらそろそろ帰んないとね!」
「しっつれーしましたー!」
わらわらと蜘蛛の子のように散らばった男達はすぐに手当たり次第のゴミを拾い上げ、ドタドタ走り去っていく。
「何帰ろうとしてんだ、まだゴミあるし話終わってねぇぞ!?やっぱゴミ捨てたのオマエらかァ!つかアブねぇから川辺走んじゃねぇ!自然嘗めんな滑って転ぶぞ!?あとそっちもあったらちゃんと拾って持ち帰っとけよぉ!?全部のゴミ拾いまで帰らせねぇからなッ!」
一頻り捲し立ててからやれやれとため息をつく男の姿に暫し硬直していた泉と淳だが、すぐにまだ残っていた空き瓶を見つけて手を伸ばす。
「おいコラァ!」
えぇ!?突如の怒号に2人思わず飛び上がってしまったが、男はまたしても歩み寄り一層声を荒らげた。
「素手で落ちてるガラス瓶触んじゃねぇよ!割れてたらどうすんだ!そうじゃなくたってクチのとこなんざ万病の元だぞ!軍手とかトング、じゃなくて、えーと…ハサミ(※火挟み)はねぇのか?」
テキパキと慣れた所作で2人に諸々の用具と袋を渡し、暫し3人で周りの様子を確認する。
あーっと……淳がどこか気まずそうに口籠る。
「さっきは、助けてくれて、ありがとう、ございました……」
ピクリ、その言葉に男が手を止め、すぐに口を開いた。
「堅口 剛太(コワグチ ゴウタ)だ。オレぁよぉ、環境を汚すようなヤツが一番許せねぇんだ。ゴミは全部持ち帰る、そんなんジョーシキだろ?」
人は見掛けによらぬと言うが……2人で舌を巻いていると、不意に泉が言葉を繋げる。
「でも、なんで私達のことは疑わないでくれたんですか?」
頭を掻き、彼は再び言葉を返す。
「別に信じたとか疑うとかじゃねんだけどよ。向こうにあったバイクと人数が一致したからな。後はタバコも落ちてたらとりあえずはそれっぽい方からアタリ付けんのが先だろ?」
なるほど……2人でまたしても感心のような感情を抱いていると、やがて剛太もニッと笑う。
「オマエらこそありがとな。ちゃんと環境のこと考えてくれるヤツがいて安心したぜ。」
「そ、そりゃまぁ良い気持ちはしないしなぁ。」
「そうだよ、まったくヤになっちゃうよねぇ。」
実のところ環境云々まで深くは考えておらず単純なモラル的視点ではあるがそれを言うのも野暮だろう。
淳と泉のゴミ袋を回収した剛太はその肩を叩きながら景気良く笑う。
「協力感謝だ!オレも忙しいからもう行くぜ、じゃーな!」
笑みを浮かべながらその後ろ姿に手を降って見送り、暫くしてからスマホで時間を確認する。
「お、そろそろ飯の時間か。」
「そうだ、戻らないとね!」
※ ※ ※ ※
「せーんぱいっ、お待たせ!」
暫しいた自習室を後にし、昇降口で準備を整えていると、不意に溌剌とした声が響く。
自ら言うのもなんだとは思うが、彼女がこんな楽しげに声を掛ける相手は今一人しかないないであろう…
「おう、泉。俺も来たところだよ。」
「えっへへ。淳先輩は優しいなぁ〜」
笑い合う男女ーー淳と泉だが、暫く歩いていると不意に何やら耳馴染んだ声があれやこれやと言葉を交わす様が耳に入ってくるではないか。
「大バツです!何かの間違いですッ!」
「落ち着けって、そりゃオレらもわかってるからさ。」
「当然ですぞ、アラタ氏がそんなことをする筈も無い…」
...もっと見る「でも、あの人もなんだか本気で怒ってるみたいでデタラメとか適当には見えなかったよね……」
アイツら……様子を見ていた淳は首を傾げる泉をよそに歩み寄った。
「槌野、渋木、曽良。嶺堂までどうかしたか?」
「おぁ、串間、島田チャン。」「串間殿!」
彼の姿に振り返った友人達は詰め寄るように口々に応え出す。
「イヤ〜それがよ串間。今、和泉がヤンキー?チンピラ?なんかそんなのに絡まれててよ、しかもガチの殴り合いしてんだ。」
は、いつものことだろ?楓太の言い分に淳は首を捻るが、すぐに大一が割って入る。
「フータ氏、端折りすぎですぞ。そのチンピラが何やらよくわからないことを口走っていましてなぁ…やれ『川を汚すな』とか『自然の気持ち』だとか…」
それです!淳が思案をするより早く、間髪入れずに隆が声を荒らげるではないか。
「まるでアラタ殿が自然破壊をするかのような言い分!そんなモノあるはずがありません!言い掛かりも甚だしい!」
「隆さんっ!」「嶺堂くん、落ち着いて…」
瀬莉と介斗が弱々しく制する隆の覇気に気圧されながらも淳は引っ掛かりを抱く。
どうも妙だ。
チンピラらしき男が自然保護を謳う、アラタを襲う理由はともあれもしや……
「ねぇ、先輩!それってキャンプの…!」
不意に泉が声を上げると同時に、淳も先月の出来事を思い出し、顔を上げて彼女と向き合う。
「あぁ、有り得るな…!槌野、アラタ達はどっちの方にいたんだ?」
「キャンプ?それってGWの時の…?」
「え?なんかあったのかよ串間。」
介斗と楓太は突如切り出す淳にたじろぎながらも、一同揃って先ほどの光景を目指し駆け出した……
●『環境暴乱呈阿
〜投棄には鉄拳の清掃を〜』
「ゴルルァ!!覚悟ォできてンだろなぁ!?」
ライフジャケットにゴムブーツ…妙な格好をしたチンピラのような男が仮面を籠手のように構えるアラタをヨソに高く拳を掲げ、搾り上げるような声を上げる。
「もっと、もっとだぁ…オレの目が黒いうちはァ…環境マナーってヤツを、教えてやんよォ!」
そう奴が吼えると、右肩から指先にかけて纏われた装甲に更に空瓶や空缶が背の籠から射出されては補強するように融合し、一層厳つい様相となっていくとともに胴回りにまで鎧のように侵食していく。
より図太く、より大振りになった拳を握りしめ、地を蹴ってアラタへの距離を詰めると腕を引き絞る。
轟く咆哮を前に、アラタは咄嗟に仮面を纏った腕を交差させて構えると強い衝撃が打ち据え、アラタの身体を地を擦る勢いで大きく揺らがせた。
この野郎!アラタも持ち直すとバネの反射のような勢いに乗せて拳を叩き込むと奴の剛腕も鈍く軋む音が響いた。
「テメェ調子こきやがってぇ…!綺麗な山!美しい川!ソレを汚すような奴ァ、絶対ぇ赦さねぇからなァ…!」
「ちょっと待ってってばぁ〜!話聞くから一旦落ち着いてくれへんかって!?」
アァ!?アラタの言い分に凄むようにまたしても声を荒げ、男は拳を握りしめながら吐き捨てるように返す。
「ンだコラ、川辺にゴミ捨てといて話すことなんざねぇだろが!テメェらみてぇのがいるから、環境がよォオ…!」
「だから!んなことしらんし、注意されたのに逆ギレなんてのもしとらん言うたやろ!」
拳を振るい迫る姿にアラタも手足で弾くように応戦し、ヤツをいなしていく。
どうにも堂々巡りだ。
それでいて向こうが聞く耳持たずで埒が明かない。
「自然の嘆きを思い知りやがれェ!爆砕のォ、ジャンククラッシャァアア!!!」
「クソッ、やりたくなかったけどしゃぁねぇか!」
構えた拳に赤熱を帯びると地を殴りつけ、強い衝撃がアラタ共々に爆風を引き起こす。
「やったか!?」
砂塵の舞う一帯を男が睨めつけるが、衝撃に叩きつけられながらも持ち堪えたのであろうアラタが籠手のように仮面を構えた拳を強く握りしめながら駆け寄るではないか。
想定外の接近に慌てて拳を持ち上げるが、今放った一撃だろうか、腕に若干の痛みを抱え反応が遅れると、懐を奪ったアラタが腹めがけて力いっぱいにその拳を叩きつける。
籠手代わりの仮面諸共に奴を覆う鎧はヒビが生じ、
「おりゃあ!!」
更にアラタが首を反り返らせてから勢いよく頭突きを見舞うことで粉砕し、ボロボロと崩れ落ちた。
テメェ…!素手となった男が即座にアラタの襟元を掴み上げると横面を殴りつけるが同じく素手のアラタも負けじとやはり同様に返すとその頬に強い衝撃を与える。
・・・
「それが答えか、なぁ?」
しばしの沈黙の後強く歯軋りを鳴らしながら表情を引きつらせた男は顔に浮かぶ青筋を隠そうともしないで苦々しく吐き捨てながらメンチを切るように顔を寄せながら吼えるように叫ぶ。
「マナーを守らねぇヤツぁ!絶ッッッ対!!赦さねェエ!!環境マナー、叩き込んだルルァ!!」
「ちょっ、待ってくれよ!」
「先輩も落ち着いて!」
突如響く声とともに、二人を離すように引っ張る力が生じると、互いの距離が空くではないか。
「あぁ!?って、お前ら!」
驚きの声を上げる男は淳や隆、楓太が宥めるように袖を引き、
「ジョー、泉ちゃん!?みんなも…!」
そういうアラタにはやはり宥めるように介斗、瀬莉、泉が寄り添うではないか。
そうしてその中から淳と泉がすぐに二人の間に割って入るように遮るではないか。
「オメェら…?」
二人の姿に、先まで鬼気立っていた男がどういうわけだか呆気にとられるではないか。
アラタ殿!勢いが緩んだ様を見届けた隆が即座にアラタに駆け寄り言葉を続ける。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あー、まぁいつものことやしな。ありがと……それはそうとどういうこっちゃ…?」
アラタが疑問を呈するより先に楓太が口を開いた。
「なー串間、オレらもさっぱりわかんねぇよ。どゆこった?」
あ、あぁ……男と共に複雑そうな表情を浮かべる淳が口を開いた……