「シドー。」
「・・・」
警戒心も無く軽率に男の部屋に上がり込んでいる娘が不満げに声をかけるが気にせず本に目を通す。
「雛菜さんは一般人だしアイツは魔法を知ってはいても詳しい魔力まで読み取れない。でもシドーは違うだろー?」
「・・・」
「アレだけ濃い媚薬なら魔力だってかなり強い。魔法を多少研究してた貴方くらいならわかったハズだよねー?」
「....だから愉快犯一人確保するのに五人も動員させたじゃないか。」
返す言葉にわざとらしくため息をひとつ、しろかは少し眉をひそめて更に返す。
「あんなんヤバイってわかるでしょーが。なんで自分で手を打たなかったのさー?」
「....和泉クンは不審者を鎮圧するためだけに高校生になったんじゃないんだよ。」
...もっと見る彼女の考えを汲み取ってか、領也も応えた。
「彼はもっと友人の心に触れてみる必要がある、そう思っただけだ。いつも気に掛けてくれる友が出来たら....ましてやそれが女子なら、ただひたすら超越不審者を討ってさえいれば良いなんて訳にもいかないだろ?」
「それは、まっ...まーねぇ。でも、ギリギリまで引き延ばさせていたとは言え...あの状況、アラタ君はともかくとしても雛菜さんのリスクが大きすぎただろー。」
「結果論だと言いたいのかね?ワタシは成功率を確信していた対策を取ったまでだよ。」
・・・埒が明かねー、呆れたように言うしろかは領也の部屋を出る。
「.....悪いけどもう片足爪先レベルとは言え"触れちゃった"以上、雛菜さんに話すねー。」
「....必要なところは濁しておきたまえよ?」
ハイハイ、振り返りもせずに手だけ振って退出するしろかの足音が消えてから領也は一息つく。
「.....まっ、仕方あるまいか。」
EP32「好きだから」
....と、言うわけで!
昼休み、2Bの黒板の前でアラタが声高に叫ぶ。
「以上のことから、隣の家に『塀ができた』に対して『カッコいい~』と返すのも『囲いができた』に対して『へ~い』と返すのも通用することが証明されました!イェイ!!」
なるほど!独り自分で拍手していたアラタに続いて拍手をしたのは、唯一真ん前の席で聞き入っていた隆だ。
「ええやん、りゅーくん!ええ調子やで!この呑み込みの速さ、物分かりの良さ!重要文化人材ですよコイツァ。今日からボクが嶺堂隆君を重要文化人材に認定します!!」
「そんな!私ごときには荷が重たすぎます!」
「コラー!こういう時の最適解ベストアンサーはありがとうございますだろうが!」
「アッ、ありがとうございます、アラタ殿!!」
ーーまぁたやってるよあの二人ーー
勢い良く頭を下げる隆にアラタがうむうむと仰々しく頷く、そんな光景に誰ともなく異思同音にそう考えていた矢先だった。
「ちょっと!あらたんっ!!!」
バンと勢い良く音を立てながら2Bの教室を開けたのは雛菜だ。
「おーう。雛菜ちゃんもこのクソ講座聴きに来たんか?」
ーー自分でクソつっちゃったよこの人...ーー
「良いから来る!」
「待ァて待てィ、まだ授業は終わってへんでぇ~!?」
どこか不機嫌に目を狭めるなり問答無用でアラタの腕をつかんだ雛菜が彼の叫びを無視して乱暴な大股で2Bを後にした....
なんだったんだ和泉アラタ......?
もぅ!機嫌悪そうに雛菜がメールと添付ファイルを開いて見せつける。
「なんでこんなことすんの!」
『何故かポストにいっぱい商品券入ってたんだけど、なんか知らない?』
あー...ダルそうに遠い目をしながらもアラタは渋々答える。
「いやま、まぁホンのお詫びやで....」
お詫び....心当たりはある。
というかソレ絡みだという確信があるからこそ少し怒り気味なのだ。
先日の海の日、暑気に当てられたのか二人で人目を避け、雛菜が赤裸々な気持ちを紡ぐごとに段々と互いを求めるように熱い抱擁を交わしたこと、なんならそのまま流れで....思い返すなり彼女は紅潮し、思わず語気を強めてしまう。
「いいからそういうの!お母さんになんて説明したら良いのコレ?」
良くねぇわ、打ち返すようにアラタも喰い下がった。
「あんーッなことしちまったんよ、奥さんにゃ『雛菜ちゃんのことはお任せください』とか大口叩いとってこのザマやぞ!やっぱ、治まらへんよ...」
「な、なにそれ!別に、私は...」
嬉しかったし...小声でこぼしてから違う違うと一人で照れながら話を戻す。
「気にしてないしあらたんが悪い訳じゃないでしょ?もぅ、忘れようとしてたのに思い出しちゃったじゃん。やっと今朝落ち着いたのに...」
背を向けると、アラタも頭を掻きながら同様に背を向けた。
「ボクかて、(りょーやさんに魔法薬って聞いたけど多分話したらアカンやろし)暑さにやられたっちゅうことで奥さんに御詫びしてケジメつけたつもりやのに、ムズッこいのがぶり返したわ...!」
「・・・」「・・・」
微妙な沈黙が流れる中、でもまぁと先に口を開いたのはアラタであった。
「...いつも心配してくれとるとか、ボクがいつもの行くのは怖いとか、そういう話しとったのは本音なんやろ?なんつーか、ごめん。あとありがと...」
「...ううん、私も君が色々と大変なのは知ってるのに無茶言ったかなって思ってる。ゴメンね?」
チャイムが鳴り、どこかもどかしい空気を押し流す。
やがて各々本調子を取り戻し、いつも通りの何気ない談笑をかわしながらクラスに戻っていった...
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ーー奈央はモデル、あらたんは嶺堂君と桜岳、今日は久し振りに一人下校、か...
山ねぇ、今度は二人で山登りなんて...
そこまで考えるとまた、風景と服装が山中に変わっただけの先日と同じような例のビジョンが脳内をよぎって頬をおさえながら首を振った。
「(あーもぅ!なんですぐそういうのばっか考えちゃうの!?)」
そりゃ、あそこまで強く抱き締められたのは心地よかったけどだからって...そんなことを考えていると、遠方から声が聞こえてきた。
「おああ!ちょ、まてぇえ!!」
え?その先に目を向けると、転がるモノをもつれるような足取りで追う少女ーーしろかだ。
やがて転がっていたソレが石に当たって投げ出され、落ちたところでペットボトルの蓋だったと判る。
やれやれと拾い上げる彼女はこちらに気付いて目を向けた。
「あ、雛菜さん。ちょーどよかった。」
え?
「ちょいと腹割って話そーぜぃー。」
ーーーーーーーーーーーーーー
「イッテェ。飯でも探すか。」
アラタは身体の各部をさすりながらスーパーをうろつく。
今日は隆との修行の予定だったが、どうにも身が引き締まらず、何度も彼から打ち込まれてしまったためつい中断し、今日は解散にしたのだ。
しかし弱った、ミソギのつもりでしたことが逆効果だったかもしれねぇ。
「(今奥さんに会ったら不味いよなぁ。)」
大体こういうことを思ったからとつい表明してはいけない。
だって経験上、その後には....
「あら?アラタちゃん!久し振り~。」
「ああッッ!?」
朗らかに軽く手を振る女性、美容室を営む新垣婦人だ。
「あの子から話には聞いていたけど、実際に見てみると元気そうで何よりだわぁ。」
蒼白し、とめどなく滝のように汗を滲ませる彼の態度もお構い無しに婦人ははしゃぎ気味に色々と声をかけてくるが、不意に思い出したように手を叩く。
「ここで話すのも何だし、近くのカフェテラスにでも行きましょ?」
「アッ,アア、アア、アア......」
※
「この前はありがとね。雛菜ちゃんスゴい嬉しそうだったわよ。」
「ハ,ハァ。そ、それでしたら、ま、まぁボボボクも誘った甲斐があったちゅうモンっすハイ...」
カフェテラスでの何気ない談笑がやがて海の日の話に移るといよいよアラタは身構えるが、そんな間も無くそう言えばと婦人は言葉を繋いでしまった。
「あ、そういえばさ。やっぱりぃ、仲良しの男の子女の子と海ってベストマッチ♥じゃない?二人は何かあったの?」
直・球ゥウ!心臓が破裂しそうな勢いで跳ね上がり、爛漫な優しい笑顔も今では弱小動物視点の天敵同然だ。
「...え、もしかして具合でも悪い?ちょっと横になる?」
真青で震え、汗の止まらない、明らかに挙動不審な自分に対してなお、この御婦人は依然として労るような目で覗き込む。
思えばこの人はボクにとって第二の母のような方だ、戦慄のなかでもふとそんな感情を掘り起こす。
そうだ、こんな優しい人を誤魔化して、裏切って生きていくことはできない...!
「ッ、アラタちゃん!?」
不意に立ち上がったと思えばいきなり両手を地に着けた少年に彼女はたじろぐが....
「奥さん!!すみませんでしたァッ!!」
「・・・え?」
コンクリートを割る勢いで額を振り下ろし予想外の言葉を叫ぶ彼に思わず瞬いた....