※ ※ ※ ※ ※
「それにしても広いな……」
ーー何言ってんだか、麻帆良も大概じゃないの……寧ろ学校らしい施設しかない分親切でしょ。ーー
「まぁそれはそうなんだけどさ〜」
昼休み、暫く世話になる学舎の勝手を知っておこうとあれこれと施設を回りながらボヤく。
ついでに問題の気配も探っておこうと辺りを見回しながら真一は歩を進める。
……特に異常は無し、まぁ当然か。
聞いた話ではあるが…
「何でも聖櫻は猛者の集まりだって聞くからね。」
...もっと見る特に目につくのがハンター学科と呼ばれる人々だ。
実際、真一が麻帆良学園で属する魔法関係者との縁もあり、何かと会合で居合わせる面々にはこの聖櫻を含めたハンター学科生もチラホラと見かける。
更には今どき都市伝説として広まっている『リアル仮面ライダー』も発祥はこの聖櫻と聞くし、何よりも『彼』がいる。
恐らくアイツらのことを解ってはいなくとも、打ち倒すだけなら申し分の無い布陣だろう。
とは言え、今回彼が課せられた件で特に大事なのは『その後』の役割だ。
仮に彼らが一先ずの問題を解決させたなら、真一はその後に備えた行動を取らねばならない。
「でもまぁ俺もまだまだ未熟者だし、現場でも無きゃなかなか見つからないよねぇ~」
たははと一人で苦笑を漏らしながらまぁぼちぼちやってくかと内心にまとめると、
「流した涙はっ、強さになるから…♪」
…ん?不意に聞こえるのはか細い声で口ずさむ鼻歌のようだ。
それとともに聞こえるのは小気味良い靴音……
「なんだろ……」
ーーちょっと、やめときなさいよ。なんかやな予感するわよ。ーー
思えばここは現在昼休みは使われていないプール施設の裏手だ、そういう意味でも気になった真一はふらりと建物沿いに歩き、角を曲がると顔を出す。
「限界を超えて…!」
…視線の先、両手を勢い良く広げながらポーズを取り、
「照らすよShiningーRay!♪」
一つステップを踏み掲げた手を頭に添える。
ふわり、一本のみつあみが風に靡いた。
「すっ…すご……」
思わず息を呑む。
こんな場所を選ぶくらいだ、恐らく何も無かったように去るべきだったのだろうが、彼は思わず見入ってしまった。
相手が一応は知ってる顔だったのもあるが、それ故に今朝と大きく印象のかけ離れた身軽な動きだったからなのだろうか。
オドオドとしていた彼女から見せられる笑顔だろうか。
ともかく、真一は場を後にすることを考えていなかった。
それを知らずか一息ついた彼女だが、不意にビクリと身震いを一つさせると、まさに少年が佇む方向に振り向くではないか。
あ゛……真一が引き攣ると、彼女も表情が強張り、蒼白とした目元が次第に滲んでいた。
「あっ…え?うそ……ま、マツノキ、さん…?」
「あ、えーっと、その……」
震わせる口元から絞り出すような声、見れば足元も崩れそうなほどに震え上がっているではないか。
そんな姿にはこちらもなんと対応して良いかわからない。
とにかく落ち着かせよう、そう一歩踏み出した時、
「ご、ごごっ、ごめんなさいっ!ごめんなさいごめんなさい…!!」
歩み寄るより先に彼女はぎこちないながらも俊敏な足取りで横を抜け、一心に呟きながら走り去っていくではないか。
「あっ、ちょっ、待っ……」
ーーやめなさい、バカッ。だから言ったのに…!ーー
真赤な顔に涙を浮かべる姿を真一は追おうとするが踏み留まる。
そもそもこうなったのも彼自身が原因と言えよう。
下手に絡めば傷に塩を付けるようなものだ。
とは言えども、今後会うこともないと片付けるわけにはいかないのだ。
何と言ってもクラスメイトだし況してや……
ーーんもぉ、とにかく謝っときなよぉ〜?ーー
「そりゃそうだよなぁ……」
ーーあぁ?別に悪りぃことやったんじゃねぇ、マツノキが謝るこたねぇだろ。ーー
ーーダメだよぉ、こういう時は謝っといた方が良いの。アタシはそういうの知ってるんだから。ーー
ーーハンッ難儀だな、人間てのはやっぱよく解んねぇ…!ーー
転入早々やらかした……真一は一人首を振りながらため息を漏らした。
・・・
とりあえず気まずいが教室に戻るしか無い。
見てみれば案の定、隣の彼女は不安そうに項垂れていた。
腰掛けると一気に肩が強張っていく様子が目に見える。
膝元ではスカートの端を握り潰すように拳が固まっていくではないか。
あ、あー……最早声を掛けて良いのかすら迷わしい状況だがこの期に及んで何知らぬ顔というわけにも行くまい。
ゴクリと固唾を呑み下し、周りの目を伺いながら声を潜める。
あのさっ…途端ビクリと身が跳ねた。
再び小刻みに震えながら、目線だけをこちらによこす姿に思わずたじろぐが、とにかく言うべきことは言っておこう。
「その、えと…さっきは…ゴメン……」
「っ…!」
彼の言葉に反応するなり、不意にノートの端をちぎり、震える手でシャーペンを走らせる。
[なんのことでしょうか?]
ヨレヨレの字体で小さく書かれた文字に再び面食らう。
しかし彼女なりに引き攣った愛想笑いと共に向けられたこの言葉は、やはり尊重すべきなのだろう。
「あーっと……俺の、勘違い、だったかな。」
どこか申し訳無さそうに軽く会釈をしながら視線を前に戻す彼女に真一は頭を掻く。
「(一日目からどーすっかなコレ……)」
元の用件も容易では無いが、コレはまさに前途多難と言ったところだ……
※ ※ ※ ※ ※
「どっと疲れた……」
放課後、一人でそんなことを漏らしながら少年は人目を避けるように屋上へ行く。
念の為に認識阻害の魔力を宿す人払いの札を入口に貼り付けてドアをくぐると、彼は辺りを見回した。
夕陽に照らされる街が見渡せる景色。
賑やかだが学園都市を名乗る麻帆良のような派手さは無い、どこか穏やかな空気を感じる町だ、思わず目を閉じて深呼吸をする…
と、
「もの思いに耽ってる場合じゃないや、さっさとやっちゃわないと。」
彼は眼の前に一枚のカードを置き、懐から取り出した唐草模様の包みを解く。
取り出されたのはひとつのオカリナだ。
数度呼吸を整えると真一は口を添え、目を閉じると奏で始めた。
涼やかで切ないメロディが響き、吹奏に身が入るごとに段々と真一自身も神経が研ぎ澄まされるような感覚に浸って行く……
一頻り吹き切ると、彼はカードに視線を向け、
「『グリモワース・バランギスーー汝、吾に応え給え』…!」
手を突き出しながら真剣な表情で声高に叫ぶ。
途端、カードに描かれた紋様が輝き、ぼんやりと巨大な影が浮かび上がった……
―――――――――――――――――――
どうしよう……下校路で少女は一人、ため息をつく。
「絶対変な人だと思われたよね…?」
花房 優輝は今日の出来事を思い返す。
……否、そうしようとするだけでも顔が火照り、秋風を忘れるほどに熱くなる。
まさか知り合ったばかりの男子に見られてしまうなんて……
間が悪いで済めば良いものを、よりにもよってその相手が隣の席になったのだ。
いよいよこれからどう学園で過ごせば良いのかわからない……
この学園に来てから沢山の人と出会い少しでも変われていったつもりでいたが、自分などまだまだ胸を張るには程遠いのだろう。
そんなことを考えながら今一度ため息が宙を舞う……と、不意に携帯電話の着信音が響く。
「あっ、お母さん…」
見れば母から、夕飯の買い出しを頼む旨のメッセージが来ているではないか。
昼の出来事でやや気落ちはしているが、彼女は切り替えてスーパーへ向かった。
・・・
「遅くなっちゃったな、お母さんたらすぐ追加してくるんだから…」
早く帰らないと……そんなことを思いながら下校路を歩む内に、やがて優輝は昼の喧騒を潜めた公園の一帯に出た。
もうこんなに暗いなんて…どこか不安を煽る日の落ちた景色に少し身震いしながら少し早足に進んでいく。
っ!?不意に強烈な光が生じ、目を向けると蜃気楼のように空気が歪み、滑り台を超えるような影が姿を顕した。
「え……」
何あれ…?足が止まり、得体の知れない存在に表情を強張らせる……
「あ゛ー……」
不意に響く、低くくぐもったような耳当たりの悪い音ーーその主であろう影はゆらりと動くと、次の瞬間全身が悪寒に総毛立つ。
今、確かに目が合った…?元より視線に敏感な性分だ、相手の正体がわからずともこの感覚は解る。
そして、このまま止まっていてはまずい…
ヒッ!?ゆらゆらとした身振りで影はこちら側に足を踏み出そうとしてくるではないか。
「…イヤッ……!」
震える踵を無理矢理返すと駆け出し、彼女は自分なりに精一杯走り続けた。
「あ゛、あ゛ー」
くぐもった声を上げる影が響かせる重々しい足音がイヤでも耳に入り、彼女は蒼白としながらも今足を止めるわけには行かない。
とは言えども如何にも厳つい体格の何かを前にすれば平均的な女子高生の脚力などたかが知れている。
どうにか隙を見つけて撒こうにも捕まらないように足掻くことで精一杯だ。
加えて物陰も無く、潜り込めたとしてもあの大きさではすぐに見つけてしまうだろう。
乱れる脈拍、上がる息、圧迫されるように苦しい胸、もう限界……それでもどうにかならないものかと、彼女は一つの山が目に付くーー斜面の一角が幅広なすべり台となっているアスレチックだ。
何かのタシになればと力を振り絞って頂上まで階段を上り息を整えるが、程無くして荒々しい足音が迫り、
「……やっ、やっぱりダメ、ですよね……」
ヌッと視界が真っ黒くなり、彼女の身体を包み込むように影が被さっているのが分かる。
息を切らせながら、状況を悟る少女は顔を上げ、せめて相手が何者なのかを確かめておこうとする。
明らかに人ならざる巨体からだらりとゴリラのように垂らす図太い腕。
更に視線を上げれば、いよいよソレが異形だと決定付ける影に目を見張った。
頭頂から腕にかけて肩と呼べる部位はなく、滑らかな線で一続きになっており、例えるならば弟がよくTシャツでふざけて遊ぶ襟口から顔面を出しているような姿。
「あ゛ーーーー」
まさにそう思わせる風体から声を漏らしこちらを見下ろす顔は虚ろな表情の能面のようだ。
全体的な雰囲気はどことなく国民的アニメ映画の意思疎通が困難でヒロインに固執している謎の存在と言ったところか…いやまぁそんなことはどうでもいいか。
「あ゛……」
しげしげとこちらを見下ろしながら歩み寄ってくる姿に希望を見出だせるほど夢見がちではない。
ーー私のこと、お巡りさんとかは何て説明してくれるんだろう?そもそも、ちゃんと見つけてもらえるかな?
みんな、ごめんね……
父、母、幼い弟妹、聖櫻学園で巡り会った温かな学友達、そして気まずい印象を残してしまった転入生……
変な子って思われたままかぁ、もう関係無いことだがこの期に及んで割り切れない自分がいる。
「あ゛ーーー」
「イヤッ、やだっ…!だ、誰か……!!」
たった今心情を吐露しながらも身体は迫る影を拒絶するようにそろそろと後退って行く……
お構い無しに迫る姿に涙が止め処無く流れる。
「あ゛ぁ゛あ゛ーーーーーーーっ!!」
「きゃぁあっ!?」
悍ましい咆哮と共に腕を振り上げ前のめりに乗り出した影に彼女の足がもつれ、
「あっ……」
ふわりと身体が宙を浮いた。
よろけた拍子に滑り台の勾配側に飛び出てしまったらしい、ここまでくればもう何も考えようも無かろう、理解が追いつかないまま少女の身体は無情に落ち硬い感触に打ち付けられ……