ただいまー、そんな中、不意にドアが開く音と女性の明るい声が響く。
程なくして姿を現したのは黒髪の女性ともう一人ーーアラタも見知った緑色の羽虫だ。
「あ、お帰り、お母さん。」
「ただいま〜、買い出し行ってきたよ。おっ、やほやほアラタくん。」
「ごめんタホ、寝ちゃってたや。」
「いいの、気にしないで。ゼルブもありがと……あれ?」
そこまで女性ーー真一の母は彼や真太郎とやりとりを経て、買い出しに付き合ったらしい羽虫ーーゼルブに駄賃代わりらしき食品を渡し見届けてからアラタに顔を向ける。
「わぁ、アラタくんいらっしゃい。そういえば靴が多いなと思ってたんだ。真一の母の多穂です。息子がお世話になってます〜」
「イエイエ、むしろ我々聖櫻が「二度もやらんで良い。」
無駄に凛々しい表情で応えるアラタの肩を小突いて真一が遮るが、すぐにアラタが肩に手を回し返すなり囁くように真一に顔を寄せる。
...もっと見る「いや〜やっぱ紛いなりにもGF世界やからかママン美人さんやんけ。」
「そ、そぉ?自分の親のことだとよくわかんなくて…」
「だってボクのオカンなんかほれ……」
アラタはそう言いながらスマホを見せる。
・・・
「イヤ普通に綺麗じゃん!」
「えぇ…やっぱ隣の芝生言うやつなんかな?」
「クソデカブーメラン定期」
肩を寄せ合いぼそぼそと言い合う姿に夫婦はクスクスと笑う。
父に似て内向的な息子にもここまでフランクに接してくれる友人がいるなら感無量だ。
ところで…アラタは何かを思い出したように手を叩く。
「多穂さんって…なんや名前聞いたことあるなと思うとったけど……確かしろかの奴が人生で唯一尊敬しとるとか言ってなかったけか?」
あぁ、それを思い出したように真一も頷く。
「お母さんは『聖女』の家系で、特に強い力を継いでいるんだよ。だから治癒的な魔力も高いしね。」
そういうことか、納得したようにアラタは返す。
「つまりアレか…真さんとは昔からバケモノ退治の付き合いがあった感じか。」
え!?3人が大きな声を同時に上げる。
「すっすごい…」
「よくわかったな!?」
「キミはエスパーかい?」
え?感心する親子の姿にアラタは逆に不思議そうに首を傾げた。
「いや…そら奥様が補助とか聖?光?的な属性に優れてて、真さんはしなるセンセや魔族くんの例に倣えば確実に強い…ほんでご夫婦やったらそれしか無いやろ?」
おぉー……理路整然とした言い分に思わず手を叩いてしまうが、やはりアラタはそこまでのリアクションを受けることにしっくり来ないようだった。
「確かに、君の言う通りだ。僕と多穂は麻帆良の中等部で『そういう任務』の時に同行してたのが始まりだったんだ。」
そうそう、頷きながら多穂が繋げる。
「私達2人共最初の方からまとめ役任されてたところから始まったんだよね〜…って、流石に親世代のこんな話なんて興味無いよね?」
いやいやいや!手を叩きながらアラタが笑う。
「寧ろそういう話聞くために生きてるようなモンなんでどうぞご遠慮なさらず!デモスちゃんみたいなもんやと思えばさぁ!」
「イヤ盛りすぎだろ…」
真一が呆れたようにアラタの頭をスッ叩くが、多穂は照れ臭そうに笑いながら返す。
「そ、そう?まぁとにかく、そんなこんなでお互い戦線でサポートし合ってたんだけど、ここに至るまでは長かったなぁ……」
「たっ、多穂!?」
目に見えて大きめな溜息を一つ漏らす彼女の姿に真太郎がギョッとしたように肩を竦ませるがお構い無しだ。
「ほんっと、真太郎くんたらヒドイんだよ〜?初めてのバレンタインの時なんか……」
『これ、受け取ってください!』
『矢代さんチョコ作ったの!?ありがと…』
『あのね。それでね、マツノキくん…!』
『すごいね、お菓子作りでも始めたのかい?』
・・・
『へ?』
「あのー…多穂チャン??」
あーあ…、頬杖をつきながらどことなくむくれる彼女は気まずそうにオロオロと声を掛ける夫などお構い無しだ。
「そんな感じだからそれはそれはもぅ本っ当に苦労したよぉ……」
「だ、だからアレは本当にごめんて……(;;Θ3Θ)」
うっわぁ……頭を掻きながらタジタジな真太郎の姿にアラタも苦笑いを浮かべながら頬を掻くと返す。
「なんか"解る"わ〜ソレ…なんかそのめっちゃビジョン浮かぶで…」
「ウン。あんま言いたくないけど君も大概そっちの枠だと思うよ俺…(;Θ3Θ)」
にべもなくツッコミを入れるは真一。
「とにかく良い?真一。貴方はそういうとこお父さんみたいになっちゃダメだよ。」
「ぷはは、奥さんソイツはとっくに手おく「ウラァ手が滑ったァッ!!」
ウギョーッ!?手を叩き笑いながらアラタが何事か口を開くより早く、真一が咄嗟に掴んだ電気ポットの底を彼の脳天に殴り付け、アラタは頭を抱えながら転げ回った。
「あ、アラタくん大丈夫!?」
「あーオッケーオッケー、いつものことなんで!」
何事もなかったように頭を擦ってテヘペロウィンクを見せるアラタの頭はまたしても真一にスッ叩かれた。
「賑やかじゃと思ったら……まぁ多穂ちゃんは当時学年のアイドル的ポジションじゃったからのぅ。」
「わっ、と。父さん!?」
ふらり、襖を開けて顔を出したのは着流し姿の老齢な男性だ。
捉えどころの無い飄々とした佇まいーー彼のことはアラタも知っていた。
「お義父さん、お帰りなさい!」
「おじいちゃん随分早かったね?呑みとか言ってなかった?」
「あぁ、そうなんじゃがエンマおっとゼウっ……、知り合いどもが泣き上戸やキレ上戸で収拾つかなくなったんで抜けてきたんじゃよ。先日、昔若気の至りで教わった崩龍拳をまだ打てると思って咬ましたせいで腰がまだ痛いしのぅ…」
「ほんと勘弁してよ父さん、引っ張って帰るの大変なんだから…」
「まだまだ現役じゃよ、しかし久し振りじゃのアラタくん。」
「いンや〜ハッハどうもどうもしなるセンセ、お久しぶりッス!」
息子の小言もそこそこに笑い飛ばす老人にアラタはあっけらかんと返す。
彼こそが真一の祖父ーー『柳木しなる』の名で執筆活動をする学者・松の木 邦夫その人だ。
それはそうと、アラタは顎をさすりながら笑う。
「アイドル的存在言うたらアレか、ここみんとか陽歌ちゃんとかそういう系譜か〜」
「申し訳程度のGF要素ッ!?」
ヤケクソ気味に真一が声を上げるがアラタは当然のように受け流して再び口を開く。
「しっかしアレやな、なんや意外だわ。真さんの奥様言うたらネコマタかなんかやと思っとったし。」
「ネコマタ!?」
「な、なんでまた…?」
「ヒホホ〜、ネコマタなんてチャラいギャルみたいなのばっかでシンタロには合わんホ〜」
「きっ、気にしないで!?アラタくんちょっと思想が強めなの!」
本当にコイツはベラベラベラベラと…!うんざり気味に真一がアラタを睨みつけるが気付いてすらいない彼はケラケラと家族達と談笑を続ける始末だ。
「ただいま、お客さん…?」
不意に、涼やかな声が響き、やはりふらりと影が姿を現す。
そこにいたのはどこか儚げな女性ーー物憂げな笑みを浮かべ、長い髪を靡かせる姿はただでさえ眼を見張るものがあるが、それ以上の存在感を放つのがその風体だ。
スレンダー…と言って良いのか肋の浮いた身体は胸元と腰周りを鱗が覆う以外は白い柔肌を晒し、前腕と太腿より先は翠の皮膚と水掻きや尾鰭に覆われた、まさに『マーメイド』と呼ぶべき姿。
アラタは思いがけないその姿に思わず息を呑む…
「おお、アレクや。」
「おかえり、おばあ「オォリャア!!!」ナニがキミをそうさせたァ!?」
邦夫からアレクと呼ばれた彼女に真一がアラタを指しながら歩み寄った途端、横ヅラに重い衝撃ーー当の彼の拳が叩き込まれて畳を転げながら困惑を訴える。
「だぁ〜れがおばあちゃんやねん!どっからどう見ても綺麗……通り越してドスッッッケベな人魚のおねいさんやろがい!なんやったらボクちぃとドキッとしてもうたわ!てかチュキデチュ(小声)」
「・・・」
頬を擦りながら姿勢を治す真一をヨソに矢継ぎ早に捲し立てるアラタ…その姿に深くため息をつきながら真一は立ち上がり……
「アラタくん、最初に言ったよな…?」
言うが早いか真一はアラタの両肩を掴み、
「まっ、魔族クン…??」
「説明する前にツッコむなつったよなぁ!?」
勢い良く隣の部屋に飛び込む勢いでアラタを投げ飛ばし畳に叩きつけた。
「ウギャァア何をしやがるこのドーテ「お前の世界は一人だけでループしてんのか!?」
「真太郎、あの子は?」
「母さん、真一の友達のアラタくんだよ。しかし驚いたな、真一もあんな技咬ませるくらい体力が上がってただなんて。」
「うん、真太郎くん。それに、あそこまで感情を出せる友達に会えるなんてね…」
何故か家族から自分とアラタを隔離するようにいそいそと襖を閉める真一をヨソにこの反応、まさに親バカである。
「だから、言いたいことは解るけど、あのヒトが正真正銘の俺のおばあちゃん…祖母なんだよ。あと松の木邦夫の妻、松の木真太郎の母…」
・・・
えぇ!?再びアラタが声を上げる。
「ウン…てか、人魚が長寿なのくらいはキミだって知ってるだろ?先に言っとくけどおじいちゃんが出会ったのも20代の頃だからね!?」
あ、あぁ…おちょくるより先に先手を取られたアラタが困ったように頬を掻きながら言葉を返す。
「まぁ確かに血肉を食うととかって話は有名やな……」
まぁそれはエエけどさ、そう言うとアラタは少し表情を強めながら言葉を続けた。
「祖母やからって無理におばあちゃん言うもんやないで、ジジババって呼ばれたくなくて孫にあだ名を教え込ませるってのも珍しくあらへんし…」
あぁ、気まずそうに真一は縁側に腰をかける。
「俺も悪いなぁと思って、でもどう呼べば良いのかわかんない時があって、さ……」
横目に庭を眺める姿にアラタも隣に座る。
「あの頃は呼ぶにしたって『ねぇ』とか『あのさぁ』とか、クソガキだったよ…」
そう語る真一は幼少期を思い返す……
『ねぇ、おばあちゃんって、呼んでくれないの?』
『ごめんね。なんかちがう気がして、でもなんてよべばいいのかわからなくて…』
『真一は、おばあちゃんって呼ぶの、イヤ?』
『・・・わかんない。でもそうよばれるのはイヤかなって思ってさ…』
『あたしはね、呼んでほしいな…』
え…?思わぬ返答に真一は首を傾げる。
随分と彼女は嬉しそうに微笑むではないか。
『確かに、あたしは人間にとっての"おばあちゃん"とは全然違うわ。でも、きっとそれがクニオ…おじいちゃんに"アレク"って名前を貰えたあたしが幸せな証だから…』
あかし…?ますます不思議そうに復唱する姿にうんと頷きながらアレクは続ける。
『クニオと出会った時は大変だったけど、彼との愛を知って、真太郎を授かって…その真太郎も多穂みたいないい子と巡り会えて、真一を授かって、そんな皆を見守って……あたしにとっては、マーメイドとして湖で過ごすよりもずっと、ずっと……幸せなんだ。だから、もしあなたが良ければ、あたしは"おばあちゃん"って呼んでほしい……』
頬に手を添え微笑みかける姿に固唾を呑み、勇気を振り絞るように口を開く。
『・・・ゴメン。おばあ、ちゃん…』
その時、頭を撫でた手は、マーメイドたる彼女にしては珍しいくらいに暖かかったことは今でも覚えている。