元々彼女たちマーメイドはとある湖に暮らしていたらしい。
しかし、ある日住処を離れようとした矢先に妙な霧が立ち込めたと思えば、突如として彼女以外のマーメイドの様子がおかしくなり、偶然影響を免れた彼女をも引き込もうと襲ってきたらしい。
「何らかの呪いによる暴走、と言ったところじゃな…恐らくは黒幕がおる……」
顎を擦りながら、先と打って変わって真剣な面持ちで語るクニオの姿にマーメイドは一層身を乗り出す。
「お願い、もし良かったら、仲間を助けるのを手伝ってくれる……?ごめんなさい。出会っていきなりこんな事言うのもおかしいけど、もしかしたら貴方ならって、そう思えて……」
躊躇うように段々と沈む声、先程から変わらず物憂げな表情……しばしその姿を眺めていたクニオは小さく笑った。
「構わんよ、わしも学につながるなら願ったりじゃしの……」
「っ!あ、ありがとう……」
胸元で手を合わせクニオに言葉を返す表情が少し和らいだ。
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そうしてクニオはマーメイドを連れ立ち、共に彼女の住処たる湖を目指した。
「ヒホ!?ま、マーメイドかホ!?」
「安心せぇ、この子は無事じゃから凶暴になっておらんぞ……」
「クニオ、信じてくれるの…?」
「目を見れば分かるさ……」
「勝手に共に寝てしまってすまんかったの、縁があればまた会おう…」
「すぅーっ、すやー、すぅー……」
「……なんか、可愛い、かも…?」
「んじゃあ今度人間のとこ連れてってくれたら良いお店教えてねぇ〜……それにしても……」
「?あたしがどうかした…?」
「え、あー、んーん。ただちょっとお刺身食べたくなったなぁって……」
・・・
「オマエなんて海に沈めてやるーっ!」
「こ、これこれ気持ちはわかるが落ち着かんか…」
道中、多種多様な魔族達と出会い、交流を重ねながら2人は湖を目指し、ようやく辿り着いた。
そして目にしたのはあまりにも異様な光景であった。
「み、みんな…?これはどういうこと…!?」
「あ〜、帰ってきたんだぁ……」
「ねぇ、貴女も早くおいでよ?」
「このお方と一緒なら私達幸せになれるよ……」
「貴様、何者じゃ…?」
マーメイド達が群がるように寄り添う影ーー羊のような体毛と角を具え、さながらアヒルやガチョウを思わせる足で仁王立ちをする異形の男は、侍らせるマーメイド達共々冷たい目で異物たるクニオを見据えた。
「余はエイスモディ。世への復讐のために美を追求する者ぞ。」
復讐、じゃと…?突如相手から言い放たれた言葉にクニオは身構える。
「あぁ。この世界は余と同じ性質と名を持ちながらもサキュバスやリリムと大差無い痴●のような連中が圧倒的多数として存在しており、余はそんな連中に地位を追われていると思わんか?」
・・・
「いや堂々と●女とか言うでないわ!」
「チ●?ねぇクニオ、●ジョって何?」
「知らんで良い、お主にはなんら無縁な言葉じゃ!…しかしエイスモディ……そういうことか…?」
どこか興味深げなマーメイドの言い分に思わず声を荒げるが、改めて彼はエイスモディの名と言い分から何事かを察し一人納得する。
「じゃが、それとこの騒動とは何の関係があると言うのだ?」
簡単なことだ、相変わらず恍惚としながら寄り添うマーメイド達を抱き寄せ、頭や頬を撫でながら奴は返す。
「余の魔力フェロモンでこやつらに余への愛を抱かせた。元よりマーメイドの血は長寿の効を持つからな、ゆくゆくはこのようなまやかしでなく心の底から余を愛するようになったところで甘美なる血を頂き、余こそが性質の王たりうる永遠の美を得るのだ。」
だめっ…!いつになく声を上げてマーメイドが身を乗り出した。
「お願い、もうやめて!みんなを解放して!」
彼女の言葉に数秒、やや呆気にとられたエイスモディはしかし、優しく微笑みながら歩み寄ってくるではないか。
「案ずることは無い。そちも皆と同じように余を愛せば良いのだ。」
「そうそう。」
「ほら、早く……」
どことなく優雅な足取りで距離を詰めてくるエイスモディ、背後には相変わらず同胞達が周囲に髑髏の頭を浮かべながら快楽を促すようにマーメイドを誘う。
そんな中、奴はクニオに改めて冷たい目を向けながら口を開いた。
「して…そちは人間か?よもや余を止めようなどと言う戯言を聞かせにでも来たのか?」
「そういうことだ。お主がマーメイド達を解放しないと言うのであればわしも出方を選ぶこととなるぞ…」
鋭い視線と共にこちらを見据える姿に数秒黙するエイスモディだが、やがて口元を緩めると大きく笑い出す。
「はっははは、人間如きが余を討とうなど笑止の極み。不遜にも牙を剥くなら加減はせぬぞ…?」
「エイスモディ様、その子助けてあげて…」
「変な人間に誑かされてるなんて可哀想……」
「ちがっ、あたしは…!」
燃え盛る鞭を生成するエイスモディを鼓舞するように呼びかけるマーメイド達、クニオの背に控える同胞を見る目は同情を浮かべながらも彼女の心を追い詰めるほどに冷やかだった。
しかし、クニオは躊躇わず彼女を奴らから遮るように片手を広げながら歩み出す。
「甘くは見るでないぞ、これでも銀弾の家系…と言えども拳銃は慣れとらんが、それでも腕節にはそれなりの評価があってな……」
おや…?佇むクニオの両腕に銀色の魔力が漂う様を見たエイスモディは口角を曲げ、鞭を改めて構える。
「面白い、ならば現実を目の当たりにして悔いるが良い……」
エイスモディは苛烈に燃え盛る鞭を振るい辺りを引火させながらその猛威を見せつける。
しかし対するクニオもまた負けていないようだ。
彼が腕に魔力を纏いながら繰り出す拳は炎を打ち消し、地を揺るがし、そしてエイスモディを打ち据える。
互いの身体が焼かれ、打たれながら応酬を繰り広げており、思わぬ力を見せる人間にマーメイド達も驚愕を浮かべ、自信に満ちていたエイスモディも徐々にその表情を歪めていく。
「(すごい、彼なら……)」
手を合わせ、クニオの背中に希望を抱くマーメイド。
しかし、エイスモディは苦い顔を浮かべながらも冷静な様子で佇みながら彼を見据えた。
「ほぉ。戯言ばかりでも無さそうだな。」
良かろう……笑いながら奴が勢い良く拳を握りしめると、全身から真黒に淀んだ魔力が溢れ始め、息を荒らげながら全身に流れ込む魔力を受け止める。
ぞくり…その異様な光景の中で愉悦のように笑む魔族の姿にクニオは一抹の悪寒を抱いた。
「貴様…なんじゃその力は…?」
「嘗て、余は妙な"実"を食らったのだ。その瞬間今までに感じたことも無い力に目覚め、数多の魔族を魅了する程の魔力フェロモンを得たのだ。よもや人間如きを打ちのめすためにこの力を解放することとなるとは思わなかったがやむを得ぬか……行くぞ人間。」
一瞬のことだった。
言うより早くエイスモディの姿は消え、クニオの身体が熱と強烈な衝撃を感じた時には勢い良く地を転がっていた。
「ッ…!ぐぅ、貴様ァ……!」
「クニオ!」「来るなぁ!」
咄嗟に起き上がったクニオはエイスモディが再び打ち放った鞭を掴み、勢い良く引き寄せて蹴りを見舞う。
「…どうした?余が本気を出した途端そんなものか?」
涼しい顔で奴は返し、クニオ諸共に鞭を振り上げると彼の身体を地に叩きつけ、更に鞭から火焔を迸らせてその身を焼き焦がした。
「ぐぅう、おのれぇ……!」
狂気とも言える笑みを漏らすエイスモディはさながら嬲るようにクニオに幾度と鞭を叩きつける。
クニオとて元より身体力と魔力には恵まれている故応戦するも決定打となる手応えが無く防戦を強いられているようだ。
ぐぅ……いよいよ猛攻に今一度クニオは膝を着く。
「なんて奴じゃ……一体何を食って…?」
「フッ……ククッヒャハハハ!所詮人間如き、余には敵わんわ愚か者めがァ、素晴らしいぞこの力ァ……!」
なんじゃ…?先までの気品のあった立ち振る舞いが崩れたように凶悪な笑みを浮かべ、全身から黒い靄を放出しながら笑う姿に違和感を抱いているとしかし、やがて奴は覚束ない足取りでよろめき出すではないか。
「ぐぅ!?な、ナンダァ…?」
なるほどな、その姿にクニオは察したように一息つく。
「お主が食った実が何物かは知らんが、どうも強大な力を与えこそすれども、負担もかけるようじゃな……」
「ナンダトォ……愚か者め、余がそんなモノに呑まれる訳がっ、ガハッ……」
咳込んだ口元から黒い魔力を吐き捨てながらエイスモディは胸を押さえ姿勢が崩れ落ちる。
「どうする?これ以上暴れるなら貴様がもたぬぞ……」
「フン、馬鹿を言うでないわ、こういう時の為の……」
ニタリと笑いながらエイスモディは視線を動かす。
目線の先…
「貴様ラァ、余に血をよこすのダァア!!」
心配そうに自身を窺っていたマーメイド達目掛けて飛び掛かった。
「やめてぇっ…!」
正気のマーメイドが悲痛な声を上げるのと対照的に、湖の同胞達は奴を迎え入れるように微笑みをうかべ、エイスモディは彼女達の肌目がけて尖った歯の生え揃った大口を開けて飛び掛かる。
「やめんかぁあ!!」
声を絞り出したクニオは一飛にエイスモディに飛び付き、その軌道を逸らしながら諸共に地へ転がり込んだ。
「この死に損ないめがァ、何のつもりだ!」
「言いよるわ、貴様とてその力を使えば長くはないぞ!」
「クニオっごめんなさい…!もうやめて!」
「っ、お主…!?」
不意にクニオの手を取った影ーー彼が連れていたマーメイドが縋るような声を上げる。
「もう良いよ、あたしがこんなこと頼んだばっかりに貴方のことボロボロにさせちゃって…!」
「何を言う、よさぬか…!」
「ふん、愚かだなぁ、人間なぞそちよりも脆いものを、何を望んだのだ?我に愛を捧げる方がよほど価値あることぞ。この際人間も我が魔力に呑まれるが良い、小間使いにはしてやろうぞ。」
「うるさい!オマエだけは許さない!」
冷たく睨みつけるがしかし、エイスモディは気にせず脱力と共に膝を付きながらも二人目掛けて手を差し向け、魔力を放出する。
クニオッ…!迫る支配の力にマーメイドは身を竦ませる。