が、次の瞬間には地を揺るがすような衝撃が走り、奴の魔力フェロモンは霧散した。
エイスモディもマーメイドも驚きの表情を見せる先では銀色に輝く拳を地に叩き付けるクニオの姿があった。
「オイ、エイスモディよ。覚悟はできたか…?」
「くっ…嘗めるなよ…!」
力を振り絞って放った魔力すら掻き消され、苦し紛れに呼吸をもらしながらもなんとか立ち上がろうとするが足元がガクガクと安定しないエイスモディはしかし、声を荒げる。
「人間よ、貴様は一体何だというのだ!?なぜマーメイド如きに肩を持つ!?そやつらが歌えば船乗りは惑い、近寄る船は沈む、人間にとっては紛うこと無き"敵"ではないか!」
「ッ…!」
突き放すような言葉にマーメイドは言葉を失う。
一方でクニオは構わず、腕に銀色の光を迸らせながら右手首に左手を添えて構えを取る…
「なんてことはない。この子と出会えて色々知れたからの。何よりも……」
...もっと見るクニオはマーメイドと歩んだ道中を思い出す。
彼女の歌に聴き入り溺れた自分を助けた時、歌いたいだけなのに影響を受けた人間が不幸に遭うと吐露した時、仲間を助けてほしいと懇願してきた時、その仲間がおかしくなった様子を見た時、満身創痍の自分を気遣う時、いつだって彼女は物憂げで儚い表情をしていた。
だからこそ、じゃろうな……
「わしが、わし自身が…!お主の心からの笑顔を見とうなった…!」
っ!彼の言葉にマーメイドは今一度息を呑み、視界が滲む感触を抱く。
「ぬぅ、くだらぬ綺麗事を!隙だらけであるぞぉ!」
構えるクニオを嘲笑い、再度鞭を構え彼目掛けてエイスモディは踏み出すが、突如として足がもつれて崩折れる。
予想だにしなかった冷たい感触と共に足元が強張る感覚。
氷?まさか!そう目を向けた先ではクニオの脇でこちらに手を差し向けるマーメイドだ…
目元には涙が滲み、その身には纏うように髑髏の浮かぶ人魂が漂っているではないか。
「おのれ貴様ァァァ!」
「フン、エイスモディよ。わしのこの気持ちを鼻で笑う貴様に、お前の目指す"性質の王"を語る資格は無いわ!」
次の瞬間、クニオは人差し指を突き出し、その先端に銀色の光が収束すると、さながら弾丸のように撃ち放たれ、一瞬にして奴の胸を貫いた。
・・・
広がる静寂。
クニオとマーメイド、そして彼女の同胞達が、腹に穴をあけた魔族の姿を見届けている。
「くふふっふ……」
しかし、こともあろうかこの期に及んでエイスモディは笑いながら口を開く。
「余を撃ったところで奴らに振りまいた魔力フェロモンは消えぬ。」
「なんじゃと…!?」「っ!?そんな…!」
ハッと目を向ければ、湖のマーメイド達は感情を失った顔で奴を見据えるではないか。
「そやつらは余を撃ち抜いた貴様らを憎み、屠り、そして余の肉体を取り戻す為に勤しむ。その時を、楽しみに待っているぞ、ハハハ……!」
高笑いと共にエイスモディの身体は塵と溶け、そして宣言の通りに、冷酷な目を赤く光らせるマーメイド達が二人を睨み付ける。
「まっ、マズイ!」「ちょっ、クニオ!?」
無理矢理足を起こし、マーメイドを抱え上げたクニオは彼女らから逃れるように慌てて走り去った。
ほうぼうの体ながらもなんとか体術とマーメイドの妨害を駆使して撒くことには成功した。
※
「魔力が解けないだなんて……」
マーメイドは沈んだ面持ちで俯く。
しかし、脇を見れば応急処置を施して木にもたれるクニオの姿だ。
「あのっ…元凶を倒してくれてありがとう。それに、無茶を言ってごめんなさい……」
「気にするな、わしが勝手に名乗り出たことじゃよ。」
クニオ……一抹の躊躇いがよぎるが、しかし言わねばならないだろう。
マーメイドは意を決するように言葉を繋ぐ。
「あたしは諦めない、絶対に皆を助ける。だから、貴方の船も沈まずに進めますように、祈ってるよ……」
・・・彼女の言葉に暫し、目を瞬かせながら見ていたクニオだったが、
「何を言っておるのじゃ。まだわしはお主の心からの笑顔を見ておらんぞ。」
すぐに呆れたように口をすぼめ、胡座をかきながら彼は言う。
「え?それって……」
「ほれ、動けるくらいにはなったんじゃ。策を探しに行くぞよ。」
困惑するマーメイドをよそに立ち上がったクニオが手を取って引き寄せる。
「あっ……ありがと……」
真っ直ぐな目に、思わず視線を逸らした。
そうして再び彼らは旅をした。
「フッハハハ、人間でありながら我らを恐れぬその姿、気に入ったぞ。我が有能なる眷属として迎え入れてやろう!」
「ねぇ、勝手にクニオの上に立ったつもりでいないでくれる…?」
「なんだ人魚よ、キサマなかなか見どころあるな、否、それくらいでなければ釣り合わぬか!」
「なんじゃなんじゃ、勝手に言い争うでない…」
「テメー強えーじゃねぇか!気に入ったぜ!オレ様とテメーはソウルフレンドだ!」
「クニオ、大丈夫?勝手に襲い掛かって来て勝手に友達だなんて、図々しい奴……!」
「あぁ!?オイ女ァ、オレ様はクニオは気に入ったがテメーは気に食わねぇなぁ!?」
「二人ともやめんか、落ち着けぇ……」
「カッカッカ、お前と組めばワシはもっとリッチな思いができるかもしれんからな、良かろう、協力しちゃる。ところで人魚や、ちぃと助けてくれんかの?」
「えっ、あたし?何をすれば良いの?」
「実はウォシュレットが壊れてしもうてな…お主の操る水でちょいと洗ってくれんかの?」
・・・
「オマエなんか海に沈めてやるーっ!」
「落ち着け落ち着け、ていうかお主ウォシュレットわかるんか……?」
「ここから西の山の頂上の秘泉には水神がいるって聞いたホー。何かわかるかもしれないホー!」
「ありがとう……」
「ヒホヒホ、このまま暴れられてちゃオイラまで危ないホー。」
「お主、一言余計とよく言われんか…?(Θ3Θ;;)」
道中、やはり様々な出会いを経ながらも有益な情報と巡り合い、聞いた通りに彼らは水神の元を訪れることに成功した。
この後もお約束と言うべきかこの水神もこれまた好戦的な性分らしく、魔力の影響を解く条件にと腕比べを強いられもしたが、ともかく勝利を収め、水神の浄化により湖のマーメイド達の正気を取り戻すことに成功した。
ありがとう、涙ながらに笑顔で言う姿を見届け、優しく笑いながらクニオは言う。
「いやはや、わしも楽しかった。また会おう、達者でな……」
そう背を向けた時、
「待って!」
今一度、袖を引き留められた。
「あたし、まだ恩返しができてないから、貴方の旅をサポートしたいの、きっと役に立ってみせるわ!」
突然の申し出に思わず困惑する。
「しかし、お主はまた皆と暮らしたいのではないのか?」
それは、そう……でも…意を決したように固唾を呑むと彼女は言葉を返す。
「今は、貴方の進む船が沈まないように支えていたい。」
それに……一呼吸置くなり、彼女は冷たく淀んだ目を浮かべ、その周囲に髑髏の人魂を浮かべながら言う。
「貴方の邪魔をする奴らだって、あたしが沈めてあげる……」
「そ、それは頼もしいことで……(;;Θ3Θ)」
ところで、ふと思い出したようにクニオは切り出す。
「そうなればお主にも名前が要るな。」
え?彼の提案にマーメイドはぽかんと首を傾げる。
「ナマエ…?」
「うむうむ。わしが『人間の"クニオ"』であるように、お主もいつまでも『マーメイド』ではつまらんじゃろう。」
そうさな……数秒考え、再び口を開く。
「"アレク"はどうじゃ?昔読んだ小説で見かけて響きを気に入っておったんじゃが……」
アレク……復唱した彼女の口元が徐々に緩んでいくようだ。
「あたし達、一人一人のナマエなんて意識したことなかったから嬉しい。ありがとう……」
こうして、二人の旅は三度始まった。
「ヒッホー、オマエらまだつるんでたのかホー。」
「まぁ縁というもんじゃな…」
「へぇ、随分とお互い物好きな奴らね…」
「わぁ、二人ともすっごく良い匂いするよぉ〜」
・・・
「なに、色目使ってるつもり?」
「ハァ!?」「えぇっ、そんなことないよぉ!?」
「(うむうむ、楽しそうで何よりじゃな(Θ3Θ))」
今度の旅は異界を巡り見聞を広めるだけでなく、アレクの希望で自分達の世界に連れていくことも増えた。
元より怪物の情報収集に熱を上げる変わり者と呼ばわれてこそいたが、やはり召喚者のような契りもなく魔族を連れている姿は随分と珍しがられたものだ。
そして、アレクは時に自ら正体を隠しながら、時に異界で出会った友の助力を得ながら人間の文化を学んでいたらしい。
クニオは思いもよらぬ日を迎えることとなった。