「なんーやここ!?」
広がるのはシックな紫色の絨毯に、燭台を模したような電灯、長々と続く廊下とまぁ、さながら洋館のようだ。
「なんやろ、地下に肝試しでもあるんかな。スーパーの一部とは思えへん。」
そう思いながら領也と合流すべく出口を探しているとふと気付く。
「これがホントの『画廊』ってヤツか?でもなんで.....絵がないんやろ.....」
両壁には狭しと額縁が並んでいるのだが、不思議なことに、付いているのは額縁のみで肝心の絵画は無い。
それにしても胸がざわめく。
ーープラネタリウムの次は画廊とは、かえすがえすも訳がわからんなぁ.....
ん......?
...もっと見るそういやGWマンや去年のアノ野郎にしてもそうやけど、超越不審者は何かしらに固執したようなヤツばっかりやなぁ。
さっきの宇宙男も宇宙に行きたいとかヌかしよってて宇宙飛行士の真似事やらプラネタリウム.....
しまった!ハッと思考を切り替え、違和感と仮説の正体を感じたアラタは、二枚の額縁が回転を聞かせながら交互に飛んできた様子を見るなり避けようとするもぶつかってよろめいたところで、
「ま、マズッうぉお!?」
目の前から文字通り己を呑み込まんばかりの大波が押し寄せ拐われてしまった。
「ゴホッ、水!?」
「我がアトリエへよぉ~こそォ!!」
勿体振ったように声を上げ、手を広げる者は歓迎をしているようだ。
トランクス一枚にブーツという出で立ちこそレスラーのようだが、奴はそれ以上の存在感を放っていた。
襷掛けに大きな黄金の額縁を背負い、派手に染めた肉体には『富嶽三十六景』の大波を胸元に、ポーズを付けて見せつけた背には不安を煽る表情.....所謂ムンクの『叫び』がデカデカと描かれているではないか。
「やっぱ出やがったかぁ!」
「キミはアートの入門者、かな?」
誰がや!荒く返すアラタを笑って流しながら絵画男は一人頷く。
「わかるぞぉ?なんと言っても私こそが最先端アートの頂点、今の若者のなんと芸術に関心薄きことよ!」
「イヤー、芸術やなくてお前に興味ないだけやと思うんすけど.....」
「だからこそだッ!何故芸術に関心があるなら私という芸術を見ない!?もっと近寄って眺めなさァいィ!」
「えぇ、お前ヤベェよ、頭ぶつけた?」
うるさい!苦笑するアラタに勢いよく指を突き付けると、トランクスから筆を取り出すなり男は声を張った。
「何れにせよ、私の邪魔をする貴様にはここで解って貰わなくてはなぁ、"私"その芸術をだ!」
壁際の額をひとつ取るとザカザカと手際よく筆を動かし、男は一枚の絵を走り描きしたようだ。
「ったく、芸術っつか芸人やろ.....てうお!?」
ボヤくアラタの横を、一筋の矢が飛び抜けた。
奴の描いた絵、それはギリシャの馬脚人ケイローン。
そのつがえた弓が絶え間無い矢を放っているではないか。
遅い!矢に狼狽しながらもかわす最中、二枚の額縁をブーメランの要領で投げつけられ、回避の間もなく直撃してしまった。
「こ、コノヤロッ!」
「このアトリエにおいて私は無敵だぁ。」
そう余裕ぶる隙を突いて一思いに跳んで拳を叩き込むが予め描いたのか、盾の絵を翳すとむなしく防がれる。
「もっとだ、見せてやろう。私のアートに、センスについてこられるか!?」
迂闊に近づけねぇ、首を捻るアラタは不意に奴が放つオーラに異変を感じ、禍々しく歪む床を見ると一瞬たじろいだ。
「ウワワ!?お前なんでもありかよぉ!」
通路のそこかしこに深い丸穴が発生し、どうにも動きづらそうな空間をキョロキョロと見回しながらアラタは汗を拭う。
「どーうだ?芸術的なセンスさえあれば、私のチカラは無限大に広がる。発想と芸術への理解の差で手足も出ない感想はどうだね?」
「テメェ好き勝手やりやがって~ボクかてこんくらいちぃっと頭使いや.......!」
まっ、良いよ。気さくに手を振って絵画男は後ろに距離を取る。
「もう邪魔しないなら、全部水に流すよ?そう、全部、ね!」
胸元に襷掛けの額縁を当てると大波が揺らぎ、大量の水が溢れ出てきた。
「な!?冗談じゃねぇ!」
穴を必死に飛び越えながら怒濤から必死に逃走を図るアラタ。
しかし逃げ続けても切りがない。
......?ふと脇に目を向けると左に開けた通路を見つけ、
「これや!!」
勢いよくそちらの方向に転換するとほぼ同時に大波が天井まで届くほどの水位そのままに流れて行った.....
痛ってぇー、顔を歪め額をさすりながら、びしょ濡れのアラタは通路の広がる空間に手を"添えた"。
「ちくしょ、トリックアートかよ.....トリックアート......?」
コンコンと廊下の『描かれた』壁を叩き、辺りの落とし穴を見据え、先程の矢と怒濤を思い返す。
そして軽く目を向けたのは壁にかかる一枚の額縁.....
「すぅばらしい!このまま私のドリームミュージアムを拡大していけば!私という芸術は永劫に安泰!!さぁ、このことをYAKATAに知らせなくぬぉあ!?」
高らかに語って上機嫌な矢先、勢い良く数発の銃撃を背に受け、慌てて振り返る絵画男の視線の先.....
少年が威勢良く声をあげながら右手に持つ拙いデザインの拳銃を連射させながら左手の木刀を振りかざして壁という壁の額縁を叩き割り、廊下中の穴をモノともせず踏みわたるようにまっすぐ駆け抜けてくるではないか。
「やめろ!その額をなんだと思っている!?いや、その下手糞なピストル。まさか貴様.....!?」
その通り!ニッカリと笑いながらアラタはポケットからひとつ爆弾らしき物体を取り出すと男目掛けて投げ付ける。
「まずボクは横に曲がる通路で回避しようとして間抜けにも頭をぶつけてしもうた!そしてこんだけ穴だらけなのに全く水が分散されへん!!そして気付いたんよ。」
な、小癪なぁ!?たじろぐ絵画男に飛んできた爆弾が次々と爆風を上げ、視界が妨げられていくなかでもどうにか、もう一度怒濤を起こそうとする奴をよそに、彼は言葉を続けた。
「オマエ、この額縁なきゃ絵に効力出せへんのやろ?基本的に額の効果の先入観とプラシーヴォ便りのトリックアートでも、一発見破られちゃ敵わへんのや。」
急ブレーキをかけてから反動で山積みになった爆弾の絵画を投げ付けると激しく爆発を起こし、
「ノォアアア!!やめてくれぇ!!私のアートを!私という芸術をォオ!?」
衝撃に耐えきれず額縁が砕けた様を確認するなり木刀を胸元に叩き付け、後方に転がって踞る姿を皮切りに背を向けて
「......」
一息つき、こうしてはいられないと歩を進め、
「ッッガァッ!?」
ようとした矢先、いきなり後頭部を殴られよろめいたところを背から蹴り飛ばされた。
な!?慌てて体勢を直すも、佇む影はゆらりと掴みかかり、二度三度と腹に拳を打ち付けられる。
「う、うっそやろ?な、なんの.....」
その言葉を、おかしがるように笑いながら、ソイツはアラタが着いた手を踏み躙る。
「なんっの、つもりやァ、りょーやさん!?」
「フフッ、ハッハッハハ!!情けないなぁ和泉クン!キミほどに都合の良い子供、大好きさ!」
今度は掴み起こしてから後ろに倒すと、人物ーーマスタージーニアスは胸に足を添えてグリグリと嫌味たらしく捻らせる。
赤く光るスコープはどこか嘲笑うようだ。
「クルァりょーやさん、どーいうこっちゃ!?」
「どうも何も、より強大なるチカラを得るにはYAKATAカンパニーとのコネクトが必要さぁ。そのためには条件としてキミを叩きのめす。それだけのことなのだよォ!」
来たまえ、手首を引っ張り上げてぞんざいに立たせると、抵抗する彼をこともなく延々とどこかへ連れて行った.....
「りょーやさんっ!りょーや、サンッ!!」
モールとしてのカモフラージュはもはや無意味と自覚しているのか、どの階へ上がっても明るく賑やかな雰囲気は無く、どこをとっても紫を基調とした薄暗い怪しげな雰囲気ばかりが広がっていくなかで、呼び掛けても無視され失意のまま連行されるアラタは違和感を感じていた。
ひとつのドアを開け、彼を放るように突き放すと
言葉を続けた。
「YAKATA執行部の皆さんは強く有能な者が好きでね、君みたいな砕くべき邪魔者さえもヘッドハンティングしたがる質なんだ。」
どういうこっちゃ!?声を一層荒らげるアラタにふぅと一息つくと少しいつもの穏和な雰囲気を滲ませて返す。
「ま、お偉いさんに頭でも下げたまえ。そうすればキミはいつも通り聖櫻で生きられるし、ワタシ個人の感情としてもこれ以上キミを痛めたくない.....」
そう背を向け、ジーニアスは立ち去る。
「馬鹿野郎.....」
つもりだったが、後ろで荒々しく足を踏み鳴らして奮起する音に振り返ると、
「領也サァァアン!!」
悲哀の眼差しで殴りかかるアラタを極めて冷静ーー否、もはや冷徹な手捌きで喉を押さえ、心臓目掛けて手刀を尖らせる.....
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「しろかちゃん、イライラしてる?」
「!?.....べっつにー?」
聖櫻学園保健室、鞠香から不意に問われたしろかは表情を強張らせながらも、どうにかといった様子で返事をする。
「だってなんか落ち着きが無いっていうか、キーボード打つのもちょっとうるさいし.....」
「なーいなーいなーい!わ、私はいつもどーりだー!?」
怪しい.....悪戯っぽく横目で見てくる姿に観念したのか、しろかはため息をつきながら首を振る。
「ま、まぁーね。今、私の製薬力とプライドが試されているような時だからねっ」
「なにそれ、実験?」
ま、まぁそんなとこー、そうパソコンに向き直り、カルテを打ち込みながらも、ふとその視線を手元の携帯電話に滑らせながら、
「(ホント頼むよ......?)」
そう脳内で彼女は呟いた.....
EP21ーー E N D ーー
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「...!?......っ!! 」
一瞬、ジーニアスの挙動が固まり、手刀を緩めてから握った拳をその鳩尾に抉り込ませた勢いで少年を投げ棄てた。
「......サンは.....いらない。」
冷酷に言い放ちながら部屋を後にする領也を見届けるアラタ。
乱心する彼には、ジーニアスのスコープに灯る眼光の赤さが和らいだことなど知る由もなかった.....