「あそこっ!!」
「・・・"ゴォル"ッ!!!」
意識が落ちる刹那、声が響くと共に優輝を迎えたのは硬い地面でも況してや想像を絶する痛みでも無く、ぼふりと受け止める柔らかなクッションのような感覚だ。
「・・・え?」
予想外の出来事に暫し声が出なかった優輝は喉を絞るように疑問を浮かべる。
何事だと横目に彼女を救った正体を見やると、一面の紫色だ。
…?身を起こし、離れてその全貌を確かめると、更なる驚きに見舞われる。
...もっと見る「なっ…何、これ……!?」
そこにあったのは随分大きな2メートルはあろう紫色の物体ーーいや、生物のようだ。
「すぅーすやぁー、すぅーー……」
水牛のような頭角を備え、どことなくヒグマを思わせる顔立からいびきを響かせるソレは、短い四肢を広げずんぐりとした身体で大福のように寝そべっているではないか。
状況からすればもう一匹の怪物と言った風情だが先程の存在のような害意は感じない……
……そう言えばと思い直した彼女は振り返る…と、一人の少年が例の異形と対峙しているのが見えた。
ファンタジーの魔法使いのようなローブをはためかせ、後頭部からは玉ねぎのような髪癖が目に付く……
「あ、貴方は!?」
呼び掛けるより先に『彼』は相手から自分を遮るように片手を翳しながら口を開く。
「"デモス"、彼女をお願いっ!」
はいはーい!場に合わない明るい声が響くと何かの影が隣に立ち、迫りくる異形に取り出した拳銃から銃声を2発響かせる。
胸元に銀色の光を受け、怯む姿を見届けると
「"ゼルブ"、悪いが少し頑張ってくれ!」
「おっけーい。」
四角く見えるほど分厚い本と蝋石を取り出し指示を出した彼に答えるように何かがブンと音を立てながら件の異形へ向かっていった。
対照的に彼は書物と蝋石を地におろし、一枚のカードを眼の前に置くなりオカリナを取り出すではないか。
「て、転入生の、マツノキ、さん…?」
「いやぁ〜、まさか貴女が…偶然ってあるものなんだねぇ!」
へ!?状況を整理しようとした矢先に投げ掛けられた声に振り向くと、恐らくデモスと呼ばれた者が楽しそうな笑顔で佇んでいる。
寒さも本格化した時期に黒いビキニのみを纏ったふくよかな胸元と長髪が目を引く女性的なシルエットーーしかし全身の肌はピンク色であり、額から突き出た一本角や背の小さな黒い羽根、便宜上髪と呼んだ部位も厳密には触手のように枝分かれした皮膚の延長のような風体…彼女も間違い無く異形の類いだろう。
「あの……これは…?」
「良かったぁ〜。あの子がアイツのにおいを辿ってくれたから間に合ったんだよぉ〜」
理解が追いつかない優輝の疑問に、デモスは微妙にズレた答えを提示する。
あの子?目を向ければ先程真一の指示で異形に向かった存在、たしかゼルブと呼ばれていたか…
赤く丸い目と緑の丸っこい身体にアンバランスな枝のような四肢、そして背の羽根を鳴らしながらウロウロと飛び回る姿はさながら丸々と肥った蝿だ。
人間の子供くらいはある全長がその異様性を証明している。
「貴女達は、一体?」
肝心の真一はオカリナを奏でており、ゼルブは腹を膨らませてから口元をすぼめ、一気に濁った色の霧のようなものを異形目掛けて吹き付けた。
その霧はやがてモヤモヤと蚊柱のような軌道を取りながら相手に纏わりつき、奴は苦痛を抱くようにバタバタと手足を振り回す。
「どうなっているんですか…?」
「ゼルブちゃんはねぇ、食べた物をお腹で熟成発酵させることで毒を造れるんだよぉ。あの霧は羽虫状にすることで相手を刺して確実に毒を送り込めるの。」
当然のように解説するデモスに呆気にとられる優輝だが、依然として真一が吹き続けていたオカリナの音色が止んだことに気付き彼に目を向ける。
と、彼はカードに向けて突き出した両手の指で上下の順に三角形を作り、
「『グリモワース・バランギスーー汝ら、吾に応え給え、"Ⅱの契・ターサ"、"Ⅲの契・ヴィア"』!!」
瞬間、カードが輝き、赤と青の光が強烈に発生するなり2つの影が躍り出た。
と、入れ替わるようにゼルブがオーラのように纏っていた緑色の光が消えるなり、こちらに向かってふらふらと飛来してきた。
同時に優輝を受け止めた巨影ーーたしかゴォルと呼ばれていた彼?も姿を消し、ゼルブとデモスが彼女に寄り添っていた。
「危ないとこだったねぇ。」
近くに置かれていた箱を開けるなりホールケーキをおにぎりのように手掴みで取り出したゼルブが一口に齧り付く。
二色の光を見届けた真一は書物を開くなり蝋石で地に線を引いていくではないか。
「あの……私、何が何やら……?」
ん?もちゅもちゅと咀嚼を続けていたゼルブは飲み下すなりのんびりと口を開いた。
「あぁ、ここまでくればもう大丈夫だよ、頑張ったね。」
「あ゛ー……あ゛ぁ゛あ゛!!!」
ひっ!?突如憤慨のように声を荒らげるゴリラらしき異形に思わず竦み上がるが、腕を振り上げながらズカズカ駆け寄ってくる奴に2つの影が組み付いた。
「グーッハッハァ!!待ってたぜぇ、オレ様は暴れられりゃなんだって構わねぇ!!」
「あ゛ぁ゛あ゛!!!」
ひとつは臙脂色のずんぐりとした巨体だ。
頭頂から聳える一対の角に焔のような輝きを宿し、肩の孔から煙を吹き出しながら奴に掴みかかると相手を押し返す荒々しい姿はさながら大鬼と言ったところか。
「ったく。バカ言ってねーでさっさと終わらすわよ!」
答えるのはもうひとつの正体だ。
鮮やかな群青色の蛇だろうか、しかし頭と尾の周りに一対のヒレを備える姿は水棲の印象を受けるーーそんな異形がトゲのような硬質に覆われた尾の先端で敵に突きかかった。
「ンだとぉ!?折角なんだから楽しませやがれェ!どいてねぇと怪我するぜヴィア!?」
「あ゛ー!?あ゛ーー!!」
炎を纏った拳を握りしめた影ーーリアクションからしてターサであろう存在が吼えるように答えながら敵に殴り掛かると奴はよろめきながらも踏み止まり、再度ターサ目掛けてその拳を振り下ろした。
「キレが悪りぃな?クソバエの毒が随分効いてるじゃねえか!!」
こちらも横面を殴り付けられるも持ち直し、やはり掴み掛かって応酬を始める。
「ちょっ、こんな場所で暴れんじゃないわよ!スティングレーシャ!!」
仰け反ったヴィアはその口から勢い良くツララ状のトゲを吹き付け、ターサに気を取られていた異形の足に突き刺さるなり呻きながら身体をよじらせた。
「あ゛ー、あ゛ーーー!!」
気味の悪い声と共に苦悶を訴える異形にニュルニュルと絡み付いたヴィアが手を(無いけど)緩めずに顔まで近づくと、
「フローズンミスト!!」
口から吹き付けた冷気に堪らず暴れ、顔を抑えながら地団駄を踏み出す。
その隙を逃さんとターサも胸ぐらを掴むと容赦無くその顔を燃え盛る拳で何度も打ち据えた。
「あ゛っあ゛っあ゛ぁ゛……!」
「そらそらそらァ!!」
相手をしっかり掴んだまま顔目掛けて口から炎を吹き掛けると奴もいよいよ躍起になって四肢を振り回すように抵抗する。
「ターサ、ビィ、ありがとう。もう良いぞ!」
不意に響いたのは真一の声だ。
見れば蝋石で何かの紋陣を描き終えたらしい。
それを見届けたターサは異形を担ぎ上げ、中央に投げ込む。
「あ゛!あ゛ぁ゛、あ゛っ!!」
真一は落ち着き払った様子で奴に突き出した両手を翳すと先とは逆に下上の順に三角形を囲むように作りながら彼は一息吸ってから言い放つ。