「悪りぃ、とも思わねえけどよ。今のボクかなり気分最悪なんやわ。誰だか知らんけどこれ以上チョーシこくなら、解っとるか……?」
「やぁ〜だぁ〜冷たくしないでよぉ。貴方だけの私、私だけの貴方でしょ…!?」
バリバリとけたたましい音が響くと服が引き裂け、脇腹から鋏の備わったアームが展開すると軋ませながら蠢かせた。
「ねぇ、抱、い、てっ♪」
口元を軽く舐めながらアームと両腕を振りかざすとアラタも木刀を振るって弾きながら勢い良く突きを放つが、すぐにアームを交差させて防ぐ。
「ふっふっふ……ムキになってる♥」
さらり、カールをかけてセットした髪をはらいながら満足げに呟く姿を気にせずアラタが木刀を振り下ろすと軽やかに跳び、距離を取りながら鋏を構え直すとその場で一回りした勢いで再び斬りつけるように距離を詰めて腕を振り抜いた。
触手のように伸び迫る鋏の切先を木刀で逸しながら懐に潜り込んだアラタが振り絞った拳を腹に叩き込むと、大きく仰け反りながらよろめくもゆらりと踏みとどまり、すぐに反り返った首を戻すとカタカタと揺すりながら笑った。
...もっと見る「はぁん、やっぱり強いぃ……」
「何がやっぱりや、知ったような口ヌカしやがれや。」
チッ、不快感を露わに舌打ちを投げ掛けるがしかし、妙な感覚が腕に残る。
力を込めて殴ったつもりだが目の前の奴からは手応えを感じられなかった。
そもそもコイツは何者だ?
ただの愉快犯とも違うとは思ったが、生気を感じない眼差しは人間ですらなさそうだ。
それをニマリと歪めながらこちらを見据えると、
「知ってるわよ、貴方のこと何もかも。ふふふ…」
小刻みな挙動を伴い瞬時に詰め寄ると再びの抱擁を狙おうと二対の腕をアラタ目掛けて大きく開いた。
慌てて避けようとするも、散乱とした室内では物に躓いて足元が狂い、木刀を壁に立てて転倒を防ぎつつ咄嗟に体勢を立て直す。
「クソッ、これじゃしゃあねえわっ!」
ガサガサと気色悪く迫る影からなんとか跳び跳びに距離を取ると木刀を振り下ろし、生じた衝撃で床に転がるガラクタを巻き上げ、床を露わにするも、既に奴は笑顔で目の前から飛び出してきた。
ざけんじゃねぇ!退がりながら片アームの鋏に木刀を咬ませながら勢い良く捻り上げることでへし折った少年は一瞬の隙を突いて立て続けに木刀をその身体に打ち据えた。
盛大に転げながら床に打ち付けられた奴はさも驚いた顔でこちらを見ながら数秒で起き上がり服をはらう。
「・・・なんで?」
茫然と首をかしげ一言訊う姿にアラタは汗を滲ませる。
「ねぇなんでなんでなんで?貴方にとって一番大切なんでしょ?なんで平気でそんなことできるのねぇなんで?なんで?なんで?」
淀んだ目を見開きズカズカと歩み寄りながら捲し立てる『異常』とアラタは距離を取りながらもその心には強く刺激される感情があった。
恐怖や困惑とは違う、それは『怒り』だ。
「・・・」
『冒涜』『凌辱』
彼にとってそのような思いが心底沸き起こされる怪異の醜態に、いよいよ少年は構わず感情任せの蹴りを腹に叩き込むと突き飛ばした。
「誰が大切、やと…?コラえぇ加減にせぇよこのクソバケモンがよぉ……!」
・・・暫しの沈黙。
しかしすぐにくすりと微笑みながらゆらりと立ち上がった怪異はスカートの裾に手を掛ける。
「あ〜あ〜、結構うまく真似できたと思ったんだけどなぁ……でも、今更ここからは出られないわよ?二人きりになれんだからぁ、早くヒトツになっちゃおうよ。」
濁った瞳を爛々と輝かせながら近くのソファに腰掛けるなりスカートをたくし上げ……
「私の全部をあげるからさぁ、頂戴?」
脚を大きく開きながら捲くり上げたスカートの中からジャラジャラとけたたましい音を立てながら何かが展開した。
「あ な た の 血 ィ イ イ イ !!」
脇腹から突き出た物と同様の鋏が付いた細いアーム、それが夥しくスカートの中から触手のように悍ましく広がるとすぐにアラタへと連続して伸びていった。
怯むことなく彼は木刀を構えて鋏を迎え討ち、掻い潜るように迫っていく。
「ふふっ、おーいで。抱き締めてあ、げ、る♥」
「お断りやアホ。さっさと失せろ気持ち悪りぃ。」
包み込むようにアームを被せてくる瞬間に脇を殴りつけて隙を作ると身を翻しなり横面を思い切り蹴り飛ばした。
再びバランスを崩し頭から鈍い音を響かせ倒れる姿を見据えるも、まだ収まる気配は無さそうだ。
上半身を起こしながらも90度に折れた首、目も当てられない姿の奴はガタガタと身を起こしながらスカートから幾本も伸びるアームを蠢かせながら、先端の鋏を床に立てて立ち上がった。
首が折れながらも苦痛を思わせる表情は全く見せないまま、さながら蜘蛛の魔女アラクネを思わせる異形と化した姿で口を開く。
「あらあら、この顔でも容赦なく殴っちゃうのね。女の子の顔を殴るような悪い子は、少ぉ〜しお仕置きしなくちゃぁ……♪」
先より目が慣れてきたのもあって、破れた服から覗き見える関節部や一切の痛みを感じさせない立振舞い、そしてその周囲にチラチラと微かに見える光沢からアラタは正体を勘付いていた。
「お仕置きすんならこっちの方や。お前の顔なぞ全く知らんぞこの木偶人形が!」
ふふふ〜…もはや否定する気も無いのであろう、人形は呑気に笑いながらガサガサと這い回るようにして逃げるアラタを追い回し、狙った分だけ避けられた鋏の先が何度も床に打ち込まれ鮮やかな線が描かれていく。
思いの外鋭い連撃に少し冷や汗が出ただろうか、見透すように冷たい笑顔を浮かべた人形は再び言葉を続けた。
「髪を切る鋏は切れ味悪いって言ったけど、こっちの鋏は研いだばかりなの…動くと危ないわよ?」
うるせぇ!アラタもそのふざけた態度にはうんざりだ。
腕にブレザーを巻き付けるとその拳を握りしめ、助走をつける体勢に入った。
「テメェ最初から最後まで地雷で逆撫でしやがってぇ…!そんなに顔がご自慢ならブチ抜いたるわっ!」
腕を振り絞り駆け出す彼にしかし余裕の現れだろうか、動ずることなく鋏を伸ばし狙うが少年はそれを回転を効かせてかわすことで勢いを保ちながら距離を詰めていく。
「って、あれどうなってるの?ちょっと待って!?」
彼の挙動を追っていた人形はやがて困惑しだす。
手当たり次第に迫る鋏をその場凌ぎで避ける彼の動きは不規則であり、こちらに駆け寄りながらもその軌道を読むことができないではないか。
そこだと彼を捉えるなり、保険をかけるように数本の鋏を一気に伸ばすが咄嗟にアラタは高く跳び、奴の頭上をとった。
「え?」
被さる影に目を向けたときには梁を蹴って距離を詰めたアラタがその拳を文字通り顔面に叩き込んだ。
「ガッ!?貴方、誰の顔にッそんなことォオオオ!?」
焦点の合わない目を見開く顔にバキバキとヒビが広がり、頭髪も濁るようにーー本来の姿であろうくすんだ黒へと変じる。
「言っとるやろ?欠片も知らん不愉快なクソ人形の顔でしかねぇわ。」
「ッ・・・」
言葉が出ないのか苦々しい顔でこちらを見据えていたがすぐに支える力を失ったのか脚のように支えていたアームから崩折れ、埃と共にけたたましい音が舞った。
・・・しばしアラタは様子を見ていたが、やがて奴は風化し、塵と消える。
それを見届けた彼は外に出て少し眩しさに目を細めながらも携帯を取り出した。
「……ふざけんなや。アイツはな…」
開いたアプリ、ヒトコトのTLに流れてくる写真ーーショッピングを楽しんでいるのであろう奈央と雛菜の笑顔を見るとすぐにアラタはそれをポケットにしまう。
「…?なんやアレ。まぁええか。」
チラリと見えた何かにたじろぐが今は余計なことは考えなくても良いかと少年は元来た道を目指して歩き出した……
―――――――――――――――――――
海沿いの大型施設、内外問わず人で溢れ返る中、アラタは友人達を待っていた。
『マンガフェス』ーー所謂サブカルチャーを嗜む者達にとっては年に2度の祭典だ。
・・・要はコ●ケだろって?
皆まで言うな、カードでマンガフェスと言われている以上マンガフェスだ。
しかしまさか雛菜ちゃんがコスで呼ばれるたぁな……
「んまぁボクはCOTOちゃんの企業物販目当てやけどな。」
「あーらたんっ!」
聴き慣れた明るい声に振り返るアラタは、
「似合ってるかな、どう、どう?」
「ェ゛エッ!?」
そう笑顔で駆け寄る雛菜と対象的に表情を引きつらせた。
リボンやレースをあしらった黒いゴシックドレスに身を包んで彼女が上機嫌にスカートを翻すが正直それどころではない。
「この衣装、すっごくテンション上がるね〜。」
「ひ、雛菜ちゃん?その服どした……?」
え?困惑するアラタと裏腹に雛菜は不思議そうに首を傾げた。
「どうってホラ、戸村さんが言ってたのだよ。髪型も自分で合うの考えたんだ。」
「あ、あーアレかアレ……ええやん。」
どう聞いても微妙な返事、だが彼女が喜んでいるからか特に訝しまれるでもなく言葉を続ける。
「こういうのって、違う自分になれるみたいで面白いよね〜、あらたんはなんか着ないの?」
「ボク?ボクは〜エエよ。着ても着んでも変わらへんし〜アハハ……」
「良いじゃん良いじゃんねぇねぇ〜。」
そう詰め寄られるが今その姿で来られると反応に困る。
その感情を反映するように目が泳いでいたらしい。
「あれ、なんか…怯えてる?」
そう問うも彼女はすぐ何かを閃いたように一息つくと一層身を乗り出すなり静かな笑みを浮かべながら口を開いた。
「安心して。髪以外は切らないように、気を付けるから…」
しっとりとした物言いで詰め寄るが瞬時にアラタが距離を取っていることに気付き思わず吹き出してしまう。
「雛菜ちゃん、悪いことは言わないから。はしゃぐのはわかるけど、落ち着こう(提案)」
「ちょっと、そんなに離れて。大丈夫、冗談だってば〜。……ほら。何もしないから、こっちにおいで?うふふ…あう!?」
「だからやめぃ!」
まったく…またしても冷たい眼差しを向ける彼女の頬を両手で挟むと呆れながらため息を一つ困惑気味な彼女を見つめていたが……
「・・・そうよなぁ…」
「ふぇっ!?ちょっあらたん!?何急に!?」
何の気無しにアラタが雛菜の頬をさすり、顔をまじまじと眺め出す為、当の本人は一層焦りながら顔を赤らめる。
「ね、ねぇ!周り人いるから〜!」
訴えを気に留めず、先日の出来事を思い返しながら物思いに耽る。
ーーなぁ木偶人形、やっぱお前はこんなエエ顔しとらんよ、烏滸がましいくらいにな……
「やぁやぁお待たせ〜……ってぇ、白昼堂々やってんねぇ〜!」
「アラタ、今更っちゃそうだがお前結構豪胆だな……」
「おうそういやキミらもおったんやったな。」
そんなことを考えていると、聴き慣れた声ーー美知留と斗真に呼び掛けられ、応えるアラタの手が緩んだ隙に雛菜が慌てて抜け出し隣に立つ。
「ほ、ほらほら。他の人の様子も見に行かない?」
「てかアラタはなんかしないのぉ?」
「いやぁそもそもボクCOTOちゃんの物販が目的やからさ。」
「良いから、行くぞ。」
「ちょっトーマ君!?」
抗議も虚しく問答無用でアラタはロッカールームに引きずり込まれていった……
EP33ーーE N Dーー
・・・
チィ、ヤハリダメカ…ウゴケサエデキレバ…!
モットチカラヲツケ…ツギコソハカナラズキサマヲッ……!!