「いよいよ今日は魔族くんチ行くんやったな。そういや住所見てねぇや。」
学校を終え布団の上で寝そべっていたアラタは、メッセージに送られていた詳細を思い出し開く。
が、すぐに顔を顰めた。
「あっれ?この住所……?」
『Ⅳ・多分、手遅れ』
「ったく、なんやねん。」
アラタは目的地に辿り着くと頭を掻いて吐き捨てる。
そこはよくよく見知った質素なアパートの入浸り先……の、隣の部屋のドアだ。
...もっと見る「よぉ、シドーが話回してアイツの滞在中この部屋取らせてくれたんだとよ。」
「そーゆーの先言っといてくれやつまら……おぉ!?」
悪戯っぽく笑いながら到着したしろかの言葉に首を振って呆れるが何かに気付くと思わず声を上げる。
まぁ気を取り直し、彼らは呼び鈴を押す。
「ちゃーっすガス代でーっすー。」
「魔族くん居るのは判ってるんすよーー」
2人してドアをノックしながら口々に言うと、やがてガチャリと開き1人の影が出迎えた。
「あーアラタくん、と、貴女がしろかちゃ、ん?……わわわぁ〜!!」
「おうデモスちゃん。」
迎えた影ーーデモスは一同を笑顔で迎え、何かに気付くと目を煌めかせて感嘆するが、すぐに2人から目配せを受けると口を噤み、
「まぁま、とりあえず上がってねぇ〜」
「メリーオジャマシマス〜♪」
クスクスと3人笑いを噛み殺しながら部屋に入る。
大体勝手知ったる領也の部屋と同じ構造、特に迷うことも無い。
が、彼の姿は無い。
「魔族くーん…デモスちゃん、どこ?」
「うっふっふ〜、こっちこっち〜」
問われたデモスが笑いながら指し向けた先には襖を閉めた隣の寝室だ。
ガラガラと彼女が開ける、と…
まず目に付くのは部屋の中央だ。
「すぅー、すやぁー、すぅー……」
鎮座するように寝そべり、いびきを漏らすのは捻れ角の生えた藤色の大きな生物。
「おや?来たか……」
その背には脚を組んで腰掛け、頬杖を突きながらワインを啜る黒い姿だ。
部分的に鋭角があるシルエットは如何にも悪魔(というより虫歯菌にも見える)然としているが光輪と翼を備えたどこか神々しい佇まいをしている。
身長は100cm前後と言ったところか。
「っだぁ!!ザケんなクソッ、ムリゲーじゃねぇかァ!」
「うっせーわよ、キレるくらいならやめなさい!」
部屋の隅でゲームをイジるもうまくいかないのか喚く角が生えた臙脂色の巨体、向かいから悪態をつくのはタライの水に身を浸したヒレのある群青色のウミヘビらしき生物。
「よう来たのぉ、カッカッカ……!」
また別の一角でまず目に付くのはファンタジーでよく見る金縁の茶色い宝箱から山と見える珠玉の財宝だ。
上では王冠と指輪を着けた四つ眼の黄色い鳥がこちらに目も向けず指輪を付け替えては満足げに笑い、
「買い足しとかないとなぁ……あ、お客さん?」
ずんぐりした緑色の蝿が口に萎み切ったホイップ袋を2本咥えたまま片手に新品を持ち台所から戻って来る。
一面に広がる混沌がそこにはあったのだ。
まぁ日頃晶魔だの怪人だの見てきた身の上だ、況してやマスコットのようにポップな容姿の愉快な生物などさして驚くものでもない。
ところで肝心の真一はと言えば…
「ん?あー、2人共いらっしゃーい。」
藤色の巨体ーーゴォルの脇腹に立て掛けるように下半身をほぼ直角にもたれ、床に投げ出した上半身はこちらに目もくれずに洋書を読み耽っているではないか。
脇にはシワ付いた学ランズボンが乱雑に潰れている。
「うっわ、キミこれはアカンやろ……」
「マジか魔族くん…」
「んまぁあれこれ考え事してる時はいつもこうだからね。ちょっと待ってて。」
返しながらも依然目を細めて口を尖らせながら暢気に本のページをめくる彼は状況に気付いていないのだろう。
しかし流石に来客なのだ、栞を添えた本を閉じるなり身を起こそうとするが、そこで彼は改めて4人に目を向けた。
「・・・え?」
ようやく理解したようだ。
ニコニコと佇むデモス、苦い笑みで頬を掻くアラタ、手の甲を添えた口元は明らかにフき出すのを堪えているしろか。
そして……何かの袋を手に下げモジモジと気まずそうに佇む少女ーー気付けばすっかり顔馴染みとなったクラスメイト。
「すみません、あの、お邪魔してます……」
・・・
「えちょっ、は、花房サンンン!?」
ガバリと立ち上がった彼は上擦った叫びと共に一瞬にして近くの壁に跳び退いた。
下はステテコ一枚、上はタンクトップ丸出しでヨレた学ランを羽織ったまま…これでは恥の上塗りだ。
「ごめんなさい、お呼ばれしてないのにっ!」
「あ!?いいいいや、俺の方こそごめん!ちょっまちょ待ってて!?」
この体たらくと言えども一応ははだけて普段よりは露出的な姿の男子相手だ、謝る彼女は必死に紅い顔を背けているようだ。
「ちょっ、3人ともこっち来い…!」
優輝に適当に座るよう促してからある意味元凶たる、バカデカい笑い声を響かせる男女3人を彼女から極力遠ざけてキッチンの片隅に引っ張って行った…
「キミらどういうつもり!?」
いつになく語気を荒らげた真一に引き攣りながら苦笑いを浮かべる2人だが、やがてしろかは言う。
「いやー実はウチらここ来るって話したら聞かれてたみたいでさ?」
彼女が言うには、放課後ふと優輝から声を掛けられ、なんだと思えば、
『この後、マツノキさんの家に行くんですよね?』
『んー?まぁそだけどー』
『お願いします、無茶も不躾も承知ですが私も行かせてくださいっ!』
とのことだ。
「んでまぁよぉ、普段自分を主張しないあの子から熱烈に言われちまったもんだしー、流石のしろかちゃんも折れちゃったーみたいなー?」
そ、そうか…目を細め頭を掻く真一はどうやら経緯そのものは納得してくれたようだ。
「でもさぁ、それにしたって事前に連絡くれよ!?」
「いやー言わないだろ、ぜってーおもしれーのに。」
「ボクも部屋の前で合流して知ったしな〜」
だからって!普段の振る舞いとはかけ離れていつになく声を上げる姿に2人堪えきれずまた笑いだしてしまった。
「アラタくんはせめて知った時点でメッセージくらい入れても良かったろ!」
「ぷはは!言うたってあんな本読み耽っとったのにすぐ反応できたんか?」
そ、それは……途端に口籠るが切り替え、キッともう一人に目を向けた。
「デモス、お前もお前だ!一緒になって趣味悪いよっ!」
頬に手を添え、ハート(エネルギー体?)を撒き散らしながらキャーキャーとはしゃぐ彼女に指を突きつけるが、
「だぁってぇ〜そりゃ2人共ノリノリだったしぃ〜モニタリングみたいで楽しそうだったんだもぉん♪」
コイツはコイツで対話不能か、最悪だ……
やれやれと溜息を吐き出しながらもまぁ人が来るのにろくすっぽ準備もしていなかった自分自身も大概だしここまで言うならさっさと自分で出迎えるべきだったのだ、気を取り直すと彼は3人を連れリビングへと戻る。
ゴォルさん…眠りこける巨体を撫でて優輝は微笑む。
「あの時は本当にありがとうございました。」
「すぅー……」
そう言って柔らかな毛並に触れる彼女だが、話が済んで戻った真一達を見ると慌てて立ち上がる。
「あ、マツノキさんとデモスさんも、これ!和泉さん達も、無理言ったお詫びにどうぞ…」
そう優輝が促した先ーーテーブルにはケーキが置かれているではないか。
なんだと寝室に目を向ければ、他6人が既に思い思いに戴き物のケーキに手を付けているではないか。
「わぁい、ありがとっ♪」
椅子に座るなり遠慮なくフォークを取るデモスに対して、真一は礼を言いながらも未だに落ち着かない様子でぎこち無く座る。
ともあれ、事故りはしたがいい加減本題に入らねば。
アラタとしろかを促した彼は、一息ついてから口を開いた。
「んまぁ、そうだね。まぁ俺が専門的に使う魔法は…」
ちょい待ち、秒速で腰を折る男・和泉アラタ。
「それよりまず何があってこんなことやっとるんかの話してや。」
え?彼の言い分に首を捻る。
「何を言っているんだい、俺がどういう戦術やスタンスでやっているかを共有できればそんなんどうだって良くないか?」
「エエやん、せっかく優ちゃんもおるんやし。」
「わわっ、私、ですか…?」
そーそー、困惑する彼女にしろかも同調するように返す。
「わざわざアノ優輝さんがオトコの部屋オジャマしたがるくらいなんだからそういうの聞いときたいよねぇー?」
「それはっ!あ、あの、えと…」
オイ…、いつになくくぐもった声を上げたのは真一だ。
「やめろキミ達。花房さんに目線で圧かけるなよ。」
「あっ、いえ大丈夫ですっ、すみませんっ!私も、ちょっと、気になります…!」
鋭い目をアラタとしろかに向けるもすぐに優輝から放たれた肯定的な言葉に思わずたじろぐ。
「そら気になるやろ、シルバーバレットなのに魔族使いで、しかも連れてるのが正直皆強そうにゃ見えへんゆるキャラとくりゃよ。」
「シルバー?なんのことでしょう?」
「あぁ、西洋には満月の闇夜に不死身のような無敵を誇る狼男や吸血鬼すら撃ち抜く『銀の弾丸』って伝承があってねー、それに倣って悪魔祓いとか魔物退治とかやる手合がよく使うんだとよー」
疑問を浮かべる優輝にしろかが耳打ちした。
うーん、困ったように唸るのは真一だ。
「まぁ話しちゃマズいもんでもないけど、花房さんには荒唐無稽過ぎるというか……」
「構いません。あんなことがあって、皆さんに助けられて、それでも何も解らない方がイヤなんです、すみませんさっきから無理ばかり……」
そう控えめに語る姿に暫し黙する。
でもまぁこちらだって彼女の深いところまで聞く形になってしまったのだ、これぐらい教えるのがスジだろう。
「わかった、キミが知りたいなら話すよ。」
「すみません、ありがとうございます…」
目を細め、笑いかけると彼女も顔を綻ばせ、両脇ではアラタとしろかが期待に満ちた目を爛々と輝かせていた。
「イヤお前らはウザいッ!!」
「まぁアラタくんには言ったし、ナスノさんも聞こえてたろうけど、俺のお祖父ちゃん『松の木 邦夫』は妖怪とかモンスターとか魔族とかの調査やら怪奇小説やら書いてる民俗学家且つ作家でね。ペンネームの『柳木 しなる』なら聞いたことくらいはあるでしょ?」
勿論、優輝ちゃんも居合わせていたので知っています。
ともあれ彼はそう切り出した。