異界の月が満ちる夜、2人はいつも通り適当な洞を見つけて寝支度をする。
その過程で何の気無しに満月を眺めていると不意に隣でしっとりとした声が語りかける。
「月、綺麗だね……」
「うおっと!?なんじゃ、文学の真似事か?」
くすくすと小さく笑うアレクの姿に、やや反応に困ったようにクニオも笑い返す。
それより…一呼吸置きながら彼女は口を開く。
心なしかいつもより顔が紅いような……
「今日、貴方の世界は何の日か知ってる…?」
...もっと見るはて?今や異界を彷徨く割合が高いクニオにとっては難問だ、思わず手帳を取り出して確認する。
「2月14日か……どうかしたかの?」
「人間はさ、大切な相手に、その…お菓子あげるんだよね?だから、えっと…あたしも……」
そう押し付けるように渡されたのは鮮やかな色合いの紙袋、中には今やすっかり日本にも浸透した菓子ーーチョコレートだ。
「ッ、お主……!?!?」
「あの子達にも色々と教えてもらったり手伝ってもらったりして、この間買ったんだ。急でビックリだよね。でも、あたしはあの日貴方に助けられてから、ちゃんとお礼がしたいって……」
「あっ、ああ。ありがと……じゃが、お主がわしの見落としている物を教えてくれて、わしのサポートをしてくれて、充分世話にはなっとるぞ。」
「それでも、この気持ちは絶対に言いたいって思ってたから……」
突然渡された物にクニオは困惑する。
元より浮ついた文化には疎い性分で学友からも感性が古いなどと揶揄される始末だ。
しかし、初めてみた彼女を綺麗だと思い、心からの笑顔を見たいと願い、そして共に歩んでくれると申し出た姿を嬉しく思ったのも紛れもない事実だ。
いくら変わり者と言えどもクニオとて一介の男として己の肌に熱を感じていた……
ねぇ、暫し互いに返す言葉を探り迷っているうちに、やがてアレクは口を開く。
「ここでこうして言葉を交わして、気持ちを伝えたこともいつか思い出に変わっちゃうのかな…?ごめんなさい、こんなこと言ったら重たくて湿っぽいよね。あたしはこんな身体だし、そもそも人間ですら無いのに……」
クニオは祖父母の代の影響で幼少より訛りが強く、先述のように学友からも感性が古臭いと言われるような男だった。
しかし、彼は今、自分の取るべき行動を考える。
まっすぐな想いにはそれ相応に応えねばならない。
「その優しさにも、わしは惹かれたんじゃよ。のう、アレクよ……」
「っ!なに……?」
その…なんじゃ……いつになく言い淀むクニオの姿にアレクも少し背筋が強張る…
が、不意に彼から顎に手を添えられ、心臓が勢い良く跳ねるような感覚を抱く。
「くっ、クニオ!?」
「もし…お主がイヤでなければ今わしがやることを受け止めてくれぬか?イヤなら無論止めてもらっても良い。」
日頃飄々としている彼の、エイスモディの事件を始めとして幾度と見てきた真剣な目。
だが、今自分をまっすぐ見つめる姿には柔らかな優しさがあった。
彼女は心の準備を示すように目を閉じ、少しクニオに顔を寄せる。
っ……
甘く、淡く、互いの口唇に触れ合う暖かな感触……
数秒してからクニオが離れ、少し緩んだ笑顔を見せる。
「ありがとうアレク、わしもじゃよ。ここまで一人のおなごに心を惹かれたのは、お主が初めてじゃ……すまんの、わしのような人間が。」
……いつも伏しがちな目を見開きながら暫し紅潮していたアレクだが、やがて瞳を滲ませながら、不意にクニオの肩に腕を回す。
「ううん。ありがとう、受け止めてくれて……えっと、今後とも、ヨロシク……」
そうして、長旅を共にしてきた二人の関係は大きく変わった。
「ヒホッ、人間と魔族!?そんなことあるのかホ〜!?ヒホヒホ、これもグローバルってやつなのかホー!」
「なんか、違うような…?」
「フッハハハハハハ!なんとも豪胆な男よ、やはりキサマは見どころがあるなぁ。我が眷属となるならそれくらいでなくてはならぬ!」
「勝手な事言わないで、貴方の家来にはならない……!」
「何かよく解んねーけどスゲーじゃねぇか、グッハハハ!」
「とりあえずそれ言っとけば話通じると思ってない…?」
「とにかくめでたいなら美味しいもの食べたいよね?僕はお寿司の気分かな〜」
・・・
「オマエなんか海に沈めてやるーっ!」
「すぅーっ、すやぁー、すぅー……」
「ふふっ、貴方も祝ってくれるんだね?ありがとう……」
「(そ、そうなのか…?(;;Θ3Θ)」
「カッカッカ、こやつら使ってなんか巧く稼げないものかのぉ…ところで水掻きでは指輪は着けれんがどうするんじゃ?」
「尾鰭の付け根に着けてもらったよ、ホラ…」
「カッカッ、ええなぁ。人間で言えば足首のようなもんじゃし、拘束感が増しとるわいグヘヘ」
「お主少し静かにしとってくれぬか…?」
「貴女達も、本当にありがとう。」
「いやぁ〜おめでとぉ二人とも〜」
「まったく物好きな奴ら…でもま、今時の人間のオトコにしちゃそんなヒョロガリ選ぶなんて見どころあるんじゃない?」
「・・・なに、僻み?この根暗ウナギ…」
「アァ!?この枯れ専まな板人魚テメェ海入れやゴルァ!!」
「ちょっ、もぉ落ち着いてぇ〜、ていうか水魔的な『オモテ出ろ』って『海入れ』なの?」
「アンタはすっこんでろ!」
「クニオに色目使わないでよ、贅肉サキュバス…!」
「ぜぇ、にく…?びやああん!アタシサキュバスじゃないもぉおん!」
「オイお主ら、落ち着け。あと枯れ専とか言うがわしまだ28ぞ!」
気付けば増えていた『友』と呼べる者達にも囲まれ、ある意味新たな旅と言える道中は随分と賑やかになった。
だが、そんな旅も長くは続かなかった。
ある日から、アレクが調子が悪いと言うようになった。
身体が重いと息を切らせるようになった。
当然医者などいない、人間の医者の理解が及ぶものでは到底無い。
まさか人間と交わったからか?クニオはそんな自責にすら駆られた。
暫くは無理は禁物だと友人たる魔族達にも協力を得てアレクの回復に専念した。
やがて落ち着きを取り戻した彼女は一方でどこか落ち着かない素振りも見せていた。
あのね……二人きりになった昼下がり、アレクは切り出す。
「心配かけてごめんなさい。皆にも後でお礼言わなきゃね。」
「気にするな、当然のことじゃよ。それで、この症状が何か分かったのか?」
うーん…少し彼女は物思いに耽るように黙してから口を開く。
「正直確証は持てないけど、でも昔あたしの友達もこんな感じだったのを思い出してね。それで、その……たぶんなんだけど今あたしね……」
お腹に、赤ちゃんいるんだと思う……
「ッ!本当か!?」
心配という錘から解き放たれたように一気に緩む顔に、今まで見たことのない綻びにアレクはたじろぐ。
「わからないけど、友達も同じだったから、きっと……わっ!?」
瞬間、細身ながらも引き締まった肢体が、彼女の儚く繊細な身体を優しく抱きすくめた。
「そうか、ありがとう……」
身体が暖かく包まれる中…潤んだ目を細め、力が抜けるように繰り返す口元に今一度アレクも涙交じりに彼に腕を回し、顔を綻ばせる。
「あたしこそありがとう、だよ。それに……あたしもクニオの心からの笑顔、やっと見れた……」
こうして、彼らの旅には暫しの休止符が打たれるが、それは決して終わりではない。
彼らはまた歩き出し、数奇な出会いは更なる時を超える。
そうして二人の旅も出会いも、未来を生きる者が旅立つきっかけを与えるのだ……
『真太郎誕生〜しなるの謎〜』
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「今でも昨日のように思い出すわい。あの時のあの子の幸せそうな顔…本当に綺麗で健気でっ、グズッ…良い女なんじゃよぉ、うぅっ……」
「(ま〜た始まった、そりゃアンタは昨日のことのように思い返せるだろうがよ……)」
「(うっわこの爺さん泣上戸かよ……) 」
「(めんどくさぁ〜、堪忍したってぇ……)」
あ、まだ終わりじゃないぞよ、もうちぃとだけ続くんじゃ(Θ3Θ)
「ヒホホ?オマエ、何者だホ…?」