ーー真一がそうであるように、松の木家は魔法使いの家系であり、当然邦夫がその職で名を上げているのも同様の背景があってこそだった。
彼は魔法使いとしての力を用いて当世界も異界も問わず様々な怪魔を調査探求し生態を解き明かし、知識を深め、そして広めていった。
孫の真一は幼少よりそんな彼が見ている世界に同じく魅せられ、魔法関係者としてその功績を活かせるスキルを磨けないかと考える。
そして行き着いたのが人畜を害する異形が姿を顕せば邦夫の記述を元に立ち向かう退魔の道ーーその中で銃を扱う銀弾の射手だったらしい。
「でも、数年前にちょっとした転機が訪れたんだよね。」
真一は紅茶を飲んで一息つく。
松の木邦夫は生涯現役と言わんばかりにピンピンとしていた男だ。
しかし如何に活力に満ちていても老いる時は老いる。
邦夫も今までのように自ら異界等に出向き、異形の者を知ろうという活動には限界を感じており、身を退くことを決意した。
...もっと見るそれ自体は仕方無いし自然なことだ、孫としてはこれからはゆったりと過ごして欲しいーーそんな想いを抱く一方で真一はぼんやりと…ある種一つの時代が終わるかのような寂寥を抱いていた。
「お祖父ちゃんがまだ見たことない奴を見せてあげることってできないのかな、って、そう思っていたんだ……」
そうして彼は思い立った。
『相手をこちらに呼び出せれば、情報どころか本物を見せられるのではないか。』
思えば中学生らしい理想論だが、当時の真一は名案だと信じ込み、そして召魔士ーー即ちサモナーの道を歩む決意をした。
結果は…今語った通りの甘言だった。
そもそも銀弾を扱う者など、魔物からすれば最も本能的に信頼できる筈が無い天敵だ。
まずは肩慣らしと、異界の中でも特に力が弱かったり、無邪気だったりと言った種が多い低層から祖父の記述にもある魔族を手懐けようとしてもダメだった。
また、邦夫とて魔法を駆使して場を切り抜けつつ調査をしてきたと言えどもサモナーだった訳ではないからコツなどを聞きようも無かった。
『無理をするな、気持ちだけでも嬉しい、これからの魔族学はお前達が自分で切り拓いてくれれば良い』
「そんなことを言ってくれたけど俺はなんだか諦めたくなかったんだ。そうやってバカなりにあれこれ試行錯誤してた時、お祖父ちゃんはひとつの話を切り出してくれたよ。」
それは、邦夫が旅の道中、異界の低層で出会った7匹の下級魔族のことだった。
驚くほど野心を持たずマイペースに生き、自由に暮らしているが下級魔族の中では強力な者、或いは野心と実力を持ちながらも低層に甘んじて燻っている者。
そんな彼らから人間は珍しいと言い寄られ、持ち前の社交性で打ち解けてから気に掛けていたらしい。
サモナーを本気で目指すならまず彼らを教育するという意味でも契ってみないか、そんなことを邦夫に持ち掛けられ、彼はあの悠々自適な7人に出会った。
彼らはあまり銀弾使いということに抵抗は無いらしいが、それでも我の強い面々が多く始めはうまくいかなかったが交流を経て、そして元々仲良くなった邦夫の孫というよしみもあって今は契約関係に落ち着き、互いに信頼できる良好な仲になれたと言う。
「それで今は銀弾使いつつもサモナーやってるってわけ。まっ、俺の生き方に指針をくれたお祖父ちゃんへの恩返しのつもりが逆にでっかい恩をもらっちゃった感じだね…」
「なるほどなー、あのファミリア共、子悪魔みてぇな顔してもやっぱ魔族だし長命なんだなー。」
「やな、しかしこないだ組んだデモスちゃんは普通に強かったし多分アイツら当たりデッキやと思うわ。打ち解けまでしてまうあたりやっぱ柳木センセはすげーんやな。」
雑感を溢すしろかとアラタに複雑そうな笑みを見せていると、ふとなんとなく優輝に目を向ける。
俯き気味で黙する彼女だが、前髪越しに見える目は随分と真剣に見える。
恐らく、アラタ達ならともかく常人からすれば与太話にさえ聞こえる混沌としたこの経緯を理解しようとしてくれているのだろうか。
不意に優輝は顔を上げ、紅茶を一飲みすると口を開いた。
「ありがとうございます、お話してくれて。やっぱり、マツノキさんのお話のことを全部は理解できませんでした、ごめんなさい…」
でも…、眉を下げる彼女だが何かを思うと言葉を繋げようと口を開いた。
「お祖父様の為に諦めず頑張れるのって、とても素敵だと思います。」
んっ…彼女なりに思ったのであろう所感を告げられ、思わず息を呑む。
「よ、よしてくれよ。勝手に魔族学に興味持って暴走しただけの、ただの自己満足だよ。」
ううん!彼女は力強く首を横に振った。
「お祖父様にも一緒にこれからも新発見をしてもらいたいんですよね?この間私と話した時言っていた、お祖父様の影響でのめり込んでることなんですよね?なら、それだけ大好きなんでしょう?お祖父様も、築き上げた記録も…!」
顔を上げ、まっすぐと力強く見つめる姿に体の奥底を刺激されるような感覚があった。
アラタとしろかも、力強い彼女の語調に真剣に聞き入っているようだ。
「だから、お祖父様は貴方にあの子達を託してくれたんだと思います。知ることができて、良かった…」
「花房さん……」
優しく微笑む彼女に真一はたじろぐ。
普段の自信を持てず儚げな表情はよく知っている。
だが大切なことに打ち込む時には眩しいくらいの笑顔を秘めていることも知っている。
それでもまだまだ彼女は自分が知らない表情を持っているようだ…
と、2人互いの手の甲同士を軽く打ち合わせたアラタとしろかが立ち上がった。
「さてと、そしたら本題は魔族くんの術式のことだなー」
「やけどまっ、それはキミのファミリア達から教えてもらうから2人は好きにしとって〜」
え!?優輝と真一が同時に驚きの声を上げる。
「召喚術のことやったら術者よりも対象の方が詳しいことわかるかもしれへんしなぁ〜」
「優輝さんだって私らがいたら折角ここまで来たのにおちおち言いたい話も言えんだろー、てわけでデモスお願いー。」
「ふふっ、おっけー。それじゃっ」
「えっ、えっ…?」「あ、ちょ!?」
ごゆっくり〜!!!3人口を揃えて一言残すなり有無を言わせず寝室へ入り襖を閉めてしまった。
・・・暫し呆気に取られたような沈黙が続いた。
※ ※ ※ ※
さてと、襖を閉め、視線がチラホラとこちらに集まる中、デモスはアラタとしろかに向き直る。
「じゃあまずは術式について、だけど……勿論ソレどころじゃないよねぇ〜?」
悪戯っぽくウィンクを向ける彼女に2人も思わずコクコクと頷く。
横目を向ける先は案の定襖の向こう側だ。
「だよねぇ、ビィちゃんもっ♪」
ハァ!?既に水から上がり、然りげ無く端の襖にもたれていたヴィアが声を荒らげる。
「バカ、違げーわよ!そんなんじゃなくてシレッと変なこと言い出さないか…!」
はいはいはーい!慌てて声を荒らげる彼女に取り合うでもなく無理矢理切り上げたデモスは再び人間2人に向き直った。
「だから真一くんとかアタシ達の事は手短に紹介していくよ〜」
よろしく、そう促す2人に目を輝かせながら口を開いた。
松の木 真一の主たる戦法は拳銃と召喚術だが、後者にも様々な形式があるらしい。
1つは『念を込めて名前のみを呼ぶこと』だ。
まず前提として彼らファミリアは現に寝室で寛いでいるようにコチラの世界でも自ら出歩くことはできるが、平時には騒ぎを起こさぬように魔力を封じられている。
この詠唱は真一の目が届く任意の場所に対象を呼び出すことができ、人数制限が無いことが強みだ。
魔力を使えないのならばあまり重要ではないかと言えばそんなことはない。
寧ろ始動キー無しで即座に示した場所へ喚び出せるこの力は、危機が迫った者を救出する際には不可欠であり、実際に先日襲われた優輝は他ならぬこの術で召喚されたゴォルに受け止められる形で一命を救われたのだ。
「まっ、アイツは結構好き勝手に使おうとしてきやがるけどなっ!」
そう愚痴を溢したのは大柄な赤鬼モドキ・ターサだ。
また、この場合でも制約付きながら彼らの力を使わせることはできる。
『吾、汝が一時の力を解き放たん』
そう真一が始動キーと共に詠唱することでファミリア達は臨時的に力を取り戻せるのだ。
但し臨時は臨時であり、本来に比べれば威力が低く、加えて真一の実力もあって効果の割に魔力の消費が大きいという欠点もある。
後述の事情と併せて言わば、あくまでも「時間稼ぎ」の為の術と言うべきだろう。
では、真一が使うもので最も強力な術は何かーーそう、アラタが先日見た通りだ。
『汝、吾に応え給え』
この詠唱によってカードの紋陣より7人は万全の状態で姿を顕し敵ともまともに渡り合うことができる。
しかし、これ程の効果を齎す魔術には、真一自身のサモナーとしてレベルもあり多くの欠点を伴っているのだ。
一番の問題が、単に詠唱をするだけでは喚び出すことはできない。
彼の場合は、まずファミリアと感覚を共鳴させるオカリナを吹くことで魔力や術としての精度を高めねばならず、また、発動と共に他の魔術の効果を解き、魔力のリソースを全てこの術に注ぐ必要があるのだ。
当然、オカリナを奏でる間の真一は無防備となる。
そもそも彼とて射手としての腕は高く、本来はそんな隙を晒してまで喚び出す必要性はあまり感じないだろう。
しかし、相手が大勢いる場合や、今回アラタ達と共に組んでいる事件のような時、この力は最も重要となる。
特に今件の場合、真一はコチラ側に現れた魔族を封じることで次元のヒズミを解消することが最重要案件なのだ。
『汝、在るべき門扉へ還り給え』
真一はその術で敵を封じる際に、相手が共鳴する紋陣を描くことで展開できる。
当然コチラも無防備になってしまう都合、彼が妨害されずに遂行するには、ファミリア達に前線を張ってもらう必要がある。
その為には彼らを魔力万端で喚び出すこととなるが、それすらも先述の通りオカリナを奏でる必要がある為、完了するまでの時間稼ぎとして臨時の魔力を与えて自分を護ってもらわねばならないのだ。
「松の木真一も始めは一人呼び出すのが精一杯だったがな、弛まぬ修行を経て今では3人まで呼び出せるようになった。流石は我が眷属筆頭であるな。あのカードも我ら全員の紋陣を暗記しソラで速写できるようになったあやつへの我なりの労いで贈呈したモノだ。」
得意気に笑うのは黒いファミリア・フェシルだ。
彼らはそれぞれが特化した魔力を持っており、『暗黒と明光を扱うフェシル』『火焔を扱うターサ』『水氷を扱うヴィア』『念動を扱うゴォル』『嵐風を扱うモマ』『毒を扱うゼルブ』『雷電を扱うデモス』を状況に応じて喚び出す形を取っているようだ。
「まぁ、アタシ達の事情はこんなところだね。」
「キサマらもこの我らと協力しようと言うならそれ相応に己を磨くことであるな、フッハハハ!」
「おっせやな。とりあえずボクの技も手短に教えとくか……」
フェシルの露骨な態度を雑に笑い流しながらアラタも自身の戦法を手短に話す。
それよりも、既にアラタもしろかもデモスも(あとヴィア)意識はリビングに向いているのだ…