境界を破り侵食する魔性達。
七匹の魔性を引き連れる少年は騒動に対応すべく、聖櫻学園へとやってきた……
自分の手掛けたマスコット系オリキャラを捜索に使いたいって思いと水木しげる氏リスペクトが悪魔合体して生まれた挙句、
約一年後に設定的にシナジーよさげなアトラスゲーにハマりこんで一層にネタの練度が上がっている趣味強めのシリーズです。
「『グリモワース・バランギスーー汝、在るべき門扉へと還り給え、"グシオン"』っ!!」
あ゛……?真一の言葉に不思議そうに見返す異形だが、すぐに奴を拘束するかのような光が絡み付いて行く。
「あ゛あ゛っ!?あ゛、あ゛あ゛あ゛ぁ゛……!!!」
もがくも虚しくその身体は地へと沈むかのように埋もれていき、眩い光が晴れると、紋陣と共に異形ーーグシオンは姿を消し去っていた……
・・・ふぅと一息つく真一、周りで歓声を上げる妙な生物達……
「フッハハハ、大義であったぞキサマらァ!!」
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と、不意に笑い声が響き、目を向けると悠然とした振る舞いで何やら影が宙より降り立つではないか。
その人物は腕を組み、大股に仁王立ちしながら今一度小さく笑う。
黒い全身に尖った爪先と尻尾、頭頂の角に強気な表情と、大まかな印象は典型的な悪魔そのものだが、頭上には黄金色の天輪が灯り、背からは刃のように鋭い白銀の翼を備えた、なんともチグハグな容姿の存在だ。
あと恐ろしく背が小さい、恐らく優輝の腰元くらいまでしか無かろうか。
「まだまだ無駄こそ多いが、以前よりは遥かにスムーズな対応ができるようになったと言えるなぁ、この我が褒めて遣わそうぞ!」
「黙れフェシル!テメェに言われることじゃねぇ!」
「そーよ、アンタ何もしてないじゃない!」
不服そうに声を荒らげたターサとヴィアにしかし、あしらうようにフェシルと呼ばれた彼は答える。
「そもそもこの我が出るような幕でもなかったろう、傍目に見ても十分キサマらで事足りるのが解っていたからこそ、松の木真一も判断したのだろぅ。」
「そーゆーハナシじゃねーわよ!」
「エラそーに言うなってんだゴルァ!!」
突如言い争う3人に呆気に取られているが、
「危ないところじゃったのぉ小娘。」
「わわっ、まだいる!?」
嗄れ声が後ろから響き、慌てて飛び退く。
…鳥だろうか?巨大な真鍮製の鍵を杖代わりに支える身体は黄色い羽毛に包まれ、頭には王冠、手とも翼ともつかぬ部位の指先?羽先?には指輪を幾つも嵌めた、随分と豪奢な装いだ。
奴はカラスのように大きな黒い嘴と顔に二対並ぶ四ツ目をニタリと緩めながらトボトボと歩み寄ってきた。
「ワシはこやつら6人やマツノキの謂わば保護者のような者、ソレに助けられたお主はワシに礼を果たさねばならんなぁ?」
「え、あっ、お礼、ですか?何をしたら……」
「うむうむ、そうさなぁ……とりあえずは「こらぁ!」痛いっ!」
顎をさすり、何やら提案をしようとした矢先に真一が怒鳴り、鳥の頭を分厚い書物で叩いた。
「何をしよるのじゃマツノキ!ワシは何らおかしなことは…!」
「それやめろつってるだろモマ!」
それよりも…カーカーと不満げに騒ぎ立てる鳥モドキーーモマを適当に流した彼は眼の前の女子に向き直る。
「えっと……花房さん大丈夫?怪我は無いかい?」
「まっ、マツノキさん…!」
優しい呼び掛けにハッと優輝は思い出す。
そうだ、眼の前で繰り広げられた出来事のインパクトで忘れていた。
この人達が来なかったら、私今頃……
ぐすっ……項垂れた彼女は口元を震わせた。
視界が段々とぼやけていく。
「あり、ありがとうございます、マツノキさん、皆さん……」
花房さん…真一は言葉を詰まらせる。
彼女の言いたいことは痛い程に伝わってくるし、どれほどの気持ちだったかも目に見えるようだ。
なんと言えば良いんだろう。
「ゴメン、もっと早くアイツを探し出せれば良かったんだけど……」
「い、イエ!決してそんな、貴方のせいではありませんっ!」
「っ…!」
真一の言葉に慌てて顔を上げる優輝、その儚げな表情に思わず彼はたじろぐ……
「ちょっとっ!」
「いて、ナニすんだよビィ!」
不意に手の甲に走る痛みーー見ればヴィアが尾のトゲを一刺ししてきたらしい。
「ったく、なぁーにデレデレしちゃって…!」
え!?思いがけない言い分に思わず一瞬言葉が出ない。
間違ってもそんなつもりは無かったハズだ。
「あれれぇ、ビィちゃんモヤモヤしてるぅ?」
「な!?うっせーわよデモス、そんなんじゃないっ!」
しかし、ニコニコと微笑みながら抱き着くデモスに今度は慌てた様子でヴィアが口答えをする。
そんな様子を横目にしかし、優輝はハンカチで涙を拭うと、今一度真一を見る。
先程迫った恐怖に颯爽と駆けつけた真一の振る舞い、そしてゆるキャラだかマスコットだかわからない七人?の生物……
「あの、マツノキさん!」
「んっ?」
えと、その……
「貴方は、それに、この子達は一体……?」
優輝は改めて疑問に口を開いた。
ーー松の木 真一は麻帆良学園からやってきた短期転入生である。
しかしその実態は秘匿されている魔法関係者にして銀弾の射手、そして今はまだまだ未熟ながら召魔士(サモナー)の道を歩んでいる。
ある種お守り教育のような経緯で魔界低層に住まう下級の魔性たちと契った彼は聖櫻を中心に発生しているとある事件を受け、両校の計らいから ある男子と協力して解決に当たる特命を負ってやってきたのだ……!
『Ⅰ・転入生』E N D
―――――――――――――――――――
―――――――――――――
―――――
ーーアラタ……和泉アラタ、和泉アラタよ…!ーー
「ん、んあ……なんや…?ここ。」
頭に響く厳かな声に目を覚まし、気だるげに首を鳴らしながら上体を起こすと辺りを見回す。
随分紅々とした光に包まれて物々しい雰囲気の場所だ。
「儂だ、和泉アラタ……!」
ん?頭上から響いた声に顔を向けると、ぼんやりと巨大な影が見下ろす姿を見つけた。
「あれ、なんやアンタ……?」
段々とはっきりしてくるその姿にアラタは大きく見覚えがあった。
なんならその予想が正しければかなり最悪の事態であることも……
「和泉アラタよ、儂だ、『閻魔』だ……!」
・
・
・
「えぇ……」
「あそこっ!!」
「・・・"ゴォル"ッ!!!」
意識が落ちる刹那、声が響くと共に優輝を迎えたのは硬い地面でも況してや想像を絶する痛みでも無く、ぼふりと受け止める柔らかなクッションのような感覚だ。
「・・・え?」
予想外の出来事に暫し声が出なかった優輝は喉を絞るように疑問を浮かべる。
何事だと横目に彼女を救った正体を見やると、一面の紫色だ。
…?身を起こし、離れてその全貌を確かめると、更なる驚きに見舞われる。
...もっと見る「なっ…何、これ……!?」
そこにあったのは随分大きな2メートルはあろう紫色の物体ーーいや、生物のようだ。
「すぅーすやぁー、すぅーー……」
水牛のような頭角を備え、どことなくヒグマを思わせる顔立からいびきを響かせるソレは、短い四肢を広げずんぐりとした身体で大福のように寝そべっているではないか。
状況からすればもう一匹の怪物と言った風情だが先程の存在のような害意は感じない……
……そう言えばと思い直した彼女は振り返る…と、一人の少年が例の異形と対峙しているのが見えた。
ファンタジーの魔法使いのようなローブをはためかせ、後頭部からは玉ねぎのような髪癖が目に付く……
「あ、貴方は!?」
呼び掛けるより先に『彼』は相手から自分を遮るように片手を翳しながら口を開く。
「"デモス"、彼女をお願いっ!」
はいはーい!場に合わない明るい声が響くと何かの影が隣に立ち、迫りくる異形に取り出した拳銃から銃声を2発響かせる。
胸元に銀色の光を受け、怯む姿を見届けると
「"ゼルブ"、悪いが少し頑張ってくれ!」
「おっけーい。」
四角く見えるほど分厚い本と蝋石を取り出し指示を出した彼に答えるように何かがブンと音を立てながら件の異形へ向かっていった。
対照的に彼は書物と蝋石を地におろし、一枚のカードを眼の前に置くなりオカリナを取り出すではないか。
「て、転入生の、マツノキ、さん…?」
「いやぁ〜、まさか貴女が…偶然ってあるものなんだねぇ!」
へ!?状況を整理しようとした矢先に投げ掛けられた声に振り向くと、恐らくデモスと呼ばれた者が楽しそうな笑顔で佇んでいる。
寒さも本格化した時期に黒いビキニのみを纏ったふくよかな胸元と長髪が目を引く女性的なシルエットーーしかし全身の肌はピンク色であり、額から突き出た一本角や背の小さな黒い羽根、便宜上髪と呼んだ部位も厳密には触手のように枝分かれした皮膚の延長のような風体…彼女も間違い無く異形の類いだろう。
「あの……これは…?」
「良かったぁ〜。あの子がアイツのにおいを辿ってくれたから間に合ったんだよぉ〜」
理解が追いつかない優輝の疑問に、デモスは微妙にズレた答えを提示する。
あの子?目を向ければ先程真一の指示で異形に向かった存在、たしかゼルブと呼ばれていたか…
赤く丸い目と緑の丸っこい身体にアンバランスな枝のような四肢、そして背の羽根を鳴らしながらウロウロと飛び回る姿はさながら丸々と肥った蝿だ。
人間の子供くらいはある全長がその異様性を証明している。
「貴女達は、一体?」
肝心の真一はオカリナを奏でており、ゼルブは腹を膨らませてから口元をすぼめ、一気に濁った色の霧のようなものを異形目掛けて吹き付けた。
その霧はやがてモヤモヤと蚊柱のような軌道を取りながら相手に纏わりつき、奴は苦痛を抱くようにバタバタと手足を振り回す。
「どうなっているんですか…?」
「ゼルブちゃんはねぇ、食べた物をお腹で熟成発酵させることで毒を造れるんだよぉ。あの霧は羽虫状にすることで相手を刺して確実に毒を送り込めるの。」
当然のように解説するデモスに呆気にとられる優輝だが、依然として真一が吹き続けていたオカリナの音色が止んだことに気付き彼に目を向ける。
と、彼はカードに向けて突き出した両手の指で上下の順に三角形を作り、
「『グリモワース・バランギスーー汝ら、吾に応え給え、"Ⅱの契・ターサ"、"Ⅲの契・ヴィア"』!!」
瞬間、カードが輝き、赤と青の光が強烈に発生するなり2つの影が躍り出た。
と、入れ替わるようにゼルブがオーラのように纏っていた緑色の光が消えるなり、こちらに向かってふらふらと飛来してきた。
同時に優輝を受け止めた巨影ーーたしかゴォルと呼ばれていた彼?も姿を消し、ゼルブとデモスが彼女に寄り添っていた。
「危ないとこだったねぇ。」
近くに置かれていた箱を開けるなりホールケーキをおにぎりのように手掴みで取り出したゼルブが一口に齧り付く。
二色の光を見届けた真一は書物を開くなり蝋石で地に線を引いていくではないか。
「あの……私、何が何やら……?」
ん?もちゅもちゅと咀嚼を続けていたゼルブは飲み下すなりのんびりと口を開いた。
「あぁ、ここまでくればもう大丈夫だよ、頑張ったね。」
「あ゛ー……あ゛ぁ゛あ゛!!!」
ひっ!?突如憤慨のように声を荒らげるゴリラらしき異形に思わず竦み上がるが、腕を振り上げながらズカズカ駆け寄ってくる奴に2つの影が組み付いた。
「グーッハッハァ!!待ってたぜぇ、オレ様は暴れられりゃなんだって構わねぇ!!」
「あ゛ぁ゛あ゛!!!」
ひとつは臙脂色のずんぐりとした巨体だ。
頭頂から聳える一対の角に焔のような輝きを宿し、肩の孔から煙を吹き出しながら奴に掴みかかると相手を押し返す荒々しい姿はさながら大鬼と言ったところか。
「ったく。バカ言ってねーでさっさと終わらすわよ!」
答えるのはもうひとつの正体だ。
鮮やかな群青色の蛇だろうか、しかし頭と尾の周りに一対のヒレを備える姿は水棲の印象を受けるーーそんな異形がトゲのような硬質に覆われた尾の先端で敵に突きかかった。
「ンだとぉ!?折角なんだから楽しませやがれェ!どいてねぇと怪我するぜヴィア!?」
「あ゛ー!?あ゛ーー!!」
炎を纏った拳を握りしめた影ーーリアクションからしてターサであろう存在が吼えるように答えながら敵に殴り掛かると奴はよろめきながらも踏み止まり、再度ターサ目掛けてその拳を振り下ろした。
「キレが悪りぃな?クソバエの毒が随分効いてるじゃねえか!!」
こちらも横面を殴り付けられるも持ち直し、やはり掴み掛かって応酬を始める。
「ちょっ、こんな場所で暴れんじゃないわよ!スティングレーシャ!!」
仰け反ったヴィアはその口から勢い良くツララ状のトゲを吹き付け、ターサに気を取られていた異形の足に突き刺さるなり呻きながら身体をよじらせた。
「あ゛ー、あ゛ーーー!!」
気味の悪い声と共に苦悶を訴える異形にニュルニュルと絡み付いたヴィアが手を(無いけど)緩めずに顔まで近づくと、
「フローズンミスト!!」
口から吹き付けた冷気に堪らず暴れ、顔を抑えながら地団駄を踏み出す。
その隙を逃さんとターサも胸ぐらを掴むと容赦無くその顔を燃え盛る拳で何度も打ち据えた。
「あ゛っあ゛っあ゛ぁ゛……!」
「そらそらそらァ!!」
相手をしっかり掴んだまま顔目掛けて口から炎を吹き掛けると奴もいよいよ躍起になって四肢を振り回すように抵抗する。
「ターサ、ビィ、ありがとう。もう良いぞ!」
不意に響いたのは真一の声だ。
見れば蝋石で何かの紋陣を描き終えたらしい。
それを見届けたターサは異形を担ぎ上げ、中央に投げ込む。
「あ゛!あ゛ぁ゛、あ゛っ!!」
真一は落ち着き払った様子で奴に突き出した両手を翳すと先とは逆に下上の順に三角形を囲むように作りながら彼は一息吸ってから言い放つ。
※ ※ ※ ※ ※
「それにしても広いな……」
ーー何言ってんだか、麻帆良も大概じゃないの……寧ろ学校らしい施設しかない分親切でしょ。ーー
「まぁそれはそうなんだけどさ〜」
昼休み、暫く世話になる学舎の勝手を知っておこうとあれこれと施設を回りながらボヤく。
ついでに問題の気配も探っておこうと辺りを見回しながら真一は歩を進める。
……特に異常は無し、まぁ当然か。
聞いた話ではあるが…
「何でも聖櫻は猛者の集まりだって聞くからね。」
...もっと見る特に目につくのがハンター学科と呼ばれる人々だ。
実際、真一が麻帆良学園で属する魔法関係者との縁もあり、何かと会合で居合わせる面々にはこの聖櫻を含めたハンター学科生もチラホラと見かける。
更には今どき都市伝説として広まっている『リアル仮面ライダー』も発祥はこの聖櫻と聞くし、何よりも『彼』がいる。
恐らくアイツらのことを解ってはいなくとも、打ち倒すだけなら申し分の無い布陣だろう。
とは言え、今回彼が課せられた件で特に大事なのは『その後』の役割だ。
仮に彼らが一先ずの問題を解決させたなら、真一はその後に備えた行動を取らねばならない。
「でもまぁ俺もまだまだ未熟者だし、現場でも無きゃなかなか見つからないよねぇ~」
たははと一人で苦笑を漏らしながらまぁぼちぼちやってくかと内心にまとめると、
「流した涙はっ、強さになるから…♪」
…ん?不意に聞こえるのはか細い声で口ずさむ鼻歌のようだ。
それとともに聞こえるのは小気味良い靴音……
「なんだろ……」
ーーちょっと、やめときなさいよ。なんかやな予感するわよ。ーー
思えばここは現在昼休みは使われていないプール施設の裏手だ、そういう意味でも気になった真一はふらりと建物沿いに歩き、角を曲がると顔を出す。
「限界を超えて…!」
…視線の先、両手を勢い良く広げながらポーズを取り、
「照らすよShiningーRay!♪」
一つステップを踏み掲げた手を頭に添える。
ふわり、一本のみつあみが風に靡いた。
「すっ…すご……」
思わず息を呑む。
こんな場所を選ぶくらいだ、恐らく何も無かったように去るべきだったのだろうが、彼は思わず見入ってしまった。
相手が一応は知ってる顔だったのもあるが、それ故に今朝と大きく印象のかけ離れた身軽な動きだったからなのだろうか。
オドオドとしていた彼女から見せられる笑顔だろうか。
ともかく、真一は場を後にすることを考えていなかった。
それを知らずか一息ついた彼女だが、不意にビクリと身震いを一つさせると、まさに少年が佇む方向に振り向くではないか。
あ゛……真一が引き攣ると、彼女も表情が強張り、蒼白とした目元が次第に滲んでいた。
「あっ…え?うそ……ま、マツノキ、さん…?」
「あ、えーっと、その……」
震わせる口元から絞り出すような声、見れば足元も崩れそうなほどに震え上がっているではないか。
そんな姿にはこちらもなんと対応して良いかわからない。
とにかく落ち着かせよう、そう一歩踏み出した時、
「ご、ごごっ、ごめんなさいっ!ごめんなさいごめんなさい…!!」
歩み寄るより先に彼女はぎこちないながらも俊敏な足取りで横を抜け、一心に呟きながら走り去っていくではないか。
「あっ、ちょっ、待っ……」
ーーやめなさい、バカッ。だから言ったのに…!ーー
真赤な顔に涙を浮かべる姿を真一は追おうとするが踏み留まる。
そもそもこうなったのも彼自身が原因と言えよう。
下手に絡めば傷に塩を付けるようなものだ。
とは言えども、今後会うこともないと片付けるわけにはいかないのだ。
何と言ってもクラスメイトだし況してや……
ーーんもぉ、とにかく謝っときなよぉ〜?ーー
「そりゃそうだよなぁ……」
ーーあぁ?別に悪りぃことやったんじゃねぇ、マツノキが謝るこたねぇだろ。ーー
ーーダメだよぉ、こういう時は謝っといた方が良いの。アタシはそういうの知ってるんだから。ーー
ーーハンッ難儀だな、人間てのはやっぱよく解んねぇ…!ーー
転入早々やらかした……真一は一人首を振りながらため息を漏らした。
・・・
とりあえず気まずいが教室に戻るしか無い。
見てみれば案の定、隣の彼女は不安そうに項垂れていた。
腰掛けると一気に肩が強張っていく様子が目に見える。
膝元ではスカートの端を握り潰すように拳が固まっていくではないか。
あ、あー……最早声を掛けて良いのかすら迷わしい状況だがこの期に及んで何知らぬ顔というわけにも行くまい。
ゴクリと固唾を呑み下し、周りの目を伺いながら声を潜める。
あのさっ…途端ビクリと身が跳ねた。
再び小刻みに震えながら、目線だけをこちらによこす姿に思わずたじろぐが、とにかく言うべきことは言っておこう。
「その、えと…さっきは…ゴメン……」
「っ…!」
彼の言葉に反応するなり、不意にノートの端をちぎり、震える手でシャーペンを走らせる。
[なんのことでしょうか?]
ヨレヨレの字体で小さく書かれた文字に再び面食らう。
しかし彼女なりに引き攣った愛想笑いと共に向けられたこの言葉は、やはり尊重すべきなのだろう。
「あーっと……俺の、勘違い、だったかな。」
どこか申し訳無さそうに軽く会釈をしながら視線を前に戻す彼女に真一は頭を掻く。
「(一日目からどーすっかなコレ……)」
元の用件も容易では無いが、コレはまさに前途多難と言ったところだ……
※ ※ ※ ※ ※
「どっと疲れた……」
放課後、一人でそんなことを漏らしながら少年は人目を避けるように屋上へ行く。
念の為に認識阻害の魔力を宿す人払いの札を入口に貼り付けてドアをくぐると、彼は辺りを見回した。
夕陽に照らされる街が見渡せる景色。
賑やかだが学園都市を名乗る麻帆良のような派手さは無い、どこか穏やかな空気を感じる町だ、思わず目を閉じて深呼吸をする…
と、
「もの思いに耽ってる場合じゃないや、さっさとやっちゃわないと。」
彼は眼の前に一枚のカードを置き、懐から取り出した唐草模様の包みを解く。
取り出されたのはひとつのオカリナだ。
数度呼吸を整えると真一は口を添え、目を閉じると奏で始めた。
涼やかで切ないメロディが響き、吹奏に身が入るごとに段々と真一自身も神経が研ぎ澄まされるような感覚に浸って行く……
一頻り吹き切ると、彼はカードに視線を向け、
「『グリモワース・バランギスーー汝、吾に応え給え』…!」
手を突き出しながら真剣な表情で声高に叫ぶ。
途端、カードに描かれた紋様が輝き、ぼんやりと巨大な影が浮かび上がった……
―――――――――――――――――――
どうしよう……下校路で少女は一人、ため息をつく。
「絶対変な人だと思われたよね…?」
花房 優輝は今日の出来事を思い返す。
……否、そうしようとするだけでも顔が火照り、秋風を忘れるほどに熱くなる。
まさか知り合ったばかりの男子に見られてしまうなんて……
間が悪いで済めば良いものを、よりにもよってその相手が隣の席になったのだ。
いよいよこれからどう学園で過ごせば良いのかわからない……
この学園に来てから沢山の人と出会い少しでも変われていったつもりでいたが、自分などまだまだ胸を張るには程遠いのだろう。
そんなことを考えながら今一度ため息が宙を舞う……と、不意に携帯電話の着信音が響く。
「あっ、お母さん…」
見れば母から、夕飯の買い出しを頼む旨のメッセージが来ているではないか。
昼の出来事でやや気落ちはしているが、彼女は切り替えてスーパーへ向かった。
・・・
「遅くなっちゃったな、お母さんたらすぐ追加してくるんだから…」
早く帰らないと……そんなことを思いながら下校路を歩む内に、やがて優輝は昼の喧騒を潜めた公園の一帯に出た。
もうこんなに暗いなんて…どこか不安を煽る日の落ちた景色に少し身震いしながら少し早足に進んでいく。
っ!?不意に強烈な光が生じ、目を向けると蜃気楼のように空気が歪み、滑り台を超えるような影が姿を顕した。
「え……」
何あれ…?足が止まり、得体の知れない存在に表情を強張らせる……
「あ゛ー……」
不意に響く、低くくぐもったような耳当たりの悪い音ーーその主であろう影はゆらりと動くと、次の瞬間全身が悪寒に総毛立つ。
今、確かに目が合った…?元より視線に敏感な性分だ、相手の正体がわからずともこの感覚は解る。
そして、このまま止まっていてはまずい…
ヒッ!?ゆらゆらとした身振りで影はこちら側に足を踏み出そうとしてくるではないか。
「…イヤッ……!」
震える踵を無理矢理返すと駆け出し、彼女は自分なりに精一杯走り続けた。
「あ゛、あ゛ー」
くぐもった声を上げる影が響かせる重々しい足音がイヤでも耳に入り、彼女は蒼白としながらも今足を止めるわけには行かない。
とは言えども如何にも厳つい体格の何かを前にすれば平均的な女子高生の脚力などたかが知れている。
どうにか隙を見つけて撒こうにも捕まらないように足掻くことで精一杯だ。
加えて物陰も無く、潜り込めたとしてもあの大きさではすぐに見つけてしまうだろう。
乱れる脈拍、上がる息、圧迫されるように苦しい胸、もう限界……それでもどうにかならないものかと、彼女は一つの山が目に付くーー斜面の一角が幅広なすべり台となっているアスレチックだ。
何かのタシになればと力を振り絞って頂上まで階段を上り息を整えるが、程無くして荒々しい足音が迫り、
「……やっ、やっぱりダメ、ですよね……」
ヌッと視界が真っ黒くなり、彼女の身体を包み込むように影が被さっているのが分かる。
息を切らせながら、状況を悟る少女は顔を上げ、せめて相手が何者なのかを確かめておこうとする。
明らかに人ならざる巨体からだらりとゴリラのように垂らす図太い腕。
更に視線を上げれば、いよいよソレが異形だと決定付ける影に目を見張った。
頭頂から腕にかけて肩と呼べる部位はなく、滑らかな線で一続きになっており、例えるならば弟がよくTシャツでふざけて遊ぶ襟口から顔面を出しているような姿。
「あ゛ーーーー」
まさにそう思わせる風体から声を漏らしこちらを見下ろす顔は虚ろな表情の能面のようだ。
全体的な雰囲気はどことなく国民的アニメ映画の意思疎通が困難でヒロインに固執している謎の存在と言ったところか…いやまぁそんなことはどうでもいいか。
「あ゛……」
しげしげとこちらを見下ろしながら歩み寄ってくる姿に希望を見出だせるほど夢見がちではない。
ーー私のこと、お巡りさんとかは何て説明してくれるんだろう?そもそも、ちゃんと見つけてもらえるかな?
みんな、ごめんね……
父、母、幼い弟妹、聖櫻学園で巡り会った温かな学友達、そして気まずい印象を残してしまった転入生……
変な子って思われたままかぁ、もう関係無いことだがこの期に及んで割り切れない自分がいる。
「あ゛ーーー」
「イヤッ、やだっ…!だ、誰か……!!」
たった今心情を吐露しながらも身体は迫る影を拒絶するようにそろそろと後退って行く……
お構い無しに迫る姿に涙が止め処無く流れる。
「あ゛ぁ゛あ゛ーーーーーーーっ!!」
「きゃぁあっ!?」
悍ましい咆哮と共に腕を振り上げ前のめりに乗り出した影に彼女の足がもつれ、
「あっ……」
ふわりと身体が宙を浮いた。
よろけた拍子に滑り台の勾配側に飛び出てしまったらしい、ここまでくればもう何も考えようも無かろう、理解が追いつかないまま少女の身体は無情に落ち硬い感触に打ち付けられ……
「もぅ、なんで…わかってくれないかなぁ……」
いつになく強気というか感情的な言葉が思わず漏れ出てしまうと、驚き交じりに名前を呼ばれた。
ぴょんと一歩踏み出して向き直ると面食らった顔…
でもここまで来たら退けない。
奇跡なんて起こせなくたって良いけど、だけど……
すぐに終わるような青春なんてつらいから、意を決するように一息吸った……
――――――――――
――――――
――
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朝、けたたましく響く目覚まし時計を引き寄せた腕が静めると盛り上がった布団はその主の顔を覗かせる。
「そっか、今日からか……」
ぼんやりと頭を掻いた少年はカレンダーに目を向けながら小さく呟いた…
◎『GRIMOIRE OF "M"』
『Ⅰ・転入生』
・・・
モーニングルーティンを済ませ、引出しから1枚の布を取り出すなりパタリとはたく。
皺の伸びた唐草模様の布を広げ、机の上に置いてある物を包み懐に入れた。
諸々を考慮すると早めに出たほうが良かろう。
しかしまさか自分が"彼"と共に事件に当たる日が来ようとは。
その功績はよくよく聞いているし、絡んだこともなかったがかなりの好人物だとは当時から思っていたのだ。
これは名誉なことと思うべきだろう。
…と、何かを思い出した少年は自室を出た後に懐から取り出した一枚のカードをドアに貼り、再度少しだけ開けてから隙間を覗く。
複数の影が何やらごちゃごちゃと動き回っている様に呆れ交じりに首を振りながら、
「お前ら、俺今日から暫く違う学校行くんだからちょっかい出すんじゃないぞー!」
釘を刺すが皆一様に自分のことでこちらなど無関心だ。
いってらっしゃーいーーチラホラと聞こえる言葉を気に留めずドアを締め、カードを剥がすと彼は今度こそ家を出た……
―――――――――――――――――――
「なーなー!誰か櫻花祭で漫才やらね!?」
2年D組ーー比較的物静かな生徒が多いクラスで朝っぱらからうるさい声が響き渡る。
眼鏡越しにニヤつきながら見回す少年に対し、またやってると言わんばかりに肩を竦める者、反応に困って気まずそうに視線をすべらせる者、一様に冷やかだ。
途端、ムッと不機嫌そうに眉を上げた彼が声を上げた。
「お前ら、なんで皆してムシるんだよ!?いーじゃん、ぜってースベりゃしねぇからさぁ〜!!」
「諦めなって槌野くん……」
ご不満な槌野 楓太を宥めるそばかす顔の曽良 介斗。
内向的、臆病、気だるげや温厚だったり冷静だったりと言った気質が他に比べて多いこのクラスでは逆に異質と言えるお喋りな楓太が時たましょうもないことを口走っては周囲を呆れさせる。
それが日常であった。
と、不意にドアが開くと静まり返り、顔を見せた担任に続く影に一同は目を見張る。
告知されてこそいたがやはり初めて見ると思わず驚いてしまう。
定型の挨拶を済ませた後に担任は少年ーー元の学校の制服に身を包み、さながら玉ねぎか一本角のような頭頂の癖毛が特徴的な男子はやや緊張気味に姿勢を正し、どこか人懐っこい印象の目元を強張らせながらチョークで自らの名前を書く。
「えーっと…皆さん初めまして。仕事の都合で暫く聖櫻のお世話になる、『松の木 真一(マツノキ シンイチ)』です。短い間と思いますが、どうかよろしくお願いします。」
頭を下げ、拍手に迎えられた彼は指示された席に腰を掛けた……
・・・
「なーなー転校生!!文化祭でオレと漫才やらねぇ!?」
「もぅ、やめなって……」
行間休み、視界に飛び込むように呼び掛けてきた楓太と介斗に思わず面食らう。
が……
「ごめん。俺流石にその頃までいないかも…」
「マジかっ!」
頭を掻きながら苦笑して返す真一に楓太は悔しそうに頭を垂れる。
「槌野、転入早々に突っかかってんじゃないわよ。」
「ゴメンね、マツノキくん。彼ちょっとうるさいだけだからあまり気にしないで〜」
「オイコラ織部、武内、転校生にヒトのことネガキャンすんなし!」
「槌野くん落ち着いてっ……」
女子二人と言い合う楓太に宥める介斗、流し見していたクラスの雰囲気を踏まえ他のブロックを見てみると、確かにこのクラスは全体的に他より静かなようだ。
……と、ひとり見覚えのある女子と顔が合うが、彼女は挨拶を兼ねながらも制するように片手を軽く上げる。
さながら『面倒臭いから声掛けるなら後にしてくれ〜』と言ったところか。
他を見れば絵描きに没頭する女子や遠慮がちにこちらを見る一つ席を挟んだ女子。
更に見回していると、ふと一人の男子に目が留まる。
見た目は柔和な面持ちだが他とは一線を画した雰囲気、恐らくは『こちら側』に限りなく近しい者だろうとも思ったがふと心当たりを思い出し一人納得する。
ああ、どこか雰囲気が似ていると思ったが確か『協会』絡みでよく見かける……
「どうかした?」
うわ!?連想されたある人物を思い描いていると、彼から声を掛けられ、
「あっいや、えっと…よろしく!」
笑いながら繕った。
さて、一段落して隣に目を向けると、気まずそうに俯くみつあみの女子……
「あ、あのさ。」
「へ!?わ、私っ、ですか…?」
前髪のかかった目元をこちらに向け、少し不安そうな反応を取る彼女になんだか申し訳なくなり眉を下げて真一は続けた。
「あ、いきなりごめん。暫くの間、よろしくね。」
「は、ハイ、よろしくお願いしますっ……」
現在、聖櫻学園近辺ではちょっとした事件が起こっていた。
アラタも知っているように、ここ暫く晶魔にもライダー怪人にも該当しないが明らかに人ならざる怪物が無から湧いて出たように現れては街を騒がせているという状況だ。
そして夢の閻魔や聖櫻の理事長から聞かされた話では、麻帆良学園の調査によれば原因はアラタ達の住む世界とは違う世界と呼ぶべき空間とを断絶する境界が緩んではこちらに侵食しているというのが顛末らしい。
そして、その解決にこちらへ送られてきたのがこの7のファミリアを連れた銀弾の射手にして駆け出しサモナー『松の木 真一』ということらしい。
とは言え……
「でもよぉ真一くん、そのバケモン言うたってキミやないと倒せないって感じでもあらへんし、ボクのダチのハンター連中とかもブッ倒せるレベルの奴ばっかやったで。」
そうだろうね、目を細めながら彼は応える。
「確かに、『倒すだけ』なら俺がわざわざ出なくても解決することだと思うよ。ただ、アイツらが異界の魔物なら俺はアフターフォローをしなきゃならなくてね。」
...もっと見るアフターフォロー?首を捻るアラタに彼は先程から持っている分厚い本を置くと、適当に開く。
「イヤしっかしすげぇなソレ、スクエニの攻略本みてぇ…」
ボソリと呟くアラタをよそに真一は一つのページを見せて指をさした。
そこに載っているのは何やら人間の形をした植物のような生物ーー恐らく名前であろう欄は、ローマ字ながらなんとなく読める。
『ドライアド』ーー適当にローマ字を読んだ語感から導き出した答えにアラタはハッと気付き、ページ内の他のスペースを見ると、数字や図形の並ぶ円陣が描かれているではないか。
そして思い返せば最後にドライアド撃退となった出来事…
「も、もしかしてコレって…?」
笑いながら真一は頷いた。
「そう、異界から出てきた魔族を帰して空間のヒズミを治さなきゃいけないんだよ。」
そういうことか…、納得したように唸るアラタだが、すぐにある疑問が浮かんだ。
「せやけど、結構な話聞いとるし、今から全部解消しよう言うたら流石に」
大丈夫、予測していたように苦笑を漏らしながら真一は続ける。
「今までのは仕方ないけど諦めるしか無いよ、ヒズミ自体は2日くらいで消えるからね。でも…」
まだ何かあるのか?思わず身構える。
「とは言え、空間同士を無理矢理歪めたものだからさ、放っておくと別の魔物が出てきたり、ヒズミで生じた魔力エネルギーが漏れ出たりして危険なんだよ、それこそ悪用されたり、コッチの晶魔とかが浴びて何か起こったりも有り得るよね。だからそれを防ぐために俺が術式で塞がなきゃいけないってところ。」
なるほどなぁ……蝋石を見せながら説明する彼にアラタは感心混じりに返す。
「ところで、こんなに起こっとることやし、原因そのものは判ったりせんの?」
うーん……アラタの問いに目を細め口を尖らせながら黙していた真一は暫くして口を開く。
「まだ、仮説なんだけどさ。こんなによりによって聖櫻近辺ばっか無理矢理こじ開けられてるんだから人為的なのは間違いないだろうね。」
やろうな、溜息混じりに彼も返す。
「しかもドライアドの奴、カジツを『貰った』言うてたしまぁYAKATAは怪しいなとは思うんよ。」
「俺はもうちょっと踏み込んで考えるかな。空間を歪めるのは極めて高等な魔術、それをわざわざ君がいる聖櫻の周りでやるような奴…キミも心当たりが無いかい?『明確な悪人と言える魔法使い』を。」
悪い魔法使い…?あぁと一人思い浮かんだ顔に行き当たり手を叩く。
アラタがつい先日まで険悪な対立状態にあり、紆余曲折の果てに和解した、自分のことを気に喰わない連中『過激派』ーーそんな彼らすらアラタと共通の敵として睨みを効かせていた一人の人物だ。
元々アラタ自身其奴に不審な言い分で言い寄られた事もあって警戒していたくらいには怪しい奴だ。
しかしひとつ疑問が残る。
「せやけどアイツは確か…」
「そう、彼にそれ程の事ができるわけ無い。そもそも空間を歪めるなんてどれだけ実力がある魔法使いでも簡単にできることじゃない。でも…」
「…カジツの力をもし使ったとすれば…?」
そういうこと、交互に導き出す仮説に笑いながら真一が占める。
「まぁ仮説とは言えども元々彼はヤケになってるからね。って、そろそろ昼休み終わるっ。」
呼び掛けに答えたアラタも立ち上がり2人共に2年棟の昇降口へと戻って行った。
「とりあえず、他の諸々は後日俺の家で話そう、住所は後で送っとく。これからよろしくね、アラタくん。」
「おぅわかった。一応しろかのヤツも連れてくわ。よろしくな、魔族くんっ!」
・・・
「ま、『マゾククン』…?」
笑いながら答えたアラタの言い草に真一は眉を顰め、明ら様に困惑を示す。
「そっ、なんや魔族連れとるんやし魔族くんって感じやろ?ほなね、エロイ〜ムエッサイムっ、エロイ〜ムエッサイムっ…♪」
悪戯っぽく笑い口ずさみながら足取り軽やかに昇降口を離れ教室へ戻る姿に目を細めて頬を掻く。
どうもリアクションに困る…と、
「ま、あのっ、マツノキさん…!」
ん?不意に掛けられた声に振り返ると、後ろから歩いてきた女子が並び立った。
「花房さんっ。」
「その、えと…お疲れ様、です…?」
「あ、ありが、とう…?」
突然の言葉になんだかぎこちない感覚を抱くが、ふと優輝は彼の手に目を向ける。
「マツノキさん、その手…!」
「あぁ、そう言えばあったなぁ…」
失礼します……一応血は止めてある手の甲の傷を思い出し苦笑するが、彼女は一言断るなりポケットから取り出した消毒液を塗り、絆創膏を止めた。
・・・突然のことに思わず思考が止まるがすぐ我に返ると彼は頭を掻く。
「あっ、えと、ありがと花房さん。でも、これくらいいつものことだし別に良かったのに…」
「ダメ、ですよ……」
え?前を歩き出した彼女は少しゆったりと儚げな所作で振り返る。
「傷は放っておけば深くなりますから。それでは……!」
・・・
やや早足で階段を上がっていく姿を暫し見据え、無意識に片手は手の甲を擦っていた。
『ふっふっふ〜』
っ!?突如響くご機嫌な笑い声に気を取り直し、カードを取り出すとピンク色の円が光っているではないか。
「な、なんだデモス?」
『いやぁ〜なんだかスッゴく良い匂いしてるよぉ真一くぅん〜♪』
な……
「なんの、ことやら。」
彼女の言い分に対し、真一はいつものように目を細め、口を尖らせて呆れたように返す。
じんわり、今まで感じたことの無い熱を帯びる汗を感じながら……
『Ⅱ・特命』E N D
「へぇ、包帯の巻き方ってこんなにあるんだ……」
「・・・(オイオイ、あんま露骨に動かん方が良いぞ……)」
翌昼休み、書類をまとめながら隣の光景に内心苦笑を漏らしていると、不意にドアを開く音が響く。
「あれ?珍しいね。」
「あっ、こ、こんにちはっ!えーっと…弟達が、遊んでて、よくケガするから、その、あぅ……」
「ブフッ…ククック……」
「しろかちゃん?なぁにニヤニヤしてんの?」
「元々こういう顔ですよぉーん。フッフッフ…」
※ ※ ※
「よしよし。皆すくすく育ってますねぇ〜……」
聖櫻学園の裏庭、花壇に水を撒き春瑚は微笑む。
旬の花もチラホラと顔を出しており、一層の秋を感じる風情だ。
「あら……貴女、お花好きなの?」
おやおや?不意に掛けられた声に顔を上げる。
佇んでいるのは、帽子を目深に被ったシックな装いの女性だ。
「はい〜、もうすぐ全部咲いてもっと綺麗になりますよ〜」
...もっと見る嬉しそうに見渡しながら解説をする少女に、女は帽子の奥で目元を緩めた。
「うっふふ、本当に大好きなのねぇ。仕草にも口調にも感じるわぁ。」
「小さな頃からやってましたからねぇ〜……」
小さな身体であれこれと整理に勤しむ姿にひっそりと口元を舐めながら女はほくそ笑んだ。
あぁ、本当に……
「お花が好きな子は良いわぁ。人間の中でも一番好きよ、瑞々しくって、おいしそ……」
「おう春ちゃんっ!」
ミシミシと枯れ木がへし折れるような音が密かに響く中、不意に一人の少年が現れるなり少女に駆け寄った。
「あ、和泉さん、こんにちは〜」
「悪りぃんやけどさ。さっきご近所で飼っとるドクガエルが逃げよったって聞いたんよ。とりあえずここ怪しいかもしれへんから探して言われてな、解決したら教えたるからちょいと戻っててくれへん?」
あらあらぁ、平坦な口調ながらも驚いたように彼女は答える。
「それは大変ですねぇ。気を付けてくださいねぇ〜」
ふわふわとした足取りで彼女が去って行く。
笑いながら手を振り見送っていた少年ーーアラタだが、次の瞬間表情を引き締めると身を捻って飛んできた影を避けた。
「なんてことしてくれたんだいアンタ…!」
飛んできた物体ーー木の根のようなトゲに目を向けてから目の前の女に視線を移す。
項垂れたまま、枯れ枝のような鋭い指先を見せ付ける姿にしかし、間髪を入れず距離を詰めたアラタがブレザーを帽子に絡めて剥ぎ取った。
「なんだはコッチの話やバケモノ。」
「折角良い人間がいたのに、許さないよ!?」
枯れ木のような肌がへし折れたように口元が裂けた異形の女は枯れ葉のようにボサついた髪を振り乱し、嗄れ声で吼えるではないか。
「ったく。よぅもまぁこんなとこまでノコノコやって来よるわ。」
「まぁ良いさ、お前もあたしが美しい花を咲かせる為の肥料にしてやるさっ!」
髪から鋭い刃のように飛ばした枯れ葉を咄嗟に構えた木刀で防ぎ、アラタは奴への距離を縮めるように一跳びで迫る、が……
やらせないよ!木刀を叩きつけるより先に女の足元から木の根がスルスルと地を破って伸びると纏まり、先端に掌を整形しながら掴み掛かってきた。
「ったく、不審者もお前も、植物関連はすぐ根っこ使ってきよってワンパターンやでぇ!」
……咄嗟に木刀を叩きつけた反動で距離を取って着地するアラタ、そんな様子を影から見ていた真一はカードを足元に置き、オカリナを吹き始める……
飛んでくる枯れ葉を斬り捨て、次々と伸びる根の手を打ち返すと距離を詰めたアラタが再び斬り掛かる。
「甘いね、そんなんじゃ効かないよ!況してや人間の子供、怖くもないっ!」
「言うてお前そんな強ないで?」
脱いだブレザーを振るうと根を一括りに絡め取り、引き倒しながら隙を突いたアラタが再度奴に木刀を叩きつける。
「このっ、小賢しい奴めぇっ!」
女は苦々しく言いながら、口から勢い良く種を吹き付けてくる。
「うお痛って、地味に痛てぇなコレぇ!」
跳び退いたアラタは腕をブレザーで覆いながら拳を握り締めて勢い良く女を殴り付けた。
嘗めんじゃないよっ!!怒鳴りながらひとつ足を踏み鳴らすと、次々と木の根が勢い良く地を突き破ってアラタの足元から飛び出してくるが、それを避けつつ彼は懐から取り出した仮面を奴に投げ放つ。
直撃した奴は悲鳴を上げながら根を引っ込めたようだ。
「生意気なガキめぇ……!!」
「『グリモワース・バランギスーー汝、吾に応え給え、"Ⅶの契・デモス"』!!」
っ!?互いに睨み合う中、突如そんな声が響き渡り共に驚くと、
「グゥ!?誰だい!」
不意を突くように銃声が鳴り、銀色の光を撃ち込まれた女が訴えるように叫ぶ。
アラタも視線を向けた先には拳銃を構え、小脇に随分厚い書物を抱えた少年の姿……
「はいはーいっ!」
その隣ではピンク色の強烈な光が生じ、楽しげな声を上げる影が飛び出した。
背の黒く小さな翼をはためかせて近づいてくる影ーー豊満な胸をビキニで包んだ女性のような姿だが額の角やピンク色の全身からして人外であろう存在ーーデモスは片手を勢いよく振るうと共に生じた電撃をさながら鞭のように女に叩き付けた。
アギャァ!?反動で転がりながら倒れ込む女だがしかし、体勢を立て直し乱入者を睨むと憎らしげに口を開いた。
「お前達、サモナーと召魔(ファミリア)だね!シルバーバレットの使い手と組むだなんてどういう風の吹き回しだい!?」
「うるさーい、貴女には関係ないもんっ!」
「ん?言うたらまさかキミらが…!?」
そう少年ーー真一に問い掛けようとするアラタだが、彼は既に本を開き何かを見ながら黙々と蝋石で地に線を描いていくではないか。
「貴方が和泉アラタくんだよね?」
「え?あ、おぅ。せやけど……」
目を輝かせながら興味津々に問い掛ける亜人?に困惑しながらも答えると、彼女は無邪気なウィンクを向けてくる。
「アタシはデモス、よろしく。まずはアイツどうにかしなきゃねっ!」
「やってくれたわねぇ……!」
せやな、再び目を向けると、立ち上がりこちらを睨む女は懐から何かを取り出し、アラタはまたしても驚愕を示す。
「おまっ、ソレ、カジツ!?」
「まぁ良いさ、魔法使いに魔族、あとそっちのガキも、力が強い程あたしは綺麗な花を咲かせられるからね。アンタら皆エサになりなぁ!!」
アラタに指摘された通り、手にしていたカジツを乱暴に口に放り込んで咀嚼すると、肩から触手のような枝がメリメリと伸びていき、両足が捻れながら収束していくと、文字通り幹のような下半身へと変貌しながらガサガサ二人目掛けて迫ってきた。
迎えるように駆け出すアラタには肩の枝が伸びて応酬となり、デモスは電撃を帯びた足を振り上げて女に蹴りつける。
「あああ気持ち良い。なんだかおかしな奴に貰ったけどこの実はなんて気持ち良いんだい、こんな学校すぐにあたしのガーデンにしてやるさ!」
「アホか、誰が寄越したか知らへんけどぜってーお前都合エエように使われてるだけやぞ、うぉ!?」
お黙り!アラタ目掛けて振るった枝を叩き付けるとアラタは木刀で防ぎながらも後退ってしまう。
「あっ……!魔術・雷牙!!」
デモスは一瞬気に取られながらもすぐに手先から棘状の電撃を放ち、木刀からブレザーを巻き付けた拳に構え直したアラタが再び女目掛けて躍りかかる。
「見苦しいねアンタ達!若くて瑞々しい命が美しい花を咲かすんだから光栄に思いなさい、それと……」
デモスの電撃とアラタの木刀に対抗しながらも、女は二人の意識外に当たる背後の地から根を突き出すと、勢いよく振るい、その鋭い先端を飛ばした。
ッ!?特有の勘だろうか、デモスは違和感を抱き、振り返ると、
「真一くんっ!」
叫びながら彼目掛け飛来する。
「なっ!やべっ!?」
が、彼女の声に気付き顔を上げるも遅く、彼が咄嗟に差し出した手の甲には女が狙って撃ち出した根が突き刺さる。
「あ、アカンだいじょぶか!?っと!」
彼の叫びにアラタも反応するが、隙を突くように奇襲をかけられ慌ててブレザーを巻いた腕で防ぐ。
「デモス、アラタくん、俺に構うな!コイツができるまで耐えてくれっ…!」
手の甲を擦りながら促す彼の姿に眼の前に広がる白線を一瞥する。
線に沿って様々な図形や数字が描かれた幾重もの円……何かを察してアラタは向き直り、踏みとどまったデモスも彼を心配しながらも旋回して敵に向かった。
「あーっはっは、オバカだねぇ、あたしがお前の方まで見てないとでも思ったのかい?甘いよぉ!」
「じゃがぁしいわ!」
得意気に笑う女に対しアラタが横槍を入れるように叫ぶと木刀を構え、彼女が遮るように突き出した根の柵を跳ぶように踏み越えて行き、大きく木刀を振るうと斬波が飛び、直撃した女の身体が大きく揺らいだ。
「ぐぅう、お前、こんな力隠してたのかい!?」
「隠した覚えはねぇ、技は全部成り行きや…!」
「魔術・スパークエッジ!!」
傷に気を取られる女がアラタと言い合うがしかし影が被さる感覚に見上げると、頭上を取ったデモスが手に収束させた電撃をダーツのように投げ放ち、
「グギギィ!?嘗めるなよ低級魔族ぅ!!」
けたたましい音が響くと同時にガタガタと身体を震わせた奴は煙を吹き出しながら悪態をつく。
「デリャァ!!」
が、暇も与えずに眼の前のアラタは木刀を地に突き立ててから勢い良く振り抜くと地を這うような衝撃が、
「ふざけ、る、なぁ!!」
慌てて根を張り頭の鋭い枯れ葉を飛ばすも総て虚しく呑みながら下半身の幹に当たるなり暴発した。
「魔術・ボルテリボン!!」
と、間髪入れずにデモスが手に電撃を帯びると新体操のように回り、電鞭もさながらリボンのように舞わせて迫り、奴に勢いを乗せて叩き付けた。
「ギィイイイ!?」
眩い閃光と共に打ち鳴らされる鮮烈な音、痛ましい悲鳴が轟いた矢先に…
「『グリモワース・バランギスーー汝、在るべき門扉へ還り給え、"ドライアド"』!!」
ギッ!?声が響いた先を見ると、真一が指で三角形を組んで佇む前には描き上げられたのであろう紋陣が光り輝きながら、女ーードライアド目掛けて光の触手のような物が伸び絡み付いた。
「ギィ!?クソッ、ガキ共め、ふざけるな、あたし、はぁっ!?イギギャァア……!?!?」
引き摺られる感覚に抵抗しながら毒吐くドライアドだが、一層絡み付く光に包み込まれると、さながら枯れ枝をへし折るような、枯れ葉を握り潰すような乾いた音と共に叫び声が上がり、円の中央へとズルズル戻って行き、強烈な光がひとつ発せられた。
3人が見届ける中、光が晴れると、ドライアドは紋陣共々消え去っていた。
三者三様に胸を撫で下ろすと、
「おぅ、大丈夫か?」
「真一くんっ!」
2人は思い出したように真一の怪我を気に掛けるが、彼は心配無いと手で制しながら立ち上がり、笑いながらアラタに向き直る。
「話には聞いていたけど、流石と言ったところだね、和泉アラタくん。」
「キミもおもろいことしとるな。しかしキミとは初めて会うはずなのになんか見覚えある気がするわ〜」
「そ、そりゃまぁ麻帆良生同士なんだから学食とかイベントで顔くらいは見たことあるんじゃないかな。あはは……」
そう応えるアラタに真一は目を細め苦笑をしながら返す。
ともかく一先ずの問題は片付いた、彼らは事件の状況と互いの事情を整理に入った。
※ ※ ※
「皆、最近"アレ"の様子はどう?」
学食の一角、新也が不思議そうに問うと、他3人は察したように反応する。
「晶魔ですらねぇおかしな化物共だろ?まぁそんなに手強いって程でもねぇからブッ倒せてるけどよぉ……」
「全く余計な騒ぎは勘弁してほしいものだな。」
「ミカドとかユウゴもダリぃつってたな〜」
呆れたように言う斗真と理駆に笑いながら夏騎も返す。
そう言えばアラタも恐らくだがそのことで呼ばれたと言ってたっけか……
そんなことを思い返していると不意に切り出したのは理駆だ。
...もっと見る「オマケに、それと関係あるのかはわからんが、この間もこの間でおかしな奴がいた。」
そう眉を顰める彼が言うには、どうも連絡を受けた先には、人間程の大きさはあるずんぐりとした蝿のような生物がファミレスのショーケースをボーっと眺めていたらしい。
「加害の気配が無かったから様子見をしていたらソイツ、俺達には目もくれずに何処かへ飛んでいった……」
ピクリ……
そーいや兄貴もよぉ、そう続いたのは斗真だ。
「なんかデケェのが出たつって通報あったから行ってみたらよ、牛だか熊だか判んねぇのが十字路の真ん中でグースカ寝ててそのまま寝返り打ちながら消えたんだとよ。」
ブフッゴホォッ!!隣のテーブルから聞こえた会話に勢い良くむせ返る。
「(アイツら〜ナニしてくれてんだよぉ…!)ゴホッゴホッ!!」
「マツノキくん?」
ゲッ!!表情を引き攣らせた人物ーー玉葱のようなクセ毛と学ラン姿が特徴的な男子生徒は呼び掛けられた声に目を向ける。
見覚えある1人を筆頭に3人が不思議そうにこちらを見ているではないか。
「や、やぁ壬無月くん。」
慌てて水を飲み干すと取り繕いながら目を細める。
誰だ?首を捻る斗真に新也が彼ーー松の木真一の簡単な紹介をするとああと理駆も反応した。
「件の化物の騒動に当って派遣されてきたという奴か…」
「そうそう、そこまで解ってるってことは君達がハンター学科だね、お話は聞いてるよ、よろしく……て、いけね!」
また忘れるとこだった、パンと手を叩きながら思い出した真一は再び不思議そうにコチラを見る4人に向き直る。
「ところで、ソレに関して和泉アラタくんに話があるんだけど、どこにいるか知ってるかい?」
それを聞くと、クラスメイトである斗真と夏騎は顔を見合わせ肩を竦めた。
「わかんねぇけど、多分そのバケモノかPAだと思うわ。」
「あぁ、いきなり窓から飛び降りて行きやがったんだ、委員長と霧生のこと考えると後が怖いぜ〜?」
窓から?飛び降り?彼の人となりはなんとなく知っているとは言え、荒唐無稽な答えに思わず口角が引き攣るがまぁ良いだろう、真一は取り直すように懐に手を入れる。
が……
「(あ、あれ……無い?マジで……?)」
いつも内ポケットに携帯している『アレ』が無くイヤな汗を滲ませる。
「っ、どうしたんだい?」
「いやいや、とりあえずまぁ探してみるよ。」
ありがとう、そう言い残し立ち去ろうとした時だった。
「マツノキさんっ!」
!?不意に呼び掛けられる女子の声に5人振り返る。
と、彼女は一斉に向けられる視線にビクリと後退り、その性分を知る夏騎達は気を遣うように目線を戻す。
息を切らせる姿に驚きを見せるのは真一だ。
目元にかかる長い前髪、肩に垂らすみつあみ、特徴的な靴下……
「は、花房さん!?」
息を整えた彼女は歩み寄り、ポケットから取り出した物を手渡す。
「あの、これ……!」
「っ!?あっ、ありがとう…!」
ソレはちょうど今手元に無くて焦っていた紋陣の描かれたカードだ。
しかし何故彼女がコレを…?思わず疑問を呈するより先に、カードから青い影が浮かび上がる。
『何考えてんのよバカマツノキ!よりによってコレ忘れるとか頭おかしいんじゃない!?』
「イヤー、ごめんビィ……」
飛び出すように食って掛かるウミヘビのような姿にタジタジと目を細めて頭を掻きながら顛末を察すると、近くで緑の煙が爆ぜ、一つの影が佇んでいた。
身の丈140はあろう、齧りかけのドーナツを両手に持つ丸々と肥った蝿のような生物だ。
その姿に理駆が顔を顰め、他3人ももしやと彼の反応を窺う。
「とにかく僕が辿るから行くよ真一くん……ありがとね〜」
「ああ、だな。ごめん花房さん。ありがと、もう行くね?」
皆もありがとう、そう今一度投げ掛けてから、先導して飛び立つゼルブに続いた彼は立ち去っていく……
・・・
「なぁ理駆、言ってたのってアレだろ?」
……ああ、間を置いて答える彼に笑いながら夏騎は纏める。
「そういうことならアレだ斗真、迅兄の言ってた奴も心配ねぇと思うわ。」
「(従兄さんからざっくりとは聞いていたけど、アレが彼の力……)」
そうなのか?夏騎にキョトンと返す斗真に対し、新也は1人内心呟く。
マツノキさん……優輝はその姿に少し思うところを抱きながらもそそくさと立ち去っていく。
途中、何気なく弄ったポケットから何かの感触を抱いて取り出した……
ーー和泉アラタ……和泉アラタよ、聞こえるか……!ーー
んん……目を覚まし上体を起こすと、暫しボーっと景色を眺める。
明らかに自室とは違う物々しい雰囲気の環境。
目が冴えてくると、赤々とした光に照らされる岩肌のような場に自分がいることが解る。
なんやここ?アラタはボーっと周りを眺めていたが、
「ここだ……!」
その声が頭上から響いてくると気付くと顔を上げる。
...もっと見るぼんやりと浮かび見下ろす巨影はやがてその正体を鮮明にしていく……
真紅な顔には茂るような髭を生やし、派手な冠と装飾…アラタはその人物を知っていた。
「儂だ、和泉アラタよ。"閻魔"だ…!」
・
・
・
「えぇ……」
予想通りだったとは言え、やはり最初に出るのは困惑の声だ。
「待ってくれや、そもそもボクは死ぬような心当たりがあらへんよ。」
落ち着け、立ち上がりながら口を開く彼を制しながら閻魔は言葉を続ける。
「恐らくお前には新たなる特命を課せられる。その為に予め状況を話しておこうと思って臨時に呼んだのだ。」
そう彼は切り出した……
アラタ達の住まう世界と、母校・麻帆良学園が密接に関わっている所謂魔法世界や、閻魔のいる世界とがそうであるように、俗に異界と呼ばれる普段は決して交わらない世界同士を隔絶する『境界』と呼ぶべきものが世界には存在している。
しかしここ最近、この断絶されている筈の境界が度々破られては異界に住まう凶暴な魔物達がアラタ達の世界へと侵食してくるというのだ。
アラタも事件そのものは知っていた。
アラタが専門的に対応している超越不審者を始めとし、友人達が敵対している晶魔や晶人、ライダー怪人やEVILといった勢力に属さない異形達が度々街を騒がせては彼らに撃退されているのが現状だ。
「そういうことやったんやな。」
そこでだ。納得したように1人頷くアラタに対して閻魔は引き続き答える。
「多発地域でありお前の通う聖櫻学園と母校で親交ある麻帆良学園の魔法関係者達はこの現象が伴う魔力の歪みに対処する為、とある魔法生徒の聖櫻への派遣と、お前への協力を頼む運びとなったそうだ。ともかく、詳しいことは聖櫻の理事長が話してくれるであろう。儂もなるべく魔物の流出は食い止めておく。」
では、頼んだぞ!そう力強く言い放つと共にアラタを取り巻く空間が歪み、彼の意識もまた鎔けるように薄れていった…
『Ⅱ・特命』
「おはよー!」
翌朝、並んで歩いていた夏騎と鞠香に声が掛かる。
隣に並び立ったのは雛菜だ。
「あ、雛菜ちゃんおはよ。」
「おう、アラタの奴はどした?」
「なんか今朝、理事長先生に呼び出されたって言ってたしもうとっくに行ってるんじゃないかな?」
雛菜の応えに心当たりがあるのか、2人は眉をしかめながら返す。
「相変わらず大変そうだね。」
「大方最近出てるおかしなバケモノだろ?アイツはだいぶ便利に使われてる感じあるよな。」
「夏騎君も何度か会ったんだよね?」
「あぁ、今までに3、4匹くらいは見掛けたな。まぁそんなに苦戦もせずブッ倒せたけど……」
おーう!不意に一つの声が後方から響く。
「雛菜ちゃん、ナツ、鞠香ちゃんおはよー!」
・・・問題なのは、その声こそたった今話題に上がった張本人であることだ。
呆気にとられる3人をよそに、地面スレスレに低空飛行させたジェットボードに片足を掛け、スケボーのように滑走していたアラタは彼らに声をかける頃には既に追い抜いていた。
「あっ、あらたん!?」
「いっやー、呼び出されとったのに思っきり寝坊してもてなぁ〜〜〜っ!!悪りけど先行くわ〜!」
「アラタ〜、ドップラー状態で全然わからんぞ〜!」
夏騎にツッコまれながらも彼は滑走したまま遠方にある自販機目掛けて仮面と小銭を投げる。
小銭が入ると同時に仮面がボタンにぶつかって押され、更に鞭のように振るったブレザーの袖口が伸びながらペットボトルを絡め取ると仮面共々回収して去って行った……
「うん、アイツ前よりキレが良くなったな。」
「"アノ件"の後でもそういうとこは相変わらずだねぇ〜……」
「あらたん、特に大事じゃなければ良いけど……」
三者三様、束の間の嵐に感情を漏らすと再び歩を進めた……
|
|
・・・ざっけんなや。
昼休み、アラタは1人苦々しい顔を浮かべる。
なんとか理事長である武上 創士郎の指定時間に間に合わせはできた。
しかし、問題はその内容だ。
「結局理事長センセが全部説明してくれたやんけ、何しに来たんやあの閻魔……」
まぁともあれ、切り替えながらアラタは席を立つ。
閻魔や創士郎に促された通り、問題の『彼』と顔を合わせて詳しい状況を共有せねばなるまい。
そう思いながら教室を出ようとするが……
「・・・?」
不意に何かを感じ取ると、彼は窓から一飛びに駆け下りていった。
・・・当然、怒鳴る由紀恵や典子の声は届かない。
―――――――――――――――――――
「それでさぁ〜……ん?」
「うわ、ちょっと!?」
同刻、優輝は六花や未美と昼食をともにしていたが、不意に未美が借りていた真一の机の中からガタガタと暴れるような音が響き、六花が反射的に後退る。
「な、なんでしょう…?」
「意外とネズミとか飼ってたりして〜」
「ゴ…イニシャルGとかやめなさいよねっ!?」
それぞれがもらしながら、未美が正体を突き止めようと手を付けると、勢い良く飛び出した物が地面に落ちた。
「うわわ!?何今の!」
「ん?これって…!?」
ギニャー!?完全に虫と思って叫ぶ六花と対照的に2人は恐る恐るながらも正体に目を向けると、優輝は心当たりがあるようだ。
ソレは、黒い丸を中心に6色の丸が線で繋がれた円形の紋様らしき図形の描かれた1枚のカード。
更には……
ーーあのバカ何やってんのよ!?ーー
ーーまさか置き忘れちゃうなんてね。ーー
チカチカと青と緑の丸が点滅している妙な現象が発生しているではないか。
「な、なに、カード…?」
「あっはは、真面目そうに見えてこういうの持ってるんだねぇ。」
あのっ!不思議そうな顔を向けながら雑感をもらす2人に対して優輝は立ち上がる。
「多分、大事な物だと思うので私、届けてきます…!」
言うが早いかカードを拾い上げ、呆気にとられる六花とどこか可笑しそうに笑う未美に見送られながら優輝は教室を後にする。
・・・お昼休みだし学食に行ってるよね…?
そんなことを考えながら足早に向かっていると、
『あ、アンタ、やるじゃないっ。』
「っ!今の…!?」
不意に強気な女の声が耳に入り足を止める。
覚えのある声に思わずカードを見ると、
『まさかそこまで読み取れるなんてね…』
『やぁ、優輝ちゃんだったよね?』
先程見たようにカードに描かれた丸模様の内、青と緑が光り、今はソレに合わせるように響く声が聞こえていた。
もうひとつ、伸びやかでもったりとした喋り方の声が響く。
「えっと……たしかヴィア、さんと、ゼルブ、さん……?」
はぁ!?彼女の言葉にやや驚くような声を上げられ、思わず身を竦ませてしまう。
『アンタ、一回しか会ってないクセにこんなバケモノの名前が判るの!?どんな人間よ!』
「そ、そりゃ皆さんは……」
そこまで言いかけるが遮るようにゼルブが声を上げた。
『ヴィアも優輝ちゃんも、ソレどころじゃないよ!とにかく真一君を探さないと!』
暢気ながらもどこか焦りを感じる口調、優輝も思い出すだけでゾッとする出来事が蘇り、状況を察する。
「あのっ、多分学食だと思います!私が持っていきますから!」
『ありがとっ、多分近くなったら僕達でも辿れるからお願い!』
頷いた優輝は再び学食を目指して歩み出した。
「す、すみません。まとめたら重くて……」
「ったくマツノキ テメェこのヤロウほんとふてぶてしくなりやがったなぁ!」
「考えてもみろ、女の子1人でこの量を捌こうなんて酷だ。」
真一と優輝が運び出した古書物の束を脇に抱えつつ両手や角にも提げながらエレベーターを降りるターサに並びながら優輝は頭を下げる。
「でも、マツノキさん。さっきのどうやったんですか?この前はもっと時間が掛かってたような?」
ん?あぁ、恐らくは召喚のことか、笑いながら真一は応える。
「こういう平時にちょーっと呼び出すくらいならすぐできるんだ。まぁ、騒ぎを起こさないためにも術式を用いるまで能力は解放できないけどね。」
ただこの状態でも…言い掛けた口を閉ざす。
そんなこと彼女にはどうでも良かろうし、できれば関わらせないのが術者の義務な筈だ。
「騒ぎをって…、皆さんの見た目では目立ちませんか?」
...もっと見る「一応俺の術の範疇ならそういうモノを見慣れない人にも溶け込めるようにできるんだ。逆に晶魔とか怪人とか見慣れてる人にはそもそも誤魔化す必要は無いしね。」
あれ?彼の言い分に優輝は首を傾げる。
「でも、私は…?そういうモノがいるとは知ってますけどそこまで…」
「あっ…あー、ホラ。あん時は咄嗟の状況だったしね、そこまでやる暇はなかったんだよ〜」
「イヤ、つかじょーちゃんはそもそもオレ達より先に…「よせ、ターサ。」
「あ?あぁ…あ?オゥ、スマン……」
どこか歯切れの悪い真一にボソリとターサは言い掛けるが、きっぱりと彼は口を挟まれ思わず口を閉ざす。
…ったく、ニンゲンってのはやっぱムズいな、そんなことを内心に思いながら。
「イヤでもコレは使えるようになって本当に良かった。お陰であの時咄嗟にゴォルを喚べたからね。」
「だからってこんなことの為に喚び出してんじゃねぇ!」
歯噛みをしながら睨むターサをどこ吹く風と流す真一は目を細め口を尖らせながら感慨深げに1人顎に手を添えて頷く。
ゴォル…?ハッと優輝は思い出す。
熊のような巨体に捻れた大角を生やした紫色の生物ーー遊具から落下した彼女をクッションのように受け止めた、正真正銘の救出者だ。
そう言えば彼は途中ですぐに帰ってしまった?為に直接お礼は言えてないな…ふと優輝は考える。
ところで…、そんな真一の切り出しに意識を呼び戻された。
「なんだかアイドルの雑誌が多いね?」
へ!?そう言えば見られるとも思っていなかったから無防備だった、返答に困る。
「あ、えと…その…時々、気になることがあって、つい、見てて……」
人差し指を突き合わせながら言い淀む姿に、ふと初日の光景を思い出す。
…イヤ、恐らく地雷だろうしやめとこう。
なんだかんだ良好な関係になってきたのだ。
「オイ、コレで全部なら帰んぞ?」
「あっ、ありがとうございましたっ!」
そんなことを思っているうちに用事を終えたターサが姿を消し、礼を言った優輝と暫し歩いていると、彼女は不意に口を開いた。
「私、昔はジュニアアイドルスクールに通ってたんです…」
どうやらその頃、彼女の歌や踊りはひときわ飛び抜けていると講師や周りからも評されていたらしい。
だが、始めは楽しくて純粋に好きだったことも、段々と期待の視線という重圧に耐えられなくなり、いつしか目立つこと、人に見られることそのものすら怖くなってしまったと言う。
「だから由佳ちゃ…そこで知り合って聖櫻で再会した1個下の子以外は、私のそういう面は知らないんです。」
なるほどなぁ…小さな引掛かりを抱きながらも真一は目を細めて言葉を返す。
「それで、今はそういうことはどう思ってるんだい?」
「あっ、いえ。人前に出るのがダメってだけで、決してアイドルも、踊りも、歌も、イヤになったわけじゃ……!」
でもでもっ!詰まった言葉を押し出すように優輝は更に続けた。
思えば、彼女がここまで事細かに喋っている姿は初めて見るな、そんなことを思う。
「そんなのなんだか未練がましいみたいで、誰にも、言えなくて……」
そこまで言ってから、彼女はハッと自宅前まで来ていたことに気付く。
「マツノキさん、今日はその、ありがとうございました!すみません、見守りどころかお手伝いまでして頂いちゃって…!あのっ、良かったらうちで休憩していかれては…!」
そこまで言いかける優輝だが、ふと真一は着信に気付き断りを入れてから携帯電話を見る。
アラタからのトークだ。
『なーなー魔族くん、ゴブリンみたいなの見付けてブチのめしたからアレ頼むわ〜。場所は…』
「ごめんね花房さん。申し訳ないけど用事できちゃったみたい…」
はい…、目を細め、申し訳無さそうに笑う姿に複雑そうな表情で返す優輝。
・・・
「あのさ、さっきの話なんだけど。」
しかしまぁアラタなら、多少遅れても取り逃すようなヘマはしないだろう。
真一も一息吐き出して意を決すると口を開いた。
「距離を置いたことに対して、今でも雑誌とかで色々知ろうって気持ちがあるのはスゴいと思うんだよね。」
「・・・へっ!?べ、別にそんなっ褒められるようなことなんて…!」
彼の言葉に数秒黙していた少女が自分でも予想外に大きな声を上げ、慌てて両手を翳した。
それにさ…やっぱり言おうと内心頷きながら繋ぐ。
「掘り返すみたいでごめん。だけど、初めてキミの踊りを見た時、目が離せなかったんだ。」
「っ!!マツノキ、さん……」
名前を呼びかける顔からは表情は読み取れない。
いよいよ軽蔑されるだろうか、構わない。
「『見なかったことにする』なんてできなかったんだ。昔のキミを知らない俺でも惹き込まれた。なによりあの時の花房さんは見てきた中で一番いい笑顔をしていたよ。」
「な、なんでそんなに…」
「昔の友達しか知らないようなこと、わざわざ会ったばかりの…況してや男子に話してくれたよね?」
そ、それは…動揺と裏腹に取り乱さずにいられるのは、彼の穏やかな面持ちと口調故だろうか。
「そ、そんな風に言われるとは思っていなかったので…!」
だからさ…
「俺も今やってることは殆どお祖父ちゃんの影響でのめり込んだことだしさ。キミが手放したくないモノなら俺は応援していたいし、自分の『好き』を大切にしてほしいかな。」
そこまで言った時、またしても通知が鳴る。
大方彼の催促であろう。
「ごめんごめん。ポッと出のクセに好き勝手喋り過ぎたね。まぁキミの道なんだから一感想として流して。じゃあそろそろ行かないとマズいんでっ!」
あっ……思わず引き留めそうになった。
でも今口を開けば余計なことまで言うだろう、唇を噛んで抑え込む。
「マツノキさん……」
耳元で響く音はまた大きく、そして早くなっていた……
―――――――――――――――――――
「おぅ雛菜さん奈央さん、飯食おーぜー。」
「あっ、こんにちは…」
「ん〜?」
「あ、しろかちゃん、花房さん。」
学食、声をかけられた2人が振り返ると、優輝を連れたしろかが並び歩く。
他愛無い談笑をしていると、不意に聞こえてくるのは馴染みのある男子集団の声だ。
「なーなー魔族くん!なんかオレ『マツノキ』って聞き覚えあると思ったんだけどもしかしてアレか?『松の木 邦夫』!」
「っ!うん、お祖父ちゃんだけど。よく知ってるねぇ…てかキミも『魔族くん』かよ…」
「んまっ、オレはオカルト的なのとか好きだからなっ」
楓太の言葉に驚きながらも頷くとニッカリと得意気に彼は笑った。
「えっ、知ってるの!?」
「あぁ、まぁ曽良もペンネームならわかんだろ、『柳木 しなる』センセイだよ。」
なんと!?介斗の疑問に応える彼に驚きを見せるのは太一だ。
「柳木しなるセンセーと言えば国内外の妖魔怪異を探求しておられる高名な民俗学家にして怪奇小説家ですぞ!」
「えぇ…僕も名前なら聞いたことあるよ…!」
「いや〜なんや魔族くん、●木し●るセンセの孫やったんか〜」
「アラタくんなんで伏せ字入れた??」
グループで連れ立って歩く姿に呆れ半分にくすりと笑いながら雛菜はアラタに呼び掛ける。
「あらたーん、あまり疲れさせるんじゃないよ〜」
「わぁっとるってぇ。なぁつっちー!」
「ダッハハハ!エロイームエッサイム、エロイームエッサイム♪」
「さぁバランガバランガ僕らのっ、まーぞくくんっ♪」
「だから魔族くんゆーなっ!」
「槌野、アラタ、少しは静かにしてくれ……」
嵐のように過ぎる一行を淳が締めるように通り過ぎて行く。
まったく、苦笑いしながら雛菜が肩を竦める。
「すーぐはしゃぐんだから…」
「いやーでも私も魔族くんが来てから毎日ワクワクしっぱなしだぜぇ〜」
「もぅ、なんでしろかちゃんまで…」
あれ?雛菜が言いかけた時に抜けた声を出したのは奈央だ。
「花房さんどうしたの〜?」
見れば彼女は奈央と背中合わせになるように俯き気味で佇んでいるではないか。
しかし、奈央からの呼び掛けに我に返ったようだ。
「へ!?あれ、え、私、なんで…!?ご、ごめんなさい見吉さんっ!」
「あー良いの良いの。花房さん視線が苦手だもんねぇ〜」
気を取り直して席を探す雛菜と奈央、露骨に遠い目をするしろか、その後ろをつきながら優輝はひとり考える。
どうしたんだろう…、雛菜がアラタに呼び掛け、彼らがこちらを向いた時、反射的に動いていた。
ただ沢山の目線が向いたから、それだけではない気がする。
・・・彼、だ。
彼がこちらを見る前に、咄嗟に長身な奈央に隠れるように彼女の背に回っていたのだ。
いつも隣で会っているのに、どうしちゃったんだろう私……
「あ、また……」
まただ。日に日に大きく、早く、そして熱く……
耳元で鼓動が鳴り響いている。
『Ⅲ・なんだか不思議な感じ』E N D
ーー魔族『グシオン』の出現から翌朝、真一は何処か重い足取りで教室を目指す。
「(参ったなぁ〜。仕方無いとは言え、これから隣同士で過ごさないといけないわけだし…)」
複雑そうな表情で思い浮かべるのは隣の女子生徒の顔だ。
立場上、感覚が麻痺しがちだが彼女は非力でありながら命を脅かすような化物に出くわしたのだ。
そしてそれを撃退したのが同じような連中を引き連れた隣の転入生…いくら救われたと言えども流石に今後も変わらず関わりたい人間かと考えればまぁ恐らくNOだろう。
なるようにしかならない、か…目を細め、今一度溜息混じりに教室に入ると既に彼女はいた。
何処か上の空のような面持ちの彼女だが、真一がクラスメイト達に挨拶を交わしながら席に着くとハッと我に返り彼に顔を向けた。
「あのっ、おはようございます…!」
「ん!?あ、あ。おはよ……」
...もっと見るどうもこの縁はまだまだ途絶えないらしい。
少しは躊躇うかと思われていた優輝からの挨拶に逆に面食らった真一だが、彼女は構わずに言葉を続けた。
「えっと…昨日は本当にありがとうございました。まさか家まで送って頂いて……」
そんなことか、微笑みながら真一は返す。
「良いんだよ、あんなことの後だし、そもそも暗い道で女の子一人になんてできないよ。当然だろう?」
ーー結局、グシオンを撃退した後、彼や召魔(ファミリア)達の素性はなぁなぁに流しつつ、真一はすっかり遅くなってしまった彼女の帰路に寄り添うことにした。
流石に、化物に襲われたなどという経緯は話せなかったが…(というより下手に家族を心配させたくないという優輝の意向の方が強かったけど)
「あの、絶対にこの御恩は…」
「んじゃ串間、渋木、また昼になぁ〜!!おぅマツノキ花房チャンおはよぉ〜!!!」
「ちょっ、もう少しトーン落とそうよ…」
「あぁ、おはよ、槌野くん曽良くん。」
「アッ、オハヨゴザイマス……」
と、優輝が言い掛けるより前に楓太が飛び込んでいき、介斗が諌めるように続いた。
「ダッハハ、しかしマツノキくぅん、転入早々にずいぶん早いなぁ、イヤ感心感心〜!」
「ごめん2人共、とりあえずカバン置こうよ……」
豪快に笑う楓太を引っ張りながら、眉と頭を軽く下げて介斗が去って行く。
「・・・」
「おはよ花房さん、て、どしたの?」
「あっいえ!おはようございます、白水さん…」
暫しボーっと真一に目を向けていたが、六花に呼び掛けられ我に返る。
『Ⅲ・なんだか不思議な感じ』
「あっ、そう言えば行かないと…」
ある昼休み、そんなことを呟きながら優輝が立ち上がる。
「どしたの?」
突然の呼び掛けに顔を向ければ、半ば突っ伏すように難しそうな洋書に目を通している真一だ。
「あ、いえ。課題ノートの返却日で、係だから回収することになってて…」
それではっ、そう切り上げて教室を出る姿を暫し見送っていた真一だが、本を閉じるなりのそりと立ち上がった。
「俺も行くよ…」
え!?突如並び立たれた影に続けられた言葉に彼女は一層の驚きを見せる。
「そそっ、そんな!悪いですよ、況してやマツノキさんが来る前の提出物なのに…!」
「良いから良いから、もう一人は今日欠席の彼なんでしょ?」
「えぇ、まぁ…だからって…」
「相談もせずに一人で行った方が逆に心配されるよ。」
あぅ……のほほんと笑って流す彼は優輝の言葉に折れるでもなくひたすら彼女に歩調を合わせているではないか。
「失礼しました……」
職員室を後にし、隣で半数以上のノートの山を抱える少年にちらりと横目を向ける。
会って数日ながら、なんとなく彼のことが解ってきた……気がする。
大抵は目を細め口を尖らせながら、物思いに耽っているのか寧ろ何も考えていないのか、とにかくボーっとしていることが多い印象だが、何やら学術的らしき洋書を読んでいる辺り学もあるのだろう。
それでいて周りに無関心なのかと言えばそうでもなく、ぼんやりとした佇まいながらも柔らかな物腰で何かと周りを気に掛ける心優しい姿を見受けられる。
現にその恩恵を受けている最たる例が他ならぬ優輝自身だ。
そして……強い、只者ではない。
この学校にもある獰猛な生物を仕留めるハンターという制度(学科?)や凶暴な変質者と取っ組み合っている隣のクラスの和泉アラタ等、優輝はその手の…言ってしまえばバイオレンスな事情は全く解らないが、彼も間違いなく前二者のようなスジであろう。
一歩間違えば自分がどうなっていたかも判らないーー今でも思い返すと背筋が凍えるような出来事を経て、今の自分が在れるのは間違いなく彼のお陰だ。
得体の知れない悍ましい怪物に目を付けられた時、松の木真一は駆け付けてくれた。
自身は拳銃を構え、7体のーー襲った者とは違い随分デフォルメの効いたマスコットのような可愛らしい生物を引き連れて総出で彼女を護ってくれた姿と背中越しの凛々しい声を、暗がりの中気に掛けてくれた柔らかな笑顔を今でも鮮明に覚えている。
あと、普段は彼らを呼び出すカードに宿っているのであろうその生物達からーーどうやらこの声は少なくともクラス内では優輝と真一にしか(実際にはあと2人くらいいるけど)聞こえていないらしいーーあれこれとどやされ急かされては参ったような表情でフラフラと教室を出てく面も度々見かける辺り、やや抜けているところもあるようだ。
詰まる所、お人好しと言ったところか。
甘えすぎだよね、思わず俯いた。
「ありがとうございますマツノキさん。お礼もできていないのに。」
良いんだってば、いつものように目を細めた穏やかな面持ちであっけらかんと笑いながら彼は返す。
「寧ろ、俺の方こそお礼がしたくてさ…」
え?感謝されることなど何もできていない筈だと真一の言い分に首を傾げるも、彼が差し出してきたのは手当の跡がある手の甲だ。
初日の件を踏まえ、翌日慌ただしい姿を見せた真一が気に掛かった優輝は、弟妹が怪我をした時の為ポケットに常備していた消毒液と絆創膏を思い出し、返却日の本を返した帰りに偶然会った真一の怪我を見付けて応急処置をした、それのことだろうか。
そ、そんなのっ!思わず反射的に語気が強まってしまった。
「何もしていないようなものですし、寧ろ貴方が助けてくれたからこそ…!」
穏やかに首を振りながら彼は遮る。
「久し振りだったんだ。長い付き合い以外で誰かが心配してくれるのって。いつもはゼルブの毒をデモスの電撃で変質してから治癒魔力として打ってもらってるんだけどね。」
え?いつもは、魔法で…?となるとやはりアレは先走りと言うかお節介と言うか……思わず表情が曇ったろうか、少し慌てた真一は訂正混じりに言葉を繋ぐ。
「あ、イヤ!あのね、それはそれで勿論感謝してるんだけど、それがいつものことだと思ってたから、その…」
目を細めながら頭を掻いてから一息吸うと彼は微笑み、
「嬉しかった、だからありがとう。」
「っ……!」
また歩を進めていった。
・・・
ほんの一瞬、立ち尽くして彼の背を見る優輝の耳元で何かの音が大きく響いた気がした…
「花房さん?」
「ひゃ!?はいっ!」
―――――――――――――――――――
『マツノキ。 アンタ、入 れ 込 み 過 ぎ 。』
休日の昼下がり、懐で刺々しい声が響く。
さぞやじっとりとした眼差しを翠に光らせながら言っていることだろう。
「そうは言ったって、あんなことがあったんだ。一度目を付けられたら何が嗅ぎつけるかも判らないよ…それに、俺がもっとしっかりしてれば…」
そー言って!頭を掻きながら目を細める真一に声・ヴィアは遮る。
『もう何回も見回ってんじゃねーの!なぁによアンタ、しっかりしてればつって、私らの捜索力の低さでも当てつけてんの?』
んな訳無いだろっ!思わず語調が粗くなり、彼は懐からカードを取り出す。
「お前達がいなかったらそれこそ最悪な結果になってたよ!ただ、あの子はきっと…」
『ハァ!?今まで襲われたヤツにそこまで考えたことある?』
『んもぅ、ビィちゃんたら落ち着いてぇ〜。』
『デモス、ニコニコしてんじゃねーわよ!ったく!』
カード上で青く光っていた丸に加わりピンクの光も点滅しだす。
『良いじゃんこのまま見てればさぁ〜』
『フンッ、色ボケが…!』
勘弁してくれ、トホホと溜息をつくと、不意に声が掛かる。
「やっぱり、マツノキさんっ!」
ゲゲゲッ!?まさに話題に直結する声が呼び掛けられ、彼は咄嗟に飛び退く。
「はっ、花房さん!ゴメン、誤解されても構わないから一先ず通報、だけはっ…!」
「・・・へ?」
日頃ぼんやりとしている彼がいつになく慌てふためく姿に、しかし優輝は首を傾げる。
真一は今、彼女の居住マンションのある一帯を訪れていた。
他ならぬ彼女が先述の通り一度襲われた手前、他の魔物に目を付けられるリスクがあるのではないかと考えており、万一を考えてはつい家まで送ったのを機に念を入れて巡回ルートに組み込んでしまうのだ。
とは言え…
「さ、流石にキモいよね?ごめんごめん」
「いえ!寧ろそんなに心配して頂けるなんて、嬉しい、です…!」
予想を上回る朗らかな笑顔に、真一はバツ悪く目を細めて口をすぼめた。
ところで今は何しているのか聞いたところ、どうやら古紙回収日だったらしく、彼女は纏めた雑誌や古本を出しているところだったらしい。
うーん…
「家族は?」
「あっ、父は急用があって、母と弟妹はお買い物行ってて…良いんですっ、私も今日なの忘れてましたし私物の方が多いので…!」
「うん、キミは優しすぎるね…」
もぅ、貴方が言いますか…?そう思わず口元が緩む彼女をヨソにカードを取り出し、パチリと右手で指を鳴らし、
「"ターサ"」
ボンッ、一言呟くと共に赤い煙が爆ぜ、大きな影が迫り上がってくるではないか。
「キタかぁ、あのサルヤロー以来暇してたんだァ!で、どこだマツノキィ!?」
拳を叩き合わせながら上機嫌に笑う臙脂色の巨漢・ターサだが不意に違和感を抱き、
「あっれ?オイ点かねぇぞ?」
視線を向けた先ーー頭頂に生やす深紅の大きな角が焔のような輝きを灯さないことに気付く。
「あっ、ターサさん。こんにちは…」
「あ?オマエあん時の娘ッコ。どういうこった?」
疑問符を浮かべるターサの胴をポンと軽く小突きながら目を細めた真一は笑い掛ける。
「ゴメン、ちょっと手伝って。」
「・・・」
※
「ホォオオオ!!ひぃらけぇえ!!」
とある山中、一人の人影が搾り出すような声とともに手を高く翳し、力みながら濁ったように黒い気配を漂わせ…
おぉ!?目の前にヒズミが現れ大きな影が身を乗り出してくる……
「こやつならどうじゃね!?」
視線の先、もう一人は腕を組みながらその光景を眺めていた。
はしゃぎ気味に呼び掛ける主が感嘆しながら振り返る。
杖をバタバタと振りながら指し示す先ーーたった今"無"から姿を顕したのはさながら大きく逞しい黒馬…だが、体の各所は鱗が備わっており、どことなく竜というか麒麟のようにも見える、そんな異形の姿だ。
...もっと見る「イィイ!!フルルーッ!!」
突如"こちら側"に迷い込んだ異形は粗く息巻きながら長い首で足元を見下ろした。
佇むのは一人の青年ーー細身をスーツに包んだ、ホストやファッションモデルを思わせる美麗な男だ。
風で煽られるウェーブがかった髪を軽く指ではらいながら相手を見返す表情は至って冷静…それどころか異形を前にしても顔色一つ変えず喜怒哀楽を感じさせない面持ちはどこか相手をつまらない者と見下すような風情すらある。
フルルーッ!!たとえ獣のような思考と言えどもその態度は伝わるようだ。
黒馬はいきり立ちながら飛び上がり、青年を踏み潰さん勢いでその蹄を振り下ろす。
しかしなお彼が慌てふためくこともなくサングラスを外し一歩も動かぬまま妖艶な目で異形を見据えると奴はピタリと動きを止め、
「この私を知らないということも無いのだろう?"ガムギーネ"よ…」
「フルッ、ルルルル……!!」
抑揚が薄いながらもどこか諭すような問い掛けと視線に気圧された黒馬・ガムギーネはすごすごと座り込み、まるで背に騎手を迎えるように青年を促す目線を返した。
「ふむ…まぁ、悪くはないか…」
ガムギーネに歩み寄り、数度首筋を撫で回した青年が跨ると、奴はすくりと立ち上がった。
「のーのー」
と、割って入った声は先程ガムギーネを呼び寄せた男ーー地につきそうな程の白髭を生やし、紫色のローブと鍔の大きな円錐帽を着けた、如何にもファンタジーの魔導士を思わせる風格の老人だ。
「本当にこんなこと続けてたら儂は究極の力に目覚めるのかいのぅ?」
なんだそんなことか、青年は呆れたように首を振りながら答えた。
「あぁ、現にキミは境界を崩し魔族を呼び寄せる、禁忌に近い術を使ってのけているではないか。」
おぉそうかそうか、彼の言葉に満足したように老人は笑い、懐に手を入れ、
「キヒヒ、こうして儂のスゴさを思い知らせれば流石の『カレ』も弟子入りしたくなるじゃろう。元々既に実力で名を広めている少年を弟子として教えたとなれば、儂は名実共に偉大なる魔法使いとなれるんじゃぁ……!!」
触れる感触ーー忍ばせている果物を確かめながら野望に思いを馳せては品の悪い笑い声を浮かべる。
「(全く、私に協力するなら優雅な所作を身に着けて欲しいものだな……)」
そんな様を見て、青年は眉間に手を添え肩を竦めた。
とは言えども折角得られた駒だ、今は少しずつでもコトを進めていかねばなるまいか。
「まぁ、せいぜい励み給え。この世界に君臨すべき"神"の為にな…」
そう言い残し彼がガムギーネを軽く小突くとひとつ嘶きながら地を蹴り、駆け上がるように空中へと躍り出て駆けていく…
それを見た老人も杖を背に差すと箒……を括り付けた一輪車を木陰から引っ張り出すなり跨って続き、オーラを纏い勢いをつけると、どこぞの宇宙人との友情映画よろしくに飛翔し共に飛び去って行った……
「・・・」
深夜2時、アパートの窓辺に腕と脚を組んで腰掛けるフェシルは月夜を眺めていた。
いつも自信に満ちて高笑いを響かせる顔を顰め、鋭い眼差しを月に向けているではないか。
「ふぁ…喉渇い…アンタまだ起きてたの?」
不意に声を投げ掛けられ振り返る。
自身に絶対の確信を持って生きる自分とは真逆に卑屈な同胞の言葉は随分と滑稽なものだ。
「そもそもキサマらが人間共の"夜"に毒されすぎているのだ。少し考え事をな…」
相変わらずのどこか嘗めたような語調に少し眉間を寄せるヴィアだがしかし、どこか神妙な顔をしていると読めるくらいには長い付き合いなのだ。
「アンタのことだし、こーゆー時なら真面目なことなんでしょ?」
フム、物分りは良いな…そうほくそ笑みながら彼は応える。
「ここ暫くの魔族侵出の件、何者かの介入は間違い無いと見てきたが、いよいよ確信に近づいたと思っていてな。」
「へぇ……まっ、なんだかんだ私らで一番魔力高いのアンタだもんねぇ。」
で、なんだっての?続けて促された問にフェシルも一息つきながら口を開いた。
「"奴"だ。忌わしきアヤツめの気配が微少ながらも少しずつ流れてきている……」
睨むような険しい面持ちで吐き捨てる姿にヴィアはどこか驚いたように返す。
「え、ヤツって、アイツ?でも確か……」
ああ、言い掛けるヴィアを遮るように肯定を示しながらフェシルは続けた。
「だからこそであろうな。どうにか手引を得て今件を引き起こし着実に…という算段であろう。だがまぁ我としてはその方が叶ったりだな。あの怨嗟を忘れたことは片時も無い……!」
拳を握りしめ、力強く歯噛みをしながら吐き捨てる普段からは見受けられない姿に
「思ったより深刻な感じになりそうなのね。まぁそもそもアンタがマツノキに協力してるのもそっから始まったし……アイツも何かしらは勘付いてるのかしらね、だからあの子にも煮え切らない態度取って……」
複雑そうな目を向けながら応えるヴィア、しかし落ち着きを取り戻したらしいフェシルは小さく笑うと窓を降り鍵を締め言葉を続けた。
「安心しろ。松の木 真一は我が優秀なる眷属が筆頭。このフェシル、君主としてその伴侶たり得るオンナも災禍から護ってやろうではないか…」
アンタ……腕を組んで反り返る姿に数秒感心したように黙するヴィアは……
「その喋り方さえやめればねー…」
ボソリと吐き捨てた……
※ ※ ※
好きにしてくれて構わない、そう促すなり真一は本に目を通し、優輝はそわそわと部屋の内装や本棚を拝見する。
やはり難しそうな洋書がそれなりにある……ともあれお互いどうもぎこち無い空気が漂っていた。
ふと、真一を見れば本の脇にはペンやノートが広がっているではないか。
恐らく彼なりに色々と纏めた内容なのだろう。
やっぱりこの活動が好きなんだな、優輝は一人思う。
言わなきゃ、彼女は胸に手を添える。
しろかに無理を言い、況してや住民である真一に断りも入れず家を訪れるという無礼まで働いたのだ。
...もっと見る「あ、あの、ですね。マツノキさん。」
「ん?何かあった?」
本を閉じ、こちらに顔を向ける姿に何を言うべきか、暫し考える。
まずは…
「今日は勝手に押しかけて本当にすみませんでしたっ!」
「あー、それは別に良いよ。寧ろ俺だって結果的にキミの家を知ってたわけだし、暫くウロウロしてた訳だしさ。」
それは、貴方が私を守るためにしてくれたことだから…頭を掻きながら困ったように笑う彼の姿に唇を噛む。
だからこそ、伝えるべきなのだ。
「いつもいつも、気に掛けてくれてありがとうございます。今日はどうしてもそのお礼がしたくてお邪魔させて頂いたんです…」
だから、その……一息ついてから緑色が目立つトークアプリの画面を携帯電話に開くと彼女は差し出した。
「私は頼りないと思いますし、どれ程お力になれるかわかりませんが、もし困ったことがあったらどうか頼ってくださいね。」
え…口を尖らせた真一は気まずそうに頬を掻く。
「そこまで考えてくれなくたって良いよ、そもそも今までだって教科書のこととか学校施設のこととか怪我のこととかずっと助けられてるし、俺みたいな奇怪な奴関わらないに越したことは無いと思うし…」
いえっ!!大きな声と共に、優輝はテーブル越しに身を乗り出してきた。
「貴方は私の…命の恩人です!今でも思うんです、あの時マツノキさんがいなかったらって……」
不意に立ち上がり、こちらに背を向けるように窓から外を眺める優輝の姿の弱々しさに、真一はまた身体の奥底を刺激されたように感じた。
それに…、彼女は振り返った。
「私達を守るために頑張ってくれる貴方を、私自身が支えたいって思っているんです。マツノキさん、私に諦めかけていた好きなことを大事にして欲しいって応援してくれましたよね?だから、私も先程お祖父様の話を聞いた時、同じように貴方を応援したいと一層思ったんです!」
「花房、さん…」
まただ、まっすぐな瞳に真一は言葉を詰まらせた。
時たま彼女からは力強さを感じる。
あぁ、そうか。真一は思う。
自分が魔族に襲われた優輝を心配に思うように、彼女もまた魔族を射つ立場にあり時には怪我も負う自分を心配してくれているのだろう。
「ありがとう、お言葉に甘えるよ。これからも暫くキミのお世話になるかもしれないから、その時はよろしく。」
彼の言葉に優輝は口元を緩め、そして笑顔を見せる。
「ハイ!こちらこそお願いしますっ!」
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――――――――――――
――――
「あの、マツノキさん。何か困ったことってありませんか?」
数日経った放課後、廊下で優輝がそんな声を掛けてくる。
とは言うものの、学園生活も慣れてきた手前、あまり手助けがいるような事象が浮かんでこない…
あっそうだ、そこまで考えてからふと真一は思い出す。
「近くの喫茶店とかカフェとか良いとこ、あるかな?どっちも同じか。」
カフェ?首を傾げた優輝はすぐに笑顔で手を叩く。
「はい、知ってますよ。でしたら今から…」
そこまで言いかけるが、すぐに彼女は紅潮した頬を隠すように口元に手を翳す。
知り合って間もない友人、況してや男子だ。
そんな彼と一緒にカフェへ?
二人きりで?
「(そ、そんなの流石に目立つし、それに…!)」
「どうかした?」
どうしよう?不思議そうに目を細め、頭を掻く真一を前にして答えに困る。
頼ってほしいと想った手前、反故にはできない…そんなことを考えていると、不意にドヤドヤと後ろから圧に似た喧騒が迫り、
「おぅなんや魔族くん、喫茶店探しとるんか〜」
「この辺でもめっちゃ良いとこ2つあるぜ魔族くぅん!」
「しょっ、商店街もまだ見たこと無いよね?」
「アラタくん、槌野くん、曽良くんっ?ってちょっ!?」
驚いた顔を見せる彼はすぐに数人の男子に囲まれて流されるように歩きだしてしまう。
ポツリ…一人その様子を見る優輝はぼんやりと思う。
確かに女子と二人きりとなれば気まずいだろう、ただカフェに行きたいだけならあっちの方が…
「どった優ちゃん?」
「行くんでしょっ?」
へ!?不意に呼び掛けられた声に俯いた顔を上げると、悪戯っぽく笑うアラタとウィンクを向ける雛菜だ。
「っ!…は、はいっ…!」
促され、慌てて続いていく。
「なんや雛菜ちゃん嬉しそうやな。」
「いや〜、あらたんも成長してるんだなってのを強く感じられてね。」
「なんやねん、誰のお陰や思うとるんよ。」
「ふふっ♪」
前で笑い合う2人をどこか羨ましそうに見ながら笑みをこぼす…
「うるさくてすまんなマツノキ。オイ槌野、アラタ、商店街行ってもアレやんなよ…?」
「酒屋に至っては最近すっかりフータ氏とアラタ氏を見るだけで鬼のように不機嫌になりますからなぁ〜」
「おいおい、ひろしは最初っからボクら見ると鬼のように不機嫌やろ〜」
「ダッハハ!ところで串間、島田チャンは?」
「用事あるってよ。」
談笑の中、ふと真一は影に目を向ける。
雛菜が優輝の手を引き、然りげ無く背を押して彼の隣を歩かせたのだ。
互いに見合って笑うがしかし、真一は内心先日を思い返し、薄ら苦い感情を拭えずにいた…
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「・・・花房さん……」
貰ったケーキの店を知りたい、という建前でゼルブに気遣うように付き添われて優輝が帰り、窓から歩き去る後ろ姿を見送っていると、不意に聞き飽…聞き慣れた笑い声と共に襖が開く。
「フッハハハ!恩義を果たし忠義を尽くそうとする…非力な人間にしては殊勝なその心意気、気に入ったぞオンナよ!良かろう。このフェシル、君主として我が眷属が筆頭・松の木真一に娶られることを快く認め「るーちゃんどいて〜」ドワァアッ!?」
腕を組み、反り返るような仁王立ちで声高に語るフェシルだが程なくデモスが光輪を雑に掴むと後ろ手に寝室へ投げ飛ばして入れ替わるように飛び出す。
「デモスキサマァアッ!!」
「だっせ……」「バーカ…」
声を荒らげるフェシルを嘲笑うようなターサとヴィア、そんな様を気に留めずデモスは真一に駆け寄り、アラタとしろかも続く。
「よぉよぉ魔族くん。転入してから思ったより色々あったんだなオイ。」
「ハハッ、魔族くんも隅に置けへんな。」
「いっや〜!んもぅ、あんだけ魔族学に熱中してた真一くんからここまで良い匂いがしてくるなんてっ!デモス感激ぃ〜〜♥」
いししと笑いながら肩を叩く2人と目を輝かせながら矯声を上げて身を捩らせるデモス。
「そんなんじゃないさ…」
待てよ、目を細めた彼は一息つきながら言った。
「確かに力強さを感じるとこもあったけど、多分あの子は元々メンタルが脆い。だから死にかけるようなトラウマに遭って、そんな時俺に助けられて…、きっと自分の中の恐怖と安堵とが入り混じって感情が整理できなくてまだぐちゃぐちゃしてるだけなんだよ…」
彼の言葉に、あまり興味の無さそうだった他のファミリアすら手を止め口を閉じて耳を向けていた。
それにさ…どこか苦い面持ちで真一は続ける。
「…わかるだろ?もし万が一仮にデモスの言う通り、優輝ちゃんに俺への感謝以上の感情があったとしてさ。俺はただ異変解決の為に一時的に聖櫻まで送られてきて、解決したらまたすぐ麻帆良に戻るんだ。無責任な態度なんて取れない……」
「・・・」
「魔族くん……」
「あーたねぇ……」
「真一くん…」
「マツノキ、アンタ…」
でも…、ふと真一は思い出す。
『傷は放っておけば深くなりますから。』
以前優輝に言われた言葉だ。
その通りだ、ならば……
「魔族が出てきた次元のヒズミのように、彼女が味わった恐怖も俺が消さなきゃならんだろうね。」
彼は言うと再び記録を取ったのであろうノートと万年筆を取り出し、
「その為にも、もっと俺ができることを、ね…」
そう締めながら分厚い本を取り出すと何かを調べるようにページを開きメモを取っていく。
そんな真一の姿に…
「(愚か者め、アレだけの目に遭いながら我らに関わり合おうなど強靭にも程があろうが……)」
「(今思いっきり"優輝ちゃん"言うたな)」
「(イヤ"優輝ちゃん"は草)」
「("優輝ちゃん"だなんて、真一くんたらぁ♥)」
「(フン、なぁにが"ユーキチャン"だって。アンタとっくに無責任よっ……!)」
まだ、彼らの心は届きそうにはなかった……
『Ⅳ・多分、手遅れ』E N D
「ところで魔族くん、なんで喫茶店行きたいん?」
「え!?えーっと……」
イヤまぁ理由なんてなんとでも言える、しかし優輝にあんなことを言った手前だ、変に繕うのもバツが悪い。
ハラを決めるように真一は頭を掻きながら一息ついて口を開く。
「・・・好き、なんだよね。クリームソーダ(;θ3θ)」
「いやなんで言うの躊躇った???」
ーー真一がそうであるように、松の木家は魔法使いの家系であり、当然邦夫がその職で名を上げているのも同様の背景があってこそだった。
彼は魔法使いとしての力を用いて当世界も異界も問わず様々な怪魔を調査探求し生態を解き明かし、知識を深め、そして広めていった。
孫の真一は幼少よりそんな彼が見ている世界に同じく魅せられ、魔法関係者としてその功績を活かせるスキルを磨けないかと考える。
そして行き着いたのが人畜を害する異形が姿を顕せば邦夫の記述を元に立ち向かう退魔の道ーーその中で銃を扱う銀弾の射手だったらしい。
「でも、数年前にちょっとした転機が訪れたんだよね。」
真一は紅茶を飲んで一息つく。
松の木邦夫は生涯現役と言わんばかりにピンピンとしていた男だ。
しかし如何に活力に満ちていても老いる時は老いる。
邦夫も今までのように自ら異界等に出向き、異形の者を知ろうという活動には限界を感じており、身を退くことを決意した。
...もっと見るそれ自体は仕方無いし自然なことだ、孫としてはこれからはゆったりと過ごして欲しいーーそんな想いを抱く一方で真一はぼんやりと…ある種一つの時代が終わるかのような寂寥を抱いていた。
「お祖父ちゃんがまだ見たことない奴を見せてあげることってできないのかな、って、そう思っていたんだ……」
そうして彼は思い立った。
『相手をこちらに呼び出せれば、情報どころか本物を見せられるのではないか。』
思えば中学生らしい理想論だが、当時の真一は名案だと信じ込み、そして召魔士ーー即ちサモナーの道を歩む決意をした。
結果は…今語った通りの甘言だった。
そもそも銀弾を扱う者など、魔物からすれば最も本能的に信頼できる筈が無い天敵だ。
まずは肩慣らしと、異界の中でも特に力が弱かったり、無邪気だったりと言った種が多い低層から祖父の記述にもある魔族を手懐けようとしてもダメだった。
また、邦夫とて魔法を駆使して場を切り抜けつつ調査をしてきたと言えどもサモナーだった訳ではないからコツなどを聞きようも無かった。
『無理をするな、気持ちだけでも嬉しい、これからの魔族学はお前達が自分で切り拓いてくれれば良い』
「そんなことを言ってくれたけど俺はなんだか諦めたくなかったんだ。そうやってバカなりにあれこれ試行錯誤してた時、お祖父ちゃんはひとつの話を切り出してくれたよ。」
それは、邦夫が旅の道中、異界の低層で出会った7匹の下級魔族のことだった。
驚くほど野心を持たずマイペースに生き、自由に暮らしているが下級魔族の中では強力な者、或いは野心と実力を持ちながらも低層に甘んじて燻っている者。
そんな彼らから人間は珍しいと言い寄られ、持ち前の社交性で打ち解けてから気に掛けていたらしい。
サモナーを本気で目指すならまず彼らを教育するという意味でも契ってみないか、そんなことを邦夫に持ち掛けられ、彼はあの悠々自適な7人に出会った。
彼らはあまり銀弾使いということに抵抗は無いらしいが、それでも我の強い面々が多く始めはうまくいかなかったが交流を経て、そして元々仲良くなった邦夫の孫というよしみもあって今は契約関係に落ち着き、互いに信頼できる良好な仲になれたと言う。
「それで今は銀弾使いつつもサモナーやってるってわけ。まっ、俺の生き方に指針をくれたお祖父ちゃんへの恩返しのつもりが逆にでっかい恩をもらっちゃった感じだね…」
「なるほどなー、あのファミリア共、子悪魔みてぇな顔してもやっぱ魔族だし長命なんだなー。」
「やな、しかしこないだ組んだデモスちゃんは普通に強かったし多分アイツら当たりデッキやと思うわ。打ち解けまでしてまうあたりやっぱ柳木センセはすげーんやな。」
雑感を溢すしろかとアラタに複雑そうな笑みを見せていると、ふとなんとなく優輝に目を向ける。
俯き気味で黙する彼女だが、前髪越しに見える目は随分と真剣に見える。
恐らく、アラタ達ならともかく常人からすれば与太話にさえ聞こえる混沌としたこの経緯を理解しようとしてくれているのだろうか。
不意に優輝は顔を上げ、紅茶を一飲みすると口を開いた。
「ありがとうございます、お話してくれて。やっぱり、マツノキさんのお話のことを全部は理解できませんでした、ごめんなさい…」
でも…、眉を下げる彼女だが何かを思うと言葉を繋げようと口を開いた。
「お祖父様の為に諦めず頑張れるのって、とても素敵だと思います。」
んっ…彼女なりに思ったのであろう所感を告げられ、思わず息を呑む。
「よ、よしてくれよ。勝手に魔族学に興味持って暴走しただけの、ただの自己満足だよ。」
ううん!彼女は力強く首を横に振った。
「お祖父様にも一緒にこれからも新発見をしてもらいたいんですよね?この間私と話した時言っていた、お祖父様の影響でのめり込んでることなんですよね?なら、それだけ大好きなんでしょう?お祖父様も、築き上げた記録も…!」
顔を上げ、まっすぐと力強く見つめる姿に体の奥底を刺激されるような感覚があった。
アラタとしろかも、力強い彼女の語調に真剣に聞き入っているようだ。
「だから、お祖父様は貴方にあの子達を託してくれたんだと思います。知ることができて、良かった…」
「花房さん……」
優しく微笑む彼女に真一はたじろぐ。
普段の自信を持てず儚げな表情はよく知っている。
だが大切なことに打ち込む時には眩しいくらいの笑顔を秘めていることも知っている。
それでもまだまだ彼女は自分が知らない表情を持っているようだ…
と、2人互いの手の甲同士を軽く打ち合わせたアラタとしろかが立ち上がった。
「さてと、そしたら本題は魔族くんの術式のことだなー」
「やけどまっ、それはキミのファミリア達から教えてもらうから2人は好きにしとって〜」
え!?優輝と真一が同時に驚きの声を上げる。
「召喚術のことやったら術者よりも対象の方が詳しいことわかるかもしれへんしなぁ〜」
「優輝さんだって私らがいたら折角ここまで来たのにおちおち言いたい話も言えんだろー、てわけでデモスお願いー。」
「ふふっ、おっけー。それじゃっ」
「えっ、えっ…?」「あ、ちょ!?」
ごゆっくり〜!!!3人口を揃えて一言残すなり有無を言わせず寝室へ入り襖を閉めてしまった。
・・・暫し呆気に取られたような沈黙が続いた。
※ ※ ※ ※
さてと、襖を閉め、視線がチラホラとこちらに集まる中、デモスはアラタとしろかに向き直る。
「じゃあまずは術式について、だけど……勿論ソレどころじゃないよねぇ〜?」
悪戯っぽくウィンクを向ける彼女に2人も思わずコクコクと頷く。
横目を向ける先は案の定襖の向こう側だ。
「だよねぇ、ビィちゃんもっ♪」
ハァ!?既に水から上がり、然りげ無く端の襖にもたれていたヴィアが声を荒らげる。
「バカ、違げーわよ!そんなんじゃなくてシレッと変なこと言い出さないか…!」
はいはいはーい!慌てて声を荒らげる彼女に取り合うでもなく無理矢理切り上げたデモスは再び人間2人に向き直った。
「だから真一くんとかアタシ達の事は手短に紹介していくよ〜」
よろしく、そう促す2人に目を輝かせながら口を開いた。
松の木 真一の主たる戦法は拳銃と召喚術だが、後者にも様々な形式があるらしい。
1つは『念を込めて名前のみを呼ぶこと』だ。
まず前提として彼らファミリアは現に寝室で寛いでいるようにコチラの世界でも自ら出歩くことはできるが、平時には騒ぎを起こさぬように魔力を封じられている。
この詠唱は真一の目が届く任意の場所に対象を呼び出すことができ、人数制限が無いことが強みだ。
魔力を使えないのならばあまり重要ではないかと言えばそんなことはない。
寧ろ始動キー無しで即座に示した場所へ喚び出せるこの力は、危機が迫った者を救出する際には不可欠であり、実際に先日襲われた優輝は他ならぬこの術で召喚されたゴォルに受け止められる形で一命を救われたのだ。
「まっ、アイツは結構好き勝手に使おうとしてきやがるけどなっ!」
そう愚痴を溢したのは大柄な赤鬼モドキ・ターサだ。
また、この場合でも制約付きながら彼らの力を使わせることはできる。
『吾、汝が一時の力を解き放たん』
そう真一が始動キーと共に詠唱することでファミリア達は臨時的に力を取り戻せるのだ。
但し臨時は臨時であり、本来に比べれば威力が低く、加えて真一の実力もあって効果の割に魔力の消費が大きいという欠点もある。
後述の事情と併せて言わば、あくまでも「時間稼ぎ」の為の術と言うべきだろう。
では、真一が使うもので最も強力な術は何かーーそう、アラタが先日見た通りだ。
『汝、吾に応え給え』
この詠唱によってカードの紋陣より7人は万全の状態で姿を顕し敵ともまともに渡り合うことができる。
しかし、これ程の効果を齎す魔術には、真一自身のサモナーとしてレベルもあり多くの欠点を伴っているのだ。
一番の問題が、単に詠唱をするだけでは喚び出すことはできない。
彼の場合は、まずファミリアと感覚を共鳴させるオカリナを吹くことで魔力や術としての精度を高めねばならず、また、発動と共に他の魔術の効果を解き、魔力のリソースを全てこの術に注ぐ必要があるのだ。
当然、オカリナを奏でる間の真一は無防備となる。
そもそも彼とて射手としての腕は高く、本来はそんな隙を晒してまで喚び出す必要性はあまり感じないだろう。
しかし、相手が大勢いる場合や、今回アラタ達と共に組んでいる事件のような時、この力は最も重要となる。
特に今件の場合、真一はコチラ側に現れた魔族を封じることで次元のヒズミを解消することが最重要案件なのだ。
『汝、在るべき門扉へ還り給え』
真一はその術で敵を封じる際に、相手が共鳴する紋陣を描くことで展開できる。
当然コチラも無防備になってしまう都合、彼が妨害されずに遂行するには、ファミリア達に前線を張ってもらう必要がある。
その為には彼らを魔力万端で喚び出すこととなるが、それすらも先述の通りオカリナを奏でる必要がある為、完了するまでの時間稼ぎとして臨時の魔力を与えて自分を護ってもらわねばならないのだ。
「松の木真一も始めは一人呼び出すのが精一杯だったがな、弛まぬ修行を経て今では3人まで呼び出せるようになった。流石は我が眷属筆頭であるな。あのカードも我ら全員の紋陣を暗記しソラで速写できるようになったあやつへの我なりの労いで贈呈したモノだ。」
得意気に笑うのは黒いファミリア・フェシルだ。
彼らはそれぞれが特化した魔力を持っており、『暗黒と明光を扱うフェシル』『火焔を扱うターサ』『水氷を扱うヴィア』『念動を扱うゴォル』『嵐風を扱うモマ』『毒を扱うゼルブ』『雷電を扱うデモス』を状況に応じて喚び出す形を取っているようだ。
「まぁ、アタシ達の事情はこんなところだね。」
「キサマらもこの我らと協力しようと言うならそれ相応に己を磨くことであるな、フッハハハ!」
「おっせやな。とりあえずボクの技も手短に教えとくか……」
フェシルの露骨な態度を雑に笑い流しながらアラタも自身の戦法を手短に話す。
それよりも、既にアラタもしろかもデモスも(あとヴィア)意識はリビングに向いているのだ…
「いよいよ今日は魔族くんチ行くんやったな。そういや住所見てねぇや。」
学校を終え布団の上で寝そべっていたアラタは、メッセージに送られていた詳細を思い出し開く。
が、すぐに顔を顰めた。
「あっれ?この住所……?」
『Ⅳ・多分、手遅れ』
「ったく、なんやねん。」
アラタは目的地に辿り着くと頭を掻いて吐き捨てる。
そこはよくよく見知った質素なアパートの入浸り先……の、隣の部屋のドアだ。
...もっと見る「よぉ、シドーが話回してアイツの滞在中この部屋取らせてくれたんだとよ。」
「そーゆーの先言っといてくれやつまら……おぉ!?」
悪戯っぽく笑いながら到着したしろかの言葉に首を振って呆れるが何かに気付くと思わず声を上げる。
まぁ気を取り直し、彼らは呼び鈴を押す。
「ちゃーっすガス代でーっすー。」
「魔族くん居るのは判ってるんすよーー」
2人してドアをノックしながら口々に言うと、やがてガチャリと開き1人の影が出迎えた。
「あーアラタくん、と、貴女がしろかちゃ、ん?……わわわぁ〜!!」
「おうデモスちゃん。」
迎えた影ーーデモスは一同を笑顔で迎え、何かに気付くと目を煌めかせて感嘆するが、すぐに2人から目配せを受けると口を噤み、
「まぁま、とりあえず上がってねぇ〜」
「メリーオジャマシマス〜♪」
クスクスと3人笑いを噛み殺しながら部屋に入る。
大体勝手知ったる領也の部屋と同じ構造、特に迷うことも無い。
が、彼の姿は無い。
「魔族くーん…デモスちゃん、どこ?」
「うっふっふ〜、こっちこっち〜」
問われたデモスが笑いながら指し向けた先には襖を閉めた隣の寝室だ。
ガラガラと彼女が開ける、と…
まず目に付くのは部屋の中央だ。
「すぅー、すやぁー、すぅー……」
鎮座するように寝そべり、いびきを漏らすのは捻れ角の生えた藤色の大きな生物。
「おや?来たか……」
その背には脚を組んで腰掛け、頬杖を突きながらワインを啜る黒い姿だ。
部分的に鋭角があるシルエットは如何にも悪魔(というより虫歯菌にも見える)然としているが光輪と翼を備えたどこか神々しい佇まいをしている。
身長は100cm前後と言ったところか。
「っだぁ!!ザケんなクソッ、ムリゲーじゃねぇかァ!」
「うっせーわよ、キレるくらいならやめなさい!」
部屋の隅でゲームをイジるもうまくいかないのか喚く角が生えた臙脂色の巨体、向かいから悪態をつくのはタライの水に身を浸したヒレのある群青色のウミヘビらしき生物。
「よう来たのぉ、カッカッカ……!」
また別の一角でまず目に付くのはファンタジーでよく見る金縁の茶色い宝箱から山と見える珠玉の財宝だ。
上では王冠と指輪を着けた四つ眼の黄色い鳥がこちらに目も向けず指輪を付け替えては満足げに笑い、
「買い足しとかないとなぁ……あ、お客さん?」
ずんぐりした緑色の蝿が口に萎み切ったホイップ袋を2本咥えたまま片手に新品を持ち台所から戻って来る。
一面に広がる混沌がそこにはあったのだ。
まぁ日頃晶魔だの怪人だの見てきた身の上だ、況してやマスコットのようにポップな容姿の愉快な生物などさして驚くものでもない。
ところで肝心の真一はと言えば…
「ん?あー、2人共いらっしゃーい。」
藤色の巨体ーーゴォルの脇腹に立て掛けるように下半身をほぼ直角にもたれ、床に投げ出した上半身はこちらに目もくれずに洋書を読み耽っているではないか。
脇にはシワ付いた学ランズボンが乱雑に潰れている。
「うっわ、キミこれはアカンやろ……」
「マジか魔族くん…」
「んまぁあれこれ考え事してる時はいつもこうだからね。ちょっと待ってて。」
返しながらも依然目を細めて口を尖らせながら暢気に本のページをめくる彼は状況に気付いていないのだろう。
しかし流石に来客なのだ、栞を添えた本を閉じるなり身を起こそうとするが、そこで彼は改めて4人に目を向けた。
「・・・え?」
ようやく理解したようだ。
ニコニコと佇むデモス、苦い笑みで頬を掻くアラタ、手の甲を添えた口元は明らかにフき出すのを堪えているしろか。
そして……何かの袋を手に下げモジモジと気まずそうに佇む少女ーー気付けばすっかり顔馴染みとなったクラスメイト。
「すみません、あの、お邪魔してます……」
・・・
「えちょっ、は、花房サンンン!?」
ガバリと立ち上がった彼は上擦った叫びと共に一瞬にして近くの壁に跳び退いた。
下はステテコ一枚、上はタンクトップ丸出しでヨレた学ランを羽織ったまま…これでは恥の上塗りだ。
「ごめんなさい、お呼ばれしてないのにっ!」
「あ!?いいいいや、俺の方こそごめん!ちょっまちょ待ってて!?」
この体たらくと言えども一応ははだけて普段よりは露出的な姿の男子相手だ、謝る彼女は必死に紅い顔を背けているようだ。
「ちょっ、3人ともこっち来い…!」
優輝に適当に座るよう促してからある意味元凶たる、バカデカい笑い声を響かせる男女3人を彼女から極力遠ざけてキッチンの片隅に引っ張って行った…
「キミらどういうつもり!?」
いつになく語気を荒らげた真一に引き攣りながら苦笑いを浮かべる2人だが、やがてしろかは言う。
「いやー実はウチらここ来るって話したら聞かれてたみたいでさ?」
彼女が言うには、放課後ふと優輝から声を掛けられ、なんだと思えば、
『この後、マツノキさんの家に行くんですよね?』
『んー?まぁそだけどー』
『お願いします、無茶も不躾も承知ですが私も行かせてくださいっ!』
とのことだ。
「んでまぁよぉ、普段自分を主張しないあの子から熱烈に言われちまったもんだしー、流石のしろかちゃんも折れちゃったーみたいなー?」
そ、そうか…目を細め頭を掻く真一はどうやら経緯そのものは納得してくれたようだ。
「でもさぁ、それにしたって事前に連絡くれよ!?」
「いやー言わないだろ、ぜってーおもしれーのに。」
「ボクも部屋の前で合流して知ったしな〜」
だからって!普段の振る舞いとはかけ離れていつになく声を上げる姿に2人堪えきれずまた笑いだしてしまった。
「アラタくんはせめて知った時点でメッセージくらい入れても良かったろ!」
「ぷはは!言うたってあんな本読み耽っとったのにすぐ反応できたんか?」
そ、それは……途端に口籠るが切り替え、キッともう一人に目を向けた。
「デモス、お前もお前だ!一緒になって趣味悪いよっ!」
頬に手を添え、ハート(エネルギー体?)を撒き散らしながらキャーキャーとはしゃぐ彼女に指を突きつけるが、
「だぁってぇ〜そりゃ2人共ノリノリだったしぃ〜モニタリングみたいで楽しそうだったんだもぉん♪」
コイツはコイツで対話不能か、最悪だ……
やれやれと溜息を吐き出しながらもまぁ人が来るのにろくすっぽ準備もしていなかった自分自身も大概だしここまで言うならさっさと自分で出迎えるべきだったのだ、気を取り直すと彼は3人を連れリビングへと戻る。
ゴォルさん…眠りこける巨体を撫でて優輝は微笑む。
「あの時は本当にありがとうございました。」
「すぅー……」
そう言って柔らかな毛並に触れる彼女だが、話が済んで戻った真一達を見ると慌てて立ち上がる。
「あ、マツノキさんとデモスさんも、これ!和泉さん達も、無理言ったお詫びにどうぞ…」
そう優輝が促した先ーーテーブルにはケーキが置かれているではないか。
なんだと寝室に目を向ければ、他6人が既に思い思いに戴き物のケーキに手を付けているではないか。
「わぁい、ありがとっ♪」
椅子に座るなり遠慮なくフォークを取るデモスに対して、真一は礼を言いながらも未だに落ち着かない様子でぎこち無く座る。
ともあれ、事故りはしたがいい加減本題に入らねば。
アラタとしろかを促した彼は、一息ついてから口を開いた。
「んまぁ、そうだね。まぁ俺が専門的に使う魔法は…」
ちょい待ち、秒速で腰を折る男・和泉アラタ。
「それよりまず何があってこんなことやっとるんかの話してや。」
え?彼の言い分に首を捻る。
「何を言っているんだい、俺がどういう戦術やスタンスでやっているかを共有できればそんなんどうだって良くないか?」
「エエやん、せっかく優ちゃんもおるんやし。」
「わわっ、私、ですか…?」
そーそー、困惑する彼女にしろかも同調するように返す。
「わざわざアノ優輝さんがオトコの部屋オジャマしたがるくらいなんだからそういうの聞いときたいよねぇー?」
「それはっ!あ、あの、えと…」
オイ…、いつになくくぐもった声を上げたのは真一だ。
「やめろキミ達。花房さんに目線で圧かけるなよ。」
「あっ、いえ大丈夫ですっ、すみませんっ!私も、ちょっと、気になります…!」
鋭い目をアラタとしろかに向けるもすぐに優輝から放たれた肯定的な言葉に思わずたじろぐ。
「そら気になるやろ、シルバーバレットなのに魔族使いで、しかも連れてるのが正直皆強そうにゃ見えへんゆるキャラとくりゃよ。」
「シルバー?なんのことでしょう?」
「あぁ、西洋には満月の闇夜に不死身のような無敵を誇る狼男や吸血鬼すら撃ち抜く『銀の弾丸』って伝承があってねー、それに倣って悪魔祓いとか魔物退治とかやる手合がよく使うんだとよー」
疑問を浮かべる優輝にしろかが耳打ちした。
うーん、困ったように唸るのは真一だ。
「まぁ話しちゃマズいもんでもないけど、花房さんには荒唐無稽過ぎるというか……」
「構いません。あんなことがあって、皆さんに助けられて、それでも何も解らない方がイヤなんです、すみませんさっきから無理ばかり……」
そう控えめに語る姿に暫し黙する。
でもまぁこちらだって彼女の深いところまで聞く形になってしまったのだ、これぐらい教えるのがスジだろう。
「わかった、キミが知りたいなら話すよ。」
「すみません、ありがとうございます…」
目を細め、笑いかけると彼女も顔を綻ばせ、両脇ではアラタとしろかが期待に満ちた目を爛々と輝かせていた。
「イヤお前らはウザいッ!!」
「まぁアラタくんには言ったし、ナスノさんも聞こえてたろうけど、俺のお祖父ちゃん『松の木 邦夫』は妖怪とかモンスターとか魔族とかの調査やら怪奇小説やら書いてる民俗学家且つ作家でね。ペンネームの『柳木 しなる』なら聞いたことくらいはあるでしょ?」
勿論、優輝ちゃんも居合わせていたので知っています。
ともあれ彼はそう切り出した。